Posts Tagged ‘天変地異’

8月に入りました。
各地で台風等の被害が出ております。被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。
きょうは、金沢市も大雨警報が発表されております。

近年よく見られる異常気象、天変地異と言ってもよいと思いますが、単なる自然現象と見ると、本質を見誤ります。
神仏の存在を信じない人は、「非科学的だ」と一笑に付すかもしれませんが、古来より、日本神道系の神々は、警告を発するときに、雨と風をよく使う傾向があると言われています。
天意を素直に読み取るならば、近年世界規模で起きている様々な天変地異や大きな事件は、人類に何らかの悔い改めを迫っている、と見るのが自然なことではないでしょうか。

その「悔い改め」とは、何でしょうか。
まず、人類は、あまりにも、神仏とか、天国地獄とか、この世ならざるものを否定することに慣れてしまった、ということがあげられます。
内心では信じていても、表立って表明することが非常にはばかられます。
信仰や宗教、霊的世界のことや、超常現象などを話題にすると、「知的ではない」とか、「迷信だ」とか「洗脳されている」とか言った言葉で一蹴されることがまだまだ多いのではないでしょうか。
しかし、日本人の精神的底流には、しっかりと信仰心が根付いており、神仏を敬う心が脈々と流れていると信じたいものです。
それを想い起こさせてくれるのが、毎年のお盆やお彼岸の「お墓参り」です。
お盆には、先祖や故人の供養にかこつけて、親戚一同や、同窓生が一同に会し、親睦を深めるという面もありますが、やはりそれだけではないでしょう。
そうした感情が近年薄くなっていたとしても、故人の徳を偲んだり、先祖に感謝したり、という面はやはりあると思います。
戦後の唯物論教育のせいで、表立って信仰や宗教について語ることがはばかられるような“空気”がつくられてはしまいましたが、日本人は心の底ではそうしたものを信じる心があり、故にこそ、大震災時にも暴動も略奪も起こさない、ワールドカップの試合後に、サポーターの皆さんが粛々と観客席のゴミを拾ったりするような、世界から称賛を受けるような高い道徳心を持っていると言えるのではないでしょうか。
これは、日本人の素晴らしい精神性であり、後世にも継承していかなければならないものであると思います。

唯物論・無神論は、結局、神仏の存在も、霊的世界の存在も認めない、ということですから、そうした思想が行き着くところは「誰も見ていないところでは、何をやっても構わない」となり、「自分さえよければよい」「いまさえよければよい」となってしまうのではないでしょうか。
共産主義国家の最大の問題点の一つは、この「唯物論・無神論」に基づいて国家が造られているという点にあると思います。
「この世しかない」という思想の行き着くところは、前述のように、「自分(たち・の国)さえよければいい」となって、隣国の領土や資源を奪いに入ります。「今さえよければいい」となって、安全基準を満たさない製品を作って平気でいたり、強大な軍事力にものをいわせて、自分たちのエゴを押し通そうとしたりします。
もちろん、唯物論者であっても、高い倫理観を持って生きている方がいることは認めます。しかし、その道徳的根拠を追究した時、どうしても”あの世”の存在を認めなければ、答えきれないのです。
すると、意志の弱い一般の人たちは、どうしてもこの世で生き易い方向に流されがちになります。
「よいことをすればよい結果が得られ、悪いことをすれば、悪い結果が得られる」という、ごく普通に成り立ちそうなことが、この世では必ずしもそうではない、いうことを我々は数多く経験します。
この「原因結果の法則」は、過去世―現世ー来世という三世を貫いて初めて完結します。
ごく簡単な、「あの世」の存在さえ認めれば、一瞬に解決がつく問題を、唯物論に凝り固まっている人は、なぜか、頑なに認めようとしません。
私には、どうにも不思議に思えてなりません。

しかし、一方で、唯物論を気取ってはいますが、ほとんどの人にとってそれは本心ではないのではないか、と思います。
徹底して唯物論で通している人はいざ知らず、それほどではない人は、「自分は無神論者だ」「唯物論者だ」と言いつつ、ちゃんとお墓参りもするし、新年には、神社・仏閣に初詣でに行く、という人を何人も知っています。
伊勢神宮の式年遷宮には、何千万人も参拝する国民がいる国が、真から唯物論国家になることなどあり得ないと思うのです。

お盆には、「地獄の釜の蓋が開く」(あまりいい言葉ではないですね)などと言われますが、霊界とこの世との境目が緩やかになる時期でもあります。
この世の人も、あの世の故人や先祖に思いを向けますし、あの世の霊も、子孫が祀ってくれていると思うと、地上に思いが向きます。
相互に作用し合って、交流し易くなる季節です。つまり、こちらの意思が伝わりやすくなる季節です。ご先祖や故人、多くの方々のご縁を受けて、地上に生を受けている私たちです。
お盆の季節には、そうしたご先祖や故人への報恩として、地上世界をより繁栄した、平和で幸福な世界にすべく、努力することが大切ではないでしょうか。

また、15日には終戦記念日を迎えます。
先の戦争でなくなった方は、日本の国を、愛する家族や同胞を守るために勇敢に戦った、まさしく「英霊」です。
2発の原爆投下や東京大空襲で、30万人以上もの民間人を虐殺した罪を正当化するために、日本を侵略国家・犯罪国家にしておきたいアメリカと、国内の不平不満を、すべて日本のせいにして自らを正当化し、さらにアジア・アフリカの覇権を握るために、日本を弱体化させたい中国共産党政府とが、その点において利害が一致するために、いわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」を既成事実にしておきたいのです。
しかし、これらいわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」は、歴史の捏造です。
戦後の唯物論教育の中でさえ、その精神性の高さを維持している日本人が、そのような悪逆非道なことをやるはずもないのです。
明治維新後、日本国政府は、大急ぎで世界の一等国への道を駆け上っていく中で、世界が驚倒するほど国際法を遵守するべく努力をしておりましたし、日本軍は、世界有数の軍律厳しい軍隊でした。
英霊たちのいわれなき汚名をそそがなければなりません。

あろうことか、習近平は、「従軍慰安婦」「南京大虐殺」、この2つの事件を、ユネスコ記憶遺産に登録せんと企んでおります。
こうした悪行は、何としても粉砕せねばなりません。
天意に基づいて、真実の歴史観に目覚めなければなりません。
アメリカに対しても、言うべきことは言い、歴史観の見直しを求めなければなりません。
原爆投下は、「人類に対する罪」ではなかったのか。
東京都民10数万人を焼夷弾で焼き殺したのは、虐殺ではなかったのか。
こうしたことを問わなければなりません。

戦争前夜、アメリカに石油を止められ、アメリカ在住の日本人・日系人は差別され排斥され、そして事実上の最後通牒とも言うべき「ハル・ノート」を突きつけられました。
先の大戦は、止むに止まれず自衛のために立ち上がった戦いであり、欧米列強により植民地支配されていたアジア諸国を解放し、人種差別政策を撤廃するという、日本神道系の神々の意を体した聖戦でもありました。
にもかかわらず、侵略国家・犯罪国家であるという烙印を押され、永遠に反省と謝罪を続けなければならないとしたならば、300万人とも言われる英霊の犠牲は何だったのか。
「後に続く者を信ず」と言って散って行った方々の死を無駄にしないためにも、彼らの汚名をそそがなければなりません。
いつまでも「自虐史観」を引きずり、「贖罪意識」を持ったままでいては、日本はもとより、世界の未来のためにもいいことは全くありません。
真に世界の繁栄と平和に貢献できる国となるために、我が国は、自信と誇りを取り戻さなければなりません。
間違った歴史観は、正さなければなりません。

「悪を押し止め、善を推し進める」といえばシンプルですが、仏教に限らず、およそ正しい宗教ならば当然の、普遍的な教えです。
いろんな人々や、いろんな国に配慮しなければならないのは当然のことですが、だからといって、真実をねじ曲げ、迎合することは慫慂されるべきことではありません。
それは、悪を助長することになるからです。
「正しいものは正しい」「真実は真実」と訴え続けて節を曲げないのが真なる宗教の使命であり、宗教をバックボーンに持つ幸福実現党の役割は、ここにこそあると信ずるものです。

昨日、白山市徳丸交差点にて、辻立ちをさせていただきました。

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下記をクリックすると、動画をご覧いただけます。

↓ ↓ ↓

2014年08月08日 白山市徳丸交差点での辻立ち(前半)
2014 08 08 白山市徳丸交差点での辻立ち(後半)


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先般の台風で甚大な被害を受けたところもあり、被災された皆様には衷心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲となられた皆様には、心からお悔やみ申し上げます。

私自身、1999年7月~2002年8月までの3年1か月、和歌山県田辺市に住んでいましたので、
台風の脅威は、北陸・石川県では想像もできないぐらい大きかったことを覚えています。

特に、今回も被害のあった那智勝浦や新宮は、いつも雨量が多く、住民の皆様ご苦労されていました。

大川隆法幸福の科学グループ創始者兼総裁は、その著書『青春に贈る』(1996年発刊)第3章「心の王者を目指して」のなかで、

昨今(一九九三年九月時点)の日本の情勢を見ていると、地震や風水害などの天変地異が続いています。また、不況は長期化し、政治も混乱しています。こうしたさまざまな事態を総合して、心静かに眺めてみるならば、「今、日本という国は国難のなかにある」と言って間違いないと思います。

(中略)

たとえば、最近(一九九三年九月時点)、台風が日本列島を何度も襲ってきています。実は、日本神道系の神がみのなかには、日本人に対して、そうとうに怒り、反省を求めている霊たちがいるのです。日本神道系の神がみは、警告を発するときに、雨と風をよく使う傾向があります。

また、諸外国を見ても、世界各地で天変地異が続いていますし、ヨーロッパの戦乱もまだまだ収まる気配を見せず、大きな心配のもととなっています。

こうした神がみの怒りが治まらないかぎり、日本列島は、まだまだ災害から逃れることができません。国民が「これは少し異常なのではないか」と思うところまで、次から次へと続いていくと思います。

これは、本来は中心にあるべきものが、現在、中心にきていない、ということなのです。

と述べています。

1993年当時の自民党政権下でもそうでありましたが、現在も、3月の東日本大震災に続いて、民主党政権下で、こうした天災に見舞われるということは、神々の怒り、警告であり、すなわち、現政権を良しとしてはいないことの現れです。

例えば、きょうも、野田首相は、政府税制調査会の冒頭で、東日本大震災の復興財源について、「将来世代に負担を先送りしない」と述べ、臨時増税に強い意欲を示したと報じられています。

増税こそが、「将来世代に負担を先送り」することだと気付かない頑迷さ。

野田首相は財政再建原理主義者とも言われますが、「政府が貧しいから、国民も貧しくなれ」と言っているのと同じことです。

白川日銀総裁も、追加の金融緩和を見送り、「思い切った緩和をしている」と開き直る始末です。

日本は、今未曾有のデフレ不況だということを全く認識していません。

この際は、政府の財政赤字など、もっと拡大しても構わないから、大胆な財政出動と、金融緩和のベストミックスによらなければ、この国の経済、ひいては世界経済を救うことはできません。

財政出動は、将来国富を増大させる未来産業に大胆に投資することにより、将来的に回収できます。

鳩山―菅―野田と続く民主党政権は、価値を創造するということ、富を創出するということの意味が全く理解できていないというほかありません。

経済政策的な面から見れば、海江田氏の政策の方が正しかったと言えます。

したがって、民主党政権が続く限り、この不況もまた続き、国民はさらなる耐乏生活を強いられることになります。

そんなこんなの憂いを忘れさせるほどの、さわやかな青空が広がり、吹く風も爽やかな加賀市で、昨日辻立ちをさせていただきました。

お車の中からお手を振って声援をくださる方、本当に励みになります。ありがとうございました。

そして、急な辻立ちにもかかわらず、駆けつけてくださったサポーターのS.Hさん、J.Hさん、ありがとうございました。

日本と、世界の希望の未来のために、がんばってまいります。

加賀市イオン加賀前にて

加賀市イオン加賀前にて

加賀平野

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The Rev. Tesshu Shaku, chief priest of Nyoraiji Temple, a Jodo Shinshu (True Pure Land sect of Buddhism) temple in Ikeda City, Japan

Buddhism is called a religion with no god. So we don’t think God caused this, according to the Buddhist way of thinking. We think of the law of cause and effect, searching for a cause. It is the same approach as science. The cause of this earthquake is the friction between the North American plate and the Pacific plate.

Finding faith amid disaster – CNN Belief Blog – CNN.com Blogs

仏教は無神論とは驚きです。
このご住職は、この世を超えたあの世(霊界)があることは信じているのでしょうか。
もし信じていないのならば、宗教としては自殺でしょう。それで死者を慰める葬儀や法事などをしているのならば、詐欺罪に当たるのではないでしょうか(もっとも、それは遺族の慰めのためにやっているのだと強弁するかもしれませんが)。

それともあの世は信じるが、神や仏は信じないというなら、あの世に還られた仏陀・釈尊やイエス・キリストは、どこで何をしているとお考えなのでしょうか。
これまた宗教、ないし仏教としては自殺行為でしょう。

仏教僧侶で無神論やあの世はないと説く方は意外と多いようです。
宗教家、仏教の僧侶が無神論を説くなどということは、日本の戦後の宗教を軽んずる態度、唯物論の蔓延はここに極まれり、という感があります。

”原因結果の法則”(the laws of cause and effect)を重視する立場をとるといい、科学と同じアプローチをとる(the same approach as science)といい、今回の地震の原因を単に北アメリカのプレートと太平洋プレートとの摩擦(The cause of this earthquake is the friction between the North American plate and the Pacific plate)だとするならば、唯物論的な科学と変わらりません。

神仏や霊界、心の世界も含めての”原因結果の法則”に依れば(これこそが真に科学的アプローチだと思うのですが)、地震のもととなったプレートの摩擦だとして、そのプレートを動かした主体があるはずです。
その主体こそが神仏の意志であり、神仏にそうした判断をさせるのが、地上の人間たちの過てる想念の集合と考えられます。

その責任の大半は、為政者、国家のリーダーにあります。
為政者の過った考え方、判断によって、天変地異や外冦などの国難が招来されるということは古来より言われていることではありますが、現代では迷信のように考えられています。
しかし、これこそが、戦後、宗教排除してきた考えの極致ではないでしょうか。

仏教にしてもキリスト教にしてもあるいは日本神道にしても2000年以上続いています。
単なる迷信が、そんなに続くものでしょうか?

少なくとも人知を超えた大災害を通して、人は謙虚になり、人間を超えた超越的存在に対して心を開くようになります。

被災された方々の苦しみ・悲しみは察するに余りあり、心からお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興を祈念するものでありますが、改めて宗教、あるいは宗教政党の意義を訴えておきたいと思います。

宗教としては、物質的な復興の手助けだけでなく、精神的な側面からも復興をサポートすることができます。

死は永遠の別れではありません。
この世は魂の学校であり、この世での修行を終えた魂はまた本来の住処である霊界へと還っていきます。
また、この世で経験したことは万に一つの無駄もありません。すべて魂の糧とすることができます。

葬儀や法事は、決して生者への慰めのためにだけ行うものではなく、亡くなった霊をあの世へと渡らせ、さらには極楽浄土へと昇らせる導きのために行うものであることを改めて確認させていただきたいと思います。


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