Posts Tagged ‘民主主義’

安倍晋三首相が14日に閣議決定する戦後70年の談話(安倍談話)で、戦後50年の村山談話や戦後60年の小泉談話に盛り込まれたアジア諸国への「おわび」の文言を入れる方向で調整していることがわかった。政権幹部が10日、明らかにした。

戦後70年談話「おわび」に言及へ 安倍政権幹部が明言:朝日新聞デジタル

安倍政権は、安保法制や普天間基地の辺野古移設問題など、山積している問題を、野党やマスコミの追及をかわし、少しでもスムースに進めたい、という「名を捨てて実を取る」作戦なのかもしれない。
しかし、この「戦後70年」という節目に、由々しき罪悪感と、自虐史観を、英霊とそのご遺族、国民に押し付け、遺し続けられるのかと思うと、将来に禍根を残す、という点では「村山談話」より悪いかもしれない。

政府として反省すべきは、英霊とそのご遺族に対して、「由々しき罪悪感」と、その後の国民に対して「いわれなき自虐史観」を押し付けたことであり、おわびすべきは、戦後の唯物論的風潮の中で、本来最も尊いものである神仏を尊ぶ心、信仰心や宗教を、裏側の世界の押し込め、信仰を持つことが何か後ろめたいことであるかのような空気を助長してきたことである。

さらに言えば、先の大戦は、「民主主義国家」=連合国 vs. 「全体主義国家」=枢軸国の戦いであり、民主主義国家である連合国側が正義であり、勝利した、という史観に基づき戦後体制が構築されている。しかし、その後の旧ソ連邦と中華人民共和国で行われた侵略と粛清、弾圧などを見れば、共産主義国家こそが全体主義国家であったことが明らかである。
中国とソ連を味方に引き入れ、日本を悪者にして徹底的に叩いたことが結果として、共産主義国家の伸張を助長したと言える。アメリカの見立てが相当甘かったことを意味している。
このことは、いかに同盟国であり、友好国であったとしても、毅然としてアメリカに反省を求めるべきである。
一時期、嫌われたり無視されたり圧力がかけられたりすることがあったとしても、恐れるには当たらない。
日本は、決して「悪魔の国」などではなく、正直さと誠実さに溢れた、素晴らしい国であった。
何しろ、あの大悪魔・スターリンでさえ認めるほど、日本は、律儀に(健気に、といったほうがいいかもしれない)国際法や条約を守り、人種差別をせず、同盟国であったはずのドイツが迫害しているユダヤ人でさえ助けた国である[注.スターリンは霊言で、「日本はドイツを最後まで裏切らんかったからな。だから、ドイツ国民は、いまだに日本に対して、尊敬の念を持っとるんだよ。
日本だけなんだよ、ドイツを裏切らなかったのは。みんな、裏切り合いだからな。」と語っている。(大川隆法『赤い皇帝 スターリンの霊言』)]。

「宗教立国」を標榜する私たちとしては、「自虐史観」を一掃し、日本の誇りを取り戻すために、それにふさわしい談話を出されることを、安倍総理に強く求めていきたい。
「因果の理法」(原因−結果の法則)は昧(くら)ませないものである。正直さや誠実さは必ず天に通じるものであり、またそうした世界にしていかなければならない。

昨日は、金沢市東長江で朝のご挨拶をさせていただきました。

金沢市東長江交差点にて

金沢市東長江交差点にて

下記をクリックすると、動画をご覧になれます。
↓  ↓  ↓
2015年8月10日 金沢市東長江交差点


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共産党一党独裁・全体主義国家・中華人民共和国の覇権のもとで、アジアは幸福にはならない。
「中華帝国主義」は絶対に許さないという決意のもので、幸福実現党は立党したのだ。
史実に基づかない根拠なき、過てる「河野・村山談話」すら白紙撤回できない与党にその覚悟はあるのか。
中国の暴圧を断固はね除ける覚悟があるのか。

戦後もう70年。
終戦の年に生まれた方も、もう70歳。終戦時二十歳だった方はもう90歳になる。
残された時間はあまりない。
自虐史観を押し付けられ、永遠に犯罪国家の烙印を押されたまま沈んでいくのか。それともそんなものを一掃し、雄々しく復活するのか。

歴史認識を大逆転させるときは今。
日本は真実の自信と誇りを持って、アジアの盟主となり、世界のリーダーとなって、世界平和と繁栄を牽引する、希望の国とならねばならない。

私たちは、「この国に生まれて生きて魂修行ができて、本当に良かった」と思っていだだけて、あの世に帰っても幸福な世界に帰っていただけるような国づくりを目指す。

今日は、小松市の支援者様方にて集いに参加したのち、加賀市の支援者様にご挨拶。
そのまま加賀市内で辻立ちをいたしました。

加賀市上河崎にて辻立ち。

加賀市上河崎にて辻立ち。

爽やかな青空と濃い山の緑が美しい。

爽やかな青空と濃い山の緑が美しい。

今日は本当に素晴らしいお天気でした。
素晴らしい皆様との出会いに感謝。
そしてこうした平和な日々が、永遠に続きますようにと祈らずにはいられませんでした。

2015年6月4日 加賀市上河崎町

最近の動画です。
↓ ↓ ↓
2015年5月26日 野々市市新庄2丁目交差点
2015年5月26日 白山市徳丸交差点
2015年6月1日 野々市市新庄2丁目①
2015年6月1日 野々市市新庄2丁目②


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安倍晋三首相が今年の8月に出すとみられている首相談話、また先日[4月29日(日本時間30日)]のアメリカ議会上下両院の合同会議での演説の影響かと思われますが、
米国の日本研究者や歴史学者ら187人が、第二次大戦以前の「過ち」について「全体的で偏見のない清算」を呼びかける声明を発表したと報じられています。
米研究者ら「偏見ない清算」呼びかけ 日本は「真実の歴史観」を示せ

日本人でありながら、日本を貶めることに血道を上げる人々が存在するのは今に始まった事ではないが、極めて奇異に感じます。
一方、アメリカが歴史認識を変えることを認めたがらないのはわからなくもありません。
アメリカを正義とみなすには、かつての日本が侵略国家だったということを確定しておきたいのだから。
「悪の枢軸」を打ち倒した正義のヒーロー・自由と民主主義のチャンピオン・アメリカでありたいのです。
しかし、アメリカこそ、歴史を直視し、太平洋戦争(大東亜戦争)における原爆投下、東京大空襲など、日本各地を空爆し、民間人数十万人を虐殺した事実を反省すべきでしょう。
日本は別に責めも恨みもしないので。

日米は、最良・最強の友好国として、世界の平和と繁栄を守る使命と、またその力とがあると思います。

「中国や韓国に配慮すべきだ」という人もいますが、関係を悪化させているのは中国であり韓国であるので、無闇に配慮して言いなりになってはいけません。それは、相手の悪を増長させることにもなるからです。

中国や韓国の巧妙で執拗なプロパガンダが功を奏して、「従軍慰安婦」「南京大虐殺」が事実だと思っている欧米人はかなり多いようです。
一方で、骨絡みになってしまった日本人の”自虐的傾向”。
象徴的なのが広島の原爆死没者の慰霊碑の有名な碑文「過ちは繰り返しませんから」です。
原爆投下を過ちと考えるならば、どう考えても過ちは広島市民にはありません。当時の日本にもないでしょう。
原爆を投下した当事者たちに対してこそ、「過ちは繰り返させぬ」と言うべきでしょう。

しかし、自虐史観はどっぷりと日本人の骨髄にまで刷り込まれ、練りこまれているため、「平和憲法」がお気に入りの人は多いようです。誰も戦争はしたくないし死にたくもないので、「我が子を戦場に送るのか」などというと感性的に揺さぶられやすいですね。
そんな国民の意識を察してか、憲法改正を自らの使命と自認しているであろう安倍首相も、本丸の9条の改正には、そう簡単に手をつけられないと思っておられるようで、何段階かに分けて改正を進める肚のようです。

あえて「平和ボケ」と言いますが、「平和ボケ」した日本人を説得するには、何らかの”クォンタム・リープ”が要ります。

それが「河野・村山両談話」を、それが発表された1993年、1995年に遡って「無効」であることを宣言することです。

その上で、先の太平洋戦争は、祖国防衛と、アジア諸国の欧米列強による植民地支配からの解放と、白人優位説に基づく人種差別的政策の撤廃のための”聖戦”であったことを宣明すること、さらには、今後、日本が、アジアのリーダーとして、自由と民主主義を守るため、いかなる国に対しても不当な侵略・植民地化を許さない、平和と正義の守護神たらんことを高らかに宣言すべきです。

少なくとも、共産党一党独裁の下で軍事拡張・覇権主義を強めるの全体主義国家・中国にアジアのリーダーの座を譲るべきではないとおもいます。
アジアのリーダーたるべき国は、見渡せば、我が日本しかないではないですか。

もはや小手先の議論の時代は終わりました。
「正しいものは正しい」「真実は真実、事実は事実」と堂々と日本の正義を主張し、日本を貶めようとする人たちを兜割りし、正義を実現する政治家、リーダーの登場が待たれます。

5月3日憲法記念日、5月8日と街頭演説をさせていただきました。

クリックすると、動画をご覧いただけます。
↓ ↓ ↓
2015年5月3日 憲法記念日街宣(金沢駅東口にて)
2015年05月08日 白山市徳丸交差点にて辻立ち


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「霊言」をいかがわしいもの、そんなものを学問として学ぶなどということは、トンデモないもの、などと考えている方々もまだ多いと思います。
考えてみれば、僅か数百年前の「科学」に対する態度は、まさしくいま、宗教が置かれている立場そのものだったのではないでしょうか?
現代の視点で考えれば信じがたいことですが、わずか400年前のガリレオ裁判で、当時、この世の最大の権威であったローマ教皇庁は、「地動説」を否定したのですから。

人間は、自分が理解不能なものは認めたがらない傾向があるようですが、理解できないから「ない」とか「偽物」とか「インチキだ」とか決めつけるのは、極めて非論理的・非科学的な態度だと思いませんか?
霊が来たりて、語る、ということは、「恐山のイタコ」や沖縄の「ユタ」を見ればわかる通り、昔からあったことです。
それらの霊の言葉を語ったイタコやユタたちは普遍的な思想を語ったわけではありませんが、大本教の出口ナオさんとか天理教の中山みきさんとかも、神が乗り移って語ったり、書いたりしたものが教えとして伝えられ、広がったものです。

さらに遡れば、イエス・キリストは、天なる父の声を聞き、悪魔とも激しくディベートをしました。
釈尊もしかり、「神々との対話」「悪魔との対話」が仏典として遺っている通り、霊的存在と対話をし、教えを説かれた方です。
ムハンマドは、最初アッラーの声を聞き[のちにジブリール(ガブリエル)からの通信と修正]、コーランに遺しました。

神から悪魔まで、この世ならざる霊的存在の言葉をすべて「霊言」と言います。
さらに言えば、古来より日本においては、卑弥呼に代表されるように、神の声を聴いて政(まつりごと)を執り行っておりました。
「祭政一致」が、わが国における正統な政治のあり方でありました。
「民主主義が絶対に正しい」という現代の「常識」に染まっている人々にとっては理解不能かもしれませんが。

神ならぬ、それゆえに完璧ではない、人々が集まって多数決で決めたことが常に正しいとは限らない、ということは虚心坦懐に知っておいたほうが良いのではないでしょうか。
何しろ私たち日本国民は、5年前の総選挙で、多数決で間違った政党を選択してしまった”前科”があるのですから。

いま、「神の声」が地に臨んでいる奇跡の時代です。
あまりの驚天動地の奇跡ゆえに、そう簡単に受け入れられない人が大半とは思いますが、謙虚に耳を傾けようとする態度が大切だと思います。
私は、民主主義を否定するものではありませんが、神なき時代の民主主義はポピュリズムに陥り、衆愚制への道であることは自戒したいと思います。

私たちが持つべき根本的な「神観」は、「我以外に神なし」という偏狭な神ではなく、多くの神々(聖霊)もまた存在し、地球の中で至高なる存在が、それらの神々を統べておられる。またその至高なる神とは裁き罰する神ではなく、人々を幸福にしたくてしょうがない愛の神であるということです。

「霊言」を通して知ることは、神格を持つ存在にも個性があり、考え方の違いがあるということであり、至高なる存在は、それを許容しておられるということです。
つまり、神々の世界においても「民主主義」的世界が展開しているということです。
ここに、「祭政一致」と「民主主義」とは矛盾しないという可能性を観て取ることができます。

至高なる神の言葉を伝え、多様な個性・複数性を認める寛容な宗教こそが、宗教間の争いを無くし、邪悪なる唯物論・無神論の闇から人々を幸福と平和と繁栄の彼岸へと渡すことができるものと信じます。


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北朝鮮が29日午後2時ごろ、黄海上の軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)付近で砲撃訓練を開始した。韓国軍の合同参謀本部が明らかにした。韓国側海域への砲弾落下は29日夕方の時点で確認されていない。

北朝鮮が砲撃訓練 黄海側、韓国警戒、十数分間に50発 – MSN産経ニュース

かの国の若き指導者は、やる気満々ですね。
韓国は、本当はどこが味方なのか、よーく見極める必要があります。

ほんとはよーく見るまでもなく、明らかなんですけどね。

いつまでも日本の寛容さ、慎ましやかさに甘えていると、救い難くなりますよ、と言ってあげたい。

朝鮮半島が火の海などにならず、平和裡に、真に自由と民主主義の国として統一されることを心から祈念致します。

 


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2月27日、石川県知事選が告示となりました。
私は不覚にも、その日、収支報告書を選管に提出しにいく段になって、そのことを思い出したのでした。
ああ、何という無関心!

私は、多選が悪いとステレオタイプには思いません。
何度も選ばれる、ということは徳望や能力があることの証明のひとつではあると思いますし、
どこかの国の首相のように1年経つか経たないかのうちに交代するということは(首相が務まるような人材が掃いて捨てるほどいる、ととれなくはないし、「高速回転民主主義」という、時代の最先端を走っていると善意に解釈できなくもないとは思いますが)、基本的には諸外国からは不安定でなかなか信頼が置けないように見られるところはあると思います。
政権の安定という意味では利益があります。

しかし、新しい人や新しい政党が出にくい、あるいは不利な状況になる、というのは宜しくないでしょう。
新人は新人なるが故にそれまでの実績はなく、それゆえ通常は放っておいても現職が有利になるのですから、公平性を担保することはかなり難しいことではありますが、
複数の人々が、チャンスは平等に与えられ、行為は公平に扱われ、お互いに切磋琢磨できることが望ましいと思います。

同様に、県外出身者だから駄目とも、いいとも思いません。
他県出身だから石川を愛していないとはいえないし、逆に石川県にずっといる人より、石川のことが(長所も短所も)よく見えたりするということもあり得るのではないでしょうか。
もちろん、石川出身で、石川をすごく愛しており、石川の発展のためにはその命を惜しまない、という人もいるでしょう。
だから一概にはいえません。

要は、どれだけ県民を幸福にできたか、「最大多数の最大幸福」をどこまで実現できたかで測られるべきでしょう。
政治は結果責任とよくいわれます。
そして、その責任は、選んだ側にも返ってきます。
個々の選択は違う(私は違う党を選んだ)と言うかも知れませんが、多数の選択の結果の、幸福も不幸も、選んだ側が享受することのなるのです。
民主主義とは即ち、民が責任を負う政治システムなのだなあ、とつくづく思います。

そして「結果責任」という以上、結果が出てみなければ分からない、という面があります。
これが民主主義のもどかしいところでもあります。
5年前、「政権交代」という国民的熱狂のなかで、民主党政権が誕生しました。
その後、日本国民は、悪夢のような4年間を経験しました。
これが民主主義の恐ろしいところでもあります。

思えば、ナチスを選んだ、かつてのドイツ国民もそうでした。
ドイツ国民は皆愚かだからナチスを選んだのかと言えば、決してそうではありますまい。
一言で「衆愚制」とは片付けられないものがあると思います。

どうしたらこうした「悪夢」が防げるでしょうか?
まずは「無関心」であることをやめることではないでしょうか。
そして、「◯◯だから当然◯◯だ」という思い込みや偏見を捨てて、白紙の目で見ることが大切ではないでしょうか?
さらには、政策の是非もさることながら、それ以前に正邪善悪を明らかにする目を養うことが大事なのではないでしょうか?
日本人は概して、正邪を分つ、正義の判断を下す、価値判断をする、ということが苦手なようです。
が、民主主義が健全に機能するためには、ここは避けて通れないところではないでしょうか。
反省と自戒を込めて。


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しばしば論じてきたテーマではありますが、改めて問うてみたいと思います。

「政教分離」、これはある意味で、世界の「常識」になっている感があります。
けれど、本当にそうだろうか?と思うのです。

日本をとってみれば、古代は、「祭政一致」でした。
時代が下って、天皇がご親政をされる時代もあり、 貴族や武士が政権を担う時代もありましたが、天皇は、日本神道の神官の長として、政(まつりごと)と不即不離の存在でした。
また、奈良朝は、世界最高峰ともいえる仏教文化が花開き、堂々の「仏教立国」でありました。
平安朝は、仏教・神道・儒教・陰陽道など、様々な宗教が、百花繚乱の賑わいを見せ、桓武帝に始まる「千年王国」をかたちづくってみせました。
頼朝による武家政権樹立後も、鎌倉仏教が栄え、特に禅宗は、武士階級に深く浸透していきました。日蓮聖人は「立正安国論」を唱え、 国防の危機を予言しました。
足利時代、義満は金閣寺を建て、戦国の世には「百姓の持ちたる国」のように、一向宗による一種の共和政体というべきものも出現しました。

ざっと見ただけでも、日本は、神道のみならず、仏教・儒教・修験道・陰陽道・道教、さらにはキリスト教など、多種多様な宗教を受け入れ、共存して来た歴史があります。そして、それぞれが、大なり小なり、政治とはまったく無関係ではあり得なかった。
明治維新は、国家神道が中心になったかのような流れがありますが、教派神道、仏教各宗派、それぞれがそれなりの隆盛を競って来たといえるでしょう。

「政教分離」といわれて、宗教が政治に関わってはいけないかのような誤解、もしくは誤った「常識」が「常識」となったのは、先の戦争後のわずか70年ほどのことであると言ってよいでしょう。

アメリカにおいては、よく言われることですが、大統領となった人は、大統領就任式において、聖書に手を置いて宣誓をします。
アメリカの憲法に置いても、「政教分離」の規定はあるのですが、その趣旨は結局、国教を定めて、それ以外の(少数派の)宗教が迫害されたり弾圧されたり、不利益を被ることがないようにする、すなわち、国家権力の側を規制するものであると見てよいでしょう。

イスラム教国においては言わずもがな、ほぼ完璧に、祭政一致です。
(ただし、イスラム圏においては、人権抑圧的な面が強く、改革が必要 とは思いますが)

完全に政治から宗教を排除するとすれば、唯物論・無神論の立場に立つ他はなく、その例が、旧ソ連邦であり、中華人民共和国であり、朝鮮民主主義人民共和国であり、ということになります。
今やソビエト連邦は崩壊し、そのあとを継いだロシアでは、ロシア正教が復活しております。
中国や北朝鮮の、弾圧・迫害・粛清といった人を人とも思わぬ所業は、 神をも恐れぬそれであり、無神論の最大にして最悪の欠陥を端的に示しております。

「宗教は、悪いものだ」という偏見、先入観。
悪い宗教も確かにあります。宗教というよりテロ集団といってよいものもありました。その団体は名を変え、まだ余喘を保っています。
そして、私たちはその犯罪性を告発した側であるにも関わらず、いまだに一緒にされることもあります。

世の中には、よい企業もあれば、悪い企業もあります。私たちは、人間は神の子・仏の子と考えていますが、そうであっても、その本来の性質が開花しなければ、悪いことをする人もいるのが現実です。さりとて、人はすべて悪人だ、ということもないでしょう。

「宗教だからすべて悪」と見なすのは、偏見以外の何者でもないでしょう。
こういうと、「いや、伝統宗教は信用できるが、新興宗教は信用ならない」という人がいます。
けれど、仏教もキリスト教も、釈尊やイエスが法を説き始めた頃はすべて、新興宗教だったのです。
親鸞上人の浄土真宗しかり、日蓮聖人の日蓮宗しかり、道元禅師の曹洞宗しかり。

まあ、「新興宗教だから」といって叩かれるのは、麦踏みのようなものかも知れません。踏まれて強くなって大きくなっていく。
そういう意味では、批判してくださる人々には感謝しなければならないかも知れませんね。

思いつくままにまとまりなく書いてしまいましたが、今までごく当然に、「常識」と思っていたことが、「本当はそうではないのではないか」と問題提起してみたいのです。

今回は「政教分離」を取り上げてみましたが、宗教は実は、自由や人権、民主主義を守る、最後の防波堤の役目を果たしているのだ、と言ったらどうでしょうか?
今の日本人のほとんどが考えている「常識」とはかなり違っているとお感じになることと思います。

こうしたことをしばしば取り上げて、いわゆるカッコ付きの「常識」を逆転させることを試みたいと思います。
今あるものをひっくり返す、そういう意味で、私は「革命家」でありたい、と志しております。

アップロードが遅れてしまいましたが、7日、私にとって本年初となります辻立ちを、白山市徳丸交差点にてさせていただきました。
寒い日でしたが、さわやかな青空が広がる 清々しい日でした。
私はこんな冬の日が好きです(寒いのはちょっと苦手ですが)。

美しい夕日。

美しい夕日。

白山市徳丸交差点にて

白山市徳丸交差点にて

下記をクリックすると、7日の辻立ちの動画をご覧いただけます。

↓ ↓ ↓

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今朝は、金沢市東長江交差点にて、辻立ちをさせていただきました。

霜が降りた、寒い朝でしたが、昇る太陽がまぶしく輝き、すがすがしいさわやかな青空でした。

12月9日金沢市東長江交差点にて

12月9日金沢市東長江交差点にて

日本は、これから少子高齢化が進み、経済成長は止まり、衰退していくのでしょうか?
「衰退はごめんだけれど、何とか現状維持はしたい」というのが多くの方々の願いでしょうか?
もしそうだとするならば、残念ながら「現状維持は即衰退」 であり、坂道を転げ落ちるしかないでしょう。

必要なのは高い理想であり、高い目標であり、高い志です。

世界を見渡した時、宗教対立、人口爆発、食糧危機、エネルギー危機、軍事的な危機、民族弾圧、テロなど、様々な危機に直面しています。
日本は「一国平和主義」「一国繁栄主義」では済まされません。もう江戸時代ではありません。
「鎖国」しようにも、世界はそれを許さないでしょう。

ならば、世界のリーダーとなって、積極的に世界平和と繁栄をけん引しましょう。

少なくとも高度経済成長を遂げていたころまでの、かつての日本人には、もっと気概があったように感じます。
日本人の多くが小成に甘んじるようになっているとするならば、その根っこには相当深く、「自虐史観」が浸み込んでいるように思われてなりません。

それは、戦争に負けて自信を失ったというのみならず、太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦を境に、「日本はアジア諸国を侵略した」「軍国主義国家であった」「自由も民主主義もない全体主義的な国家であって、それらは戦後にもたらされたものである」等といった誤った歴史観に基づき、何とも言えない罪悪感、贖罪感が刷り込まれ、加えて神仏を否定するような唯物論教育が学校教育やマスコミ等においてもなされ、その結果、それ以前の歴史までもが全否定されるような流れが出来上がりつつあることが最大の原因であると思われます。
「古事記」等に述べられている神話のみならず、聖徳太子などの偉人の実在までも否定するような歴史学者が存在するような現状であります。

しかし、日本人が「自虐史観」に打ち沈んでいるなかで、台湾、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどのアジア・アフリカ諸国のリーダーたち、また先日亡くなった、ネルソン・マンデラ氏も、すでに第1次世界大戦後に、国際連盟の会議において、「人種差別撤廃」を主張した日本を、また、敗れはしたものの、アジア・アフリカ諸国を欧米列強の植民地支配から解放した大東亜戦争の意義を、高く評価しています。

いったいどちらが、本当の正しい歴史認識のなのでしょうか?
アジア・アフリカのリーダーたちのほうが、日本を正しく見ているのではないでしょうか。

「謙譲の美徳」が行き過ぎて自虐的になりすぎると、本来の力が発揮できませんし、本来果たすべき役割も果たせません。

威張ってそっくり返る必要は全くありませんが、自国の歴史について、公平に見ることは必要でしょう。
(仏教的には、八正道の「正見」(しょうけん=正しく見る)に当たるといってよいでしょう)

アジア・アフリカ諸国、イスラム諸国さえ、日本を尊敬し、日本に親しみを感じ、日本に期待している国々がたくさんある事実を見ると、やはり、世界のリーダーとして、応分の責任と貢献を果たすべき時に来ていると思います。

世界平和に貢献するには、言論の力で平和裏に平和を実現することが最上ですが、言論の力を担保するものとして、やはり、応分の武力は必要です。
武力を持ったからといって、すぐ悪用すると考えるのは、論理が飛躍しすぎです。
それでいけば、包丁だって、危なくて簡単に売り買いできません。

少なくとも、自由と民主主義がきちんと担保されている国であるならば、独裁的で、国民を抑圧しており、自由がなく、軍事優先の国に比べ、すぐに武力に訴えるというようなことにはならず、はるかに安全であるといえます。

70年前に、空母部隊を率いて、最強国アメリカと覇権を争ったのが私たちの父祖です。
その気概を、取り戻そうではありませんか(当然ながらアメリカと再び戦争しよう、というのではありません)。

かつて我が国はアジアの協和と繁栄を大義として、アジアの盟主を自任しましたが、今度は、世界の平和と繁栄を大義として、勇気をもって、世界のリーダーを目指そうではありませんか。

それが、先の大戦で尊い犠牲となった先人たちに報いる至上の道だと確信します。

下記をクリックすると、今朝の辻立ちの動画をご覧いただけます。

↓ ↓ ↓

2013-12-09 金沢市東長江交差点にて


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久しぶりに朝の辻立ちに出られました。

野々市市新庄にて。

日本の誇りを取り戻そう!
自虐史観を一掃しよう!

宗教こそが、自由の砦!
宗教が繁栄する時代は民主主義が繁栄します。
信仰心に基づく自助努力の精神が国家繁栄の基です。
宗教政党・幸福実現党は、唯物論国家の覇権主義・侵略主義からの防波堤になります。

日本は世界のリーダーとして、使命を果たそう。
自由の大国となり、自由からの繁栄を実現しよう!

野々市市新庄にて

野々市市新庄にて

下記をクリックすると、動画をご覧いただけます。

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野々市市新庄にて


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8月になりました。
お盆が近づいてまいりました。
私は、この日本の「お墓参り」という習慣は、とてもすばらしいものだと思っています。
それは、ご先祖にお参りをし、供養をするということですけれども、私たち日本人の心の中に、こうしたご先祖を敬う心、ご先祖を供養する心、こうした心が、しっかりと根付いております。
目に見えない、神仏を敬う心、ご先祖に感謝する心があるということ、
これは、目に見えない世界から、私たちを見つめている存在があるということを、心のどこかで信じているということではないでしょうか。
そして、そういう思いがあるからこそ、「神様仏様が見ている」「ご先祖様が見ている」と思えばこそ、誰もいないところでも、悪いことをしない、という抑止力が働くのではないでしょうか。

唯物論国家と言われる国では、基本的に、神仏を認めません。あの世を認めません。
この考え方を突き詰めていくと、結局、「自分さえよければいい」「今さえよければいい」という考えに行き着くのではないでしょうか。
しかしながら、私たち日本人は、神仏を信じ、ご先祖様を信じる心があり、目に見えない世界から、この世界を見ている目があることを、何となくであっても、信じているのだと思います。
だから、あのような大震災のような災害があっても、暴動や略奪を起こすことなく、お互いに労り合い、助け合うことができたのだと思います。
これは、日本が世界に誇るべき、すばらしい精神性だと思います。

また、お盆は、家族や親戚が一堂に会する機会でもあります。
お墓参りを機縁として、遠くに住んでいる家族や親戚たちが集い、旧交を温め合い、絆を強める機会でもあります。
こうした、家族の絆を深めていくことが、これから、世界最速で進んでいると言われる、少子高齢化社会にあって、家族の絆を強め、助け合っていく姿は、社会保障の一つの理想の姿ではないかと思います。

さて、8月15日は、お盆でもありますが、終戦記念日でもあります。
私たちの祖先、300万人とも言われる英霊が、先の大戦で、尊い犠牲となられました。
その尊い犠牲によって、今日の、日本、そしてアジアの繁栄の礎が築かれたとも言えます。

しかし、戦後70年近く、「自虐史観」と言われる毒水が流され続けてきました。
戦前・戦中の日本は、全体主義国家であり、侵略国家であるという歴史認識は事実でありません。
先の大東亜戦争は、マッカーサーも戦後認めた通り、自衛のための戦いであり、また、アジア諸国を、欧米列強の植民地支配から解放するための戦いでした。
わが国は、今一歩力及ばず、首都・東京の大空襲を敢行し、広島・長崎と2発もの原爆を落としたアメリカ合衆国に敗れたのです。

しかしながら、敗れはしたものの、わが国は、立派に復興し、戦前以上の繁栄を実現しました。
また、アジアのみならず、アフリカも、欧米列強の植民地支配から独立を果たすことができました。
当時、世界では、白人優位説が主流でした。有色人種は、白人より劣るので、植民地支配は仕方がないと思われていたのです。
しかし、日本は、アジア各地で勇敢に戦い、アメリカ以外には、負けておりません。
その、世界最強国のアメリカとも、4年に及ぶ、死活の闘争を演じたのです。
この事実が、アジア・アフリカ諸国に、どれだけの勇気と希望を与えたか、計り知れません。
このことに、私たち日本人は、もっと自信と誇りを持つべきであろうと思います。

南京大虐殺や、従軍慰安婦の強制連行などという、捏造に基づく批判や非難は一蹴し、私たち日本人に深く根付いてしまったいわれなき罪悪感や自虐史観を一掃しなければなりません。
当時の日本軍は、世界一と言ってもいい、軍律厳しく、礼儀正しい軍隊でした。武士道精神はしっかりと生きていました。世界から尊敬されるような軍隊でした。

日本を、侵略国家、全体主義国家にしなければ、日本と戦った連合国は、戦争の大義が立たなかった。
ゆえに、そのような自虐史観を押し付け、罪悪感を刷り込み続けてきたのです。
私たちは、改めて、この日本の、誇りを取り戻さなければならないと思います。
私たちの祖先は、そのような悪人ではありませんでした。
わが国を守るために、そして、アジア諸国を解放するために、まさしく命をかけて、勇敢に戦ったのです。

なぜ、日本だけが、誤った歴史認識によって、謝罪させられ続けなければならないのでしょうか。
こんなことをいつまでも続けていても、日本はもとより、世界のためにも、決してよいことはありません。

世界は今、第2の冷戦、新たな冷戦のまっただ中にあります。
アメリカ合衆国と中華人民共和国という2大強国の覇権争いであります。
この狭間にあって、日本は、いったいどちらの側につくのか、大きな選択を迫られています。

アメリカがすべて正しいとは思いませんが、少なくとも神の目から見た正義は、唯物論、共産主義、全体主義にはなく、
神によって創られた神の子としての人権、自由、民主主義を重んじる側にあります。
私は、わが国が、共産党一党独裁の全体主義国家の支配下に入るのではなく、
自由と民主主義の防波堤となるべきであると考えます。
さらには、自由と民主主義の旗手として、守護神として、世界の平和と繁栄に貢献すべきであると考えます。

このことを闡明するためにも、安倍総理は、300万英霊とその遺族に由々しき罪悪感を押し付け、国民にいわれなき自虐史観を強要しつづけた、「河野談話」「村山談話」を遡って無効であると宣言するとともに、
終戦記念日には、躊躇なく靖国神社に参拝され、英霊に心からの感謝と哀悼の念を捧げるべきでしょう。
さらには、憲法9条の改正を急ぎ、国防軍を創設することに全力を尽くすことを強く希望します。

わが国の誇りを、取り戻しましょう。

野々市市新庄にて

野々市市新庄にて


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