Posts Tagged ‘信教の自由’

あっという間に1月が去り、2月に入りました。
今年も残すところ11ヶ月となりました。
冗談ではなく、月日の経つのは本当に早いです。
私と同年代であれば、平均で残りの人生は1万日ほどです。
幸福実現は今年、立党8周年を迎えます。
この8年も早かった。
一日一日が黄金の時間です。悔いなきよう、一日一日を充実させて生きていきたいものです。

幸福実現党の立党の目的の一つに、「マルクスの共産党宣言を、永遠に葬り去る」ということがあります。
唯物論・無神論国家を、この地上から無くしたいということです。
200年近い文明実験の結果、どれほどの不幸をこの地上に撒き散らしたことか。
唯物論からは、人間の尊厳の根拠は出てきません。
人間が尊いのは、神仏に創られら、神仏の子だから。
唯物論勢力を、この地上から一掃し、真に幸福で、平和で豊かな世界を創造したい。
そう私たちは考えます。

これは私たちの独善的な考えではなく、普遍的な宗教思想に基づくものです。
「宗教があるから戦争が起こるんだ」という考えもあります。確かに現実世界を見れば、そう主張したくなるのもわからなくはありません。
しかし、だからと言って、宗教をこの地上から抹殺すれば、この地上を唯物論が覆い、悲惨な世界が展開することになります。

この日本においても、実際のところ、唯物論・無神論が非常に強くなっています。

しかし、物質的な繁栄だけが全てでしょうか?
この世の命だけが尊いのでしょうか?

私たちは、日本の、そして世界の繁栄を願うものでありますが、物質的な繁栄だけではなく、物心両面における繁栄を目指します。
人はいずれこの地上を去っていく存在ですが、「この世とあの世を貫く幸福」を実現したいのです。
せっかく縁あって地上に生まれてきたのですから、全ての人に、地上の数十年の人生を、最も価値あり、最大限に尊いものとし、後世の人々に、最大の遺物として遺していだだきたいものだと願います。

そして、アメリカのトランプ 新大統領が「アメリカ・ファースト」を標榜するように、私たちも「ジャパン・ファースト」を掲げたいと思います。
それは決して独善的なものでなく、国粋的なものでもなく、日本が真に自立し、繁栄する国家になり、他の貧しい国々に対しても、単なるお金の援助だけではなく、どうすれば豊かになるのかを教えられる、そのお手本となりたいと願っているのです。
単に魚を与えるのではなく、魚の釣り方をお教えすることが大事だと思っているのです。

「自主独立」「自助努力」「忍耐」「根性」など、古臭い価値観に聞こえるかもしれませんが、成功し幸福になっていくための普遍的な価値観だと思うのです。

2/1〜2/3、野々市市、白山市で辻立ちをいたしました。
下記をクリックすると動画をご覧いただけます。
↓ ↓ ↓
2017年2月3日 白山市徳丸交差点にて。


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今回の衆院選は、宗教弾圧・学問の自由を侵害する、「文科相・下村事件解散」の側面もあります。
この面から見ても、現政権が、国家社会主義・全体主義的性質を有しているかもしれません。
そうでないことを祈りますが。
信教の自由は、すべての自由の基であることを、深く知っていただきたいと思います。
そして、既成の枠組みの中に入るものだけを、「学問」であると定義するのはやめていただきたいとも思います。
政府が学問を定義すること自体が、学問の自由の侵害であることを知るべきです。
何事であれ、新しいものは、既成の枠組みには入らないものです。
犬ぐらいの大きさの動物しか見たことがない人々が、象を見て、「これは、犬小屋に入らないから、動物ではない」と裁定するなど、お笑いです。
そういう発想自体が、国民の自由な発想や創意工夫を阻害し、繁栄を止めている、ということを知るべきです。

また、増税と景気回復とは両立しません。このままではアベノミクスは失敗します。このままでは失敗しても待っているのは消費税10%への増税です。
某党は、軽減税率を自分たちの手柄のように言っていますが、恩着せがましいというか、おためごかしというか、もともと国民から収奪しておいて、その原資は国民の血税なのです。自分たちのポケットマネーではないでしょう。それなら最初から増税しなければいいだけの話です。
そんなことにだまされるほど国民は愚かだと思っているのでしょうか。
増税は絶対に阻止しなければいけません。
さもなくば、経済はガタガタ、国民は自由を奪われ、塗炭の苦しみを味わうことになります。
幸福実現党は、増税に反対するのみならず、減税を訴えております。
国会に議席がないため、マニフェストも他党との比較を報道してもらえませんが、どの政党の、どのような政策が、国民を砲塔に幸福にするのか、白紙の目で見て、選択していただきたいと強く願う次第です。

下記をクリックすると、25日朝の辻立ちの動画をご覧いただけます。
(録画したiPhoneの電源が途中で落ちてしまったため、動画も途中までです)
↓ ↓ ↓

2014年11月25日 野々市市新庄2丁目にて辻立ち


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どこも報道しませんが、幸福の科学大学は、文科大臣の”政治判断”により認可されず、異議申し立てをしております。「異議申し立て」は本来、できないことになっているにもかかわらず、受理された。受理できないものを受理しちゃった側は、これからどうするの?
とにかく、過ちを認めてさっさと認可しなさいよ!と言いたくなります。
幸福の科学大学の設立を心待ちにしている子どもたちのことを思うと胸が締め付けられます。
また、大学設置審議会に関する様々な霊言を拝聴するにつけ、腐った教育界・政界に対して、強い憤りを感じる人も多いのではないかと思います。
私もその一人です。
世の人々の幸福のために、また未来を担う子供たちの笑顔のために、この不正を弾劾し、教育界も政界も浄化せずにはいられないという強い決意が湧いてきます。

今回の大学不認可の最大の論点は何かと言えば、手続きの関する行政の瑕疵(法的な欠陥・欠点)があったということもさることながら、これは、宗教の正統性に関わる問題です。
つまり、「霊言」という宗教的な行為を、国家が正統であるか否かを判定する、というとんでもない過ちを犯してしまったことにあります。
これは、憲法上保障されている「信教の自由」を侵害する、というこの世的な論理においても不正であるというに止まらず、もっと根本に遡れば、人間が造った国家という機関において、神ならぬ身の人間が、神の言葉が正統か否かを判定するという傲岸不遜極まりないことをやらかしてしまったのです。
これは、極悪人・バラバではなく、救世主・イエス・キリストを十字架に掛けたユダヤの民となんら変わることはありません。
たとえ、「バラバを許せ!」と叫んだ人々が、ユダヤ人の中の一握りの人々に過ぎなかったとしても、結果は全ユダヤ民族が2千年近く流浪の民となることになってしまったのです。
救世主を屠る、ということの縁起の凄まじさを私たちは知らなければなりません。
こんなことを、大した罪の意識も無く平然とやってしまうということは、戦後70年、「唯物論教」「無神論教」という邪教を信じ、広めてきたツケというほかありません。

宗教政党・幸福実現党が立党された本旨は、こうした「唯物論教」「無神論教」という邪教に支配されつつある我が国において、起死回生の逆転打を打つためと言って過言ではありません。
そして、この「唯物論教」「無神論教」は、神もあの世もないという世界観ですから、この世における生存を至上のものと考えます。それゆえに、この世での結果平等を希求する社会主義、共産主義と大変親和性が高いのです。「高福祉国家」も、この世での生存を至上とし、必然的に重税国家となることでは国家社会主義と変わりません。

では、日本で保守を名乗る政党や政治家は、マトモなのか。
残念ながら、ほとんどは、「唯物論教」「無神論教」に毒されています。
自民党すら、その本当の中身は、党名である「自由」と「民主」を旗印とする政党とはとても言えず、社会保障重視の重税国家・福祉国家を目指しております。
彼らは自分たちを保守と思っており、決して社会主義を目指しているなどとは思っていないでしょうが、それゆえに自らは決してそうは言いはしませんが、進まんとしている方向は、国家社会主義であるとみて間違いないでしょう。
これは、日本人が信仰心を失ったことと無関係ではありません。

そもそも2009年に私たちが幸福実現党を立党したのは、民主党に政権交代がなされたら、日本がとんでもない国難に見舞われると見たからだけではなく、自民党もすでにその歴史的使命を終えていると見たからです。
長らく政権与党であった自民党のやり方は、戦後の復興期にこそ効果があったかもしれませんが、その基本姿勢は、バラ撒いて利益誘導をし、その見返りに票を入れてもらう、というものであり、そのバラまく原資は当然、彼らのポケットマネーなどではなく、血税なのです。
なんのことはない、国民は自らが納めた税金をバラ撒いてもらって喜んで(不承不承かもしれませんが)票を入れ続けてきたのです。自分のお金で買収されているようなものです。
しかるに、いかなるヒーリングパワーを授かってか、延命治療によって余喘を保っているような状態です。

外交・安全保障、経済政策等、幸福実現党が国政に議席がないことをよいことに、政策はパクられ放題ですが、しかし、根本的に真似ができないことがあります。
それは、わが党が、真正なる宗教政党である、ということです。
もはや、政治活動における”方便の時代”は終わりました。
幸福実現党は、地球神・エル・カンターレへの信仰に基づく宗教政党であり、日本が真の意味で神の国として、世界のリーダーとなって世界を救っていくという高貴なる義務と使命を背負った尊い国であることを、高らかに訴えてまいりたいと思います。

そして、政治を、教育を、邪悪なる人々の手から取り戻し、浄化していきたいと強く願うものです。


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安倍晋三首相は、月内に衆院を解散し、12月中に総選挙を断行する意向を固めた。
首相、12月衆院選の意向 消費再増税は1年半延期(1/2ページ) – 産経ニュース

自民党はその名の通り、自由と、民主主義のために戦うべきである。
税金を上げてバラまいて、大きな政府となって、抑圧・統制型の国家社会主義となってはいけない。
補助金漬けにして保護しても、その原資は国民の血税だ。

そして何より、信仰心を失うならば、今の中国と変わらない。極めて厳しい未来が待っているというべきだろう。

自由とは、信教の自由がすべての自由の根源であることを知るべきだろう。そして学問の自由。
これなくして、言論の自由も、出版の自由も、本当の意味で成り立ちえないのではないか。

教義や学問の内容まで、文科省が是非善悪を認定するというならば、もはや信教の自由も、学問の自由も、有名無実だ。
「自由」はもはや、風前の灯だ。

事の重大さを、文科省は知るべきだろう。


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「霊言は、科学的合理性が立証できない」など、不見識極まりない。
「天なる父」の声を聴き、語ったイエスの教えに基づくキリスト教系の大学も、「神々との対話」「悪魔との対話」をなした釈尊の教えに基づく仏教系大学も、学問として認められず、大学も不可なのか。
たかだか100年余りの自然科学的な手法でもって、現文明に限ってみても数千年の昔から滔々と流れ来たる宗教的真理を、証明できないから正当ではない、などというのは、30センチ物差しで太平洋の広さを測ろうとして、「この物差しで測れないから、太平洋はない」と言っているに等しい。

また、献本を「認可の強要を意図する」とは、全く不当な「信教の自由」の侵害だ。

「信教の自由」とは、それが認められてはいても、それを表明することができず、ただ心の中で信じているだけならば、その自由もわざわざ保証するまでもないだろう。
したがって、「信教の自由」は必ず「信仰告白の自由」をともない、さらに、自らが素晴らしい、尊いと思う教えを、他の人々にも伝え、伝道するという「伝道の自由」 をもともなうものである。
否、信仰告白そのものが、伝道行為であると言ってよい。
経験したことのある人ならばわかるが、「信仰告白」という、自らの信仰を表明する、というたったそれだけのことですら、現代日本という唯物論的な環境の中では、大変勇気のいることである。
ましてや、献本という、書籍(経典)を贈る伝道行為は、そこに説かれている教えと、その教えを奉じている自分自身の人格が対比されるのである。
そして、相手によっては激しい批判の言葉が返ってくることもある。
その後の、ご近所や、学校や、職場などでの人間関係にまで大きな影響を及ぼしてくることがある。
(平たく言えば、お互いに気まずくなったり、白い目で見られたり、無視されたり、いじめられたり、など様々なことが起こりうる)

どれだけの緊張感と、不安感と、恐怖に近い感情とがないまぜになった状態であるか、想像がつくだろうか。
伝道とは、それを乗り越えてなされる、全人格を賭けた真剣勝負である。
自分自身が非難され否定されるだけならまだしも、自分が最も尊敬し、帰依し、拠り所としている方が 、またその方の教えが、批判されたり非難されたりすることは、自らの身が切り刻まれる以上の苦しみ・悲しみ・悔しさを味わうこともある。

世が世なら、迫害され、殺されることもあるのが伝道だ。
これほどのプレッシャーに耐えながら、伝道し、献本することが、どうして「強要」などになりえようか?
そのような、ある意味で命がけの真摯な行為であるところの伝道(献本)を、「不正行為」などと言う。
これこそが、伝道権を否定する不当な圧迫であり、「信教の自由」の侵害に他ならない。

それでも、神の栄光を賭けて、地球の未来を賭けて、人類の幸福を願って、 伝道するのである。
それほど、伝道とは尊い行為なのだ。
「伝道は絶対の善」とも言われるのは、そのためだ。

神仏は、人々の幸福を願ってやまない存在である。
民主主義とは、人々が神仏に成り代わる、ということではないだろう。
通常、神仏の心がわからぬから、人々が寄り合って英知を集め、より神仏に近い考えを選び取ろうと努力することではないのか。
そこに、真の民主主義が生まれてくるのではないか。

今回の幸福の科学大学の設置申請「不認可」をめぐる一連の問題で明らかになりつつあることは、政界も、教育界も、腐臭を放っている、ということである。
浅学菲才を顧みず、 政界浄化と、教育界浄化にこの身を捧ぐことを、改めて誓った次第です。

神仏の心から遠く離れた国民とその国に、未来があろうはずもない。
「宗教立国・日本」の実現を高らかに掲げ 、努力精進してまいります。


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米政府系放送局ラジオ自由アジアによると、中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州ザムタン県で30日、チベット族の女性(33)が焼身自殺した。

中国政府の高圧的なチベット政策に抗議するのが目的という。女性には幼い子どもがいた。

27日には、チベット自治区ラサ中心部で中国政府の統治に対する抗議活動をしていたチベット族の若い僧侶2人が焼身自殺を図り、うち1人が死亡したばかりだった。(共同)

幼い子供いるのに…チベット女性がまた焼身自殺 中国政府に抗議 – MSN産経ニュース

今年だけでも、一体何人のチベットの人が、焼身自殺したことだろう。

自由を奪われたチベットでは、焼身自殺が、最も有効な(ほかに手立てがないためだろう)中国政府に対する抗議なのだろうが、何という悲惨で、凄惨な姿だろうか。

日本では、ほとんどの人が、空気の如く当たり前と思っている「自由」が、日本人の10倍もの人民がいる隣国では、当たり前ではないのだ、ということを改めて実感させられる。

私たちが、どれだけ激しく、街宣やデモで政府を批判しても、逮捕されたり、弾圧されることは、いまのところ、ない。
われらがついき秀学党首が、「国家分裂活動を続けてきた危険思想犯」として逮捕され、逃亡して独立宣言をする、などというビデオも、いまのところはフィクションでしかない。

そういう意味で、私たちは現政府や今の日本のあり方について、様々な批判はしてはいるが、まだ自由が保障されているという点では、素晴らしい国だと思う。

そして、ただ批判のための批判ではなく、文字通り「世界のリーダー国家」となるための、様々な提言をさせていただいている。

世界を、より繁栄した、平和な未来社会へと導くために、その影響力を増すために、日本は、もっともっと国力を高めなければならない。

中国政府に対しても申し上げたい。

中国が、真に繁栄しようと思うならば、一党独裁を改め複数政党制にし、全体主義的体制を改め、自由で民主主義的な国家に再生すべきなのだ。

そして、根本的には、唯物論・無神論に基づく共産主義を捨てることだ。
「あの世なんかあるものか」「神も仏もない」という考えでは、どうしたって、結論は「今さえよければいい」「自分さえよければいい」となってしまう。

「信教の自由」こそが、すべての自由のバックボーンであり、その上で多様な意見を認める、真に民主主義的な社会になってこそ、様々な個性が百花繚乱、花開き、松下幸之助翁が喝破した「民主主義は繁栄主義」という姿が実現するのだ。

同時に、私たちは、武力で制圧される可能性もあるがそれ以前に、思想戦で支配下に置かれることがないように、宗教政党として、「信教の自由」をはじめとする諸自由の大切さを訴えるとともに、決して「奴隷の平和」を真の平和とは認めないことを、強く主張したい。

この国に自由を。「自由の大国」として未来を拓くことを。
これこそ、われらが使命である。


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宗教法人課税は、宗教弾圧である

宗教は、非営利活動であり、そもそも課税すべき対象となる、個人に分配する「利益」がない。
また、宗教が行う活動は、公益活動であり、それを保護するために、公益法人等は非課税である。
さらに決定的なことは、課税による公権力の介入は、信教の自由を侵害する。これは、憲法違反である。
ザッツ・オール。
「宗教法人課税」などという恥ずかしいことをして、世界に恥をさらすようなことをしてはならない。

論理をすり替えるな

「東日本大震災で国民が苦しんでいる。国家は財政赤字だ。国民みんなが負担に耐えようとしている。だから宗教もその負担を負うべきではないか」という意見もある。
それは筋違いというものではないか。
もちろん、震災復興に非協力なわけでもなく、財政赤字に無関心なわけでもない。
東日本大震災には、ボランティア、救援物資、義捐金など、人的・物的に支援しているし、宗教として最も大切な「魂の救済・鎮魂」に全力を挙げている。また、幸福実現党として、大規模な復興構想や、そのための財源も復興国債で、などという提言をしている。
財政赤字に関しては、国家の経営がへたくそなだけだ。そしてその負担を一方的に国民に押し付けているに過ぎない。
これに関しても、まず経済成長を目指し、しかる後に税収増を図るべきであるとし、そのための具体的な提言もしている。
問題は、国家経営のまずさの責任を増税という形で国民に押し付けるやりかたにある。論理をすり替えてはいけない。

「ないから取る」というのは、よく言って子供の駄々。「あるところから取る。文句あるか」というのは、強盗の論理である。
いや、強盗のほうが、自分たちは悪いことをしているという罪の自覚がある分、まだ救いがある。課税を目論む政府や、それを煽るマスコミなどは、おそらく正義と思っているから始末が悪い。

「嫉妬心 」は最も醜い感情

「バブル宗教」と揶揄する向き、「金儲け宗教」と誤解する向きもあるが、宗教法人を含む非営利組織には個人への分配目的ではないが利益に相当するものがあり、それは必要である。ドラッカー的に言えば、「組織を維持し、発展させるためのコスト」「将来のためのコスト」である。
涙ぐましい経営努力と、信者の皆さまの献身によって、それを生み出しているのである。
いわゆる“利益 ”=悪という見方は、こうした努力や工夫の部分を無視している。
おそらくこうした見方は、自覚しがたいことではあろうが、嫉妬心の発露である。
そして、嫉妬心は、この世で最も醜い感情の一つである。

“穢れ”とは何か

宗教法人課税を主張する人の根本的な考え方には何があるか。
それは、聖なるものを認めない心、人智を超えた力を信じない心、神仏を信じない心である。

宗教法人に課税するということは、この聖なる部分に、公権力、すなわち世俗権力の監視の目が入るということである。
これでは、世俗権力のほうが、聖なるものよりも上に立つことになる。
これを即ち、“穢(けが)れ”と呼ぶのである。

「政教分離」の真義と「信教の自由」の決定的重要性

「政教分離」とは、日本で誤解されているような「宗教が政治に口出ししてはならない」という規定ではなく、その逆に、「政治が宗教に介入してはならない」という規定である。

「宗教法人課税」は、正しい意味での「政教分離」規定に反するものであり、聖なるものへの世俗権力の介入を意味するものであり、したがって、宗教弾圧の道につながるものである。

「信教の自由」というと、「信じない自由もある」という天の邪鬼な反論に遭うこともある。
そういう自由も認めよう。しかし、その自由がメジャーになるべきではない。
「選挙権はあるけれど、投票しない自由もある」「(集団的)自衛権はあるけれど行使しない自由もある」という意見と同じく、いずれもナンセンスだろう。
むしろ、「信じることができない」というのは、哀しく、憐れなことである

信教の自由が奪われるとどうなるか。
チベットや、東トルキスタンの人々のように、弾圧され、迫害され、無理矢理棄教を迫られ、“民族浄化”されることもありうる。
誇大妄想と笑うことなかれ。隣国で現実に起きているノン・フィクションである。
聖なるものを否定する国家はこうなる、という事例である。

ファイナル・ジャッジメント―日本人よ、聖なるものに目覚めよ

日本人は、聖なるものと俗なるものとの区別がつかぬほど落魄れてしまったのか。

それほどに霊性を失ってしまったのか。

いや、一時的にそう見えるに過ぎないと信じたい。

戦後のわずか70年弱の間の唯物論的思潮によって、真実の自己を見失っているに過ぎない。

日本文明3千年の歴史から見れば、ほんのうたた寝している間に過ぎない。

間もなく、そのまどろみから、真実の目覚めのときを迎えるだろう。

これを“ファイナル・ジャッジメント”のときと呼ぼう。

参考:The Liberty web 「宗教法人課税を考える」 http://www.the-liberty.com/topics/taxation/


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オウム擁護の島田裕巳氏を起用する週刊誌の見識とは?

オウム擁護の島田裕巳氏を起用する週刊誌の見識とは? | ザ・リバティweb – 幸福の科学出版 | 幸福の科学・幸福実現党

ザ・リバティwebも引用している島田氏の発言について、考えてみる。

「問題は、宗教の側が苦しむ人々に『救い』を与える手だてを持っていないことにある」

→何をもってこのように断定しうるのか?
幸福の科学について言えば、「救い」を与える手立ては無数にある。800冊を超える著書、300を超える国内及び海外支部、宗教法人、出版、政党、学校法人など、幸福の科学グループとして多様な救済活動を行っており、さらにその輪を広げようとしている。

「大川隆法氏のカリスマ性によって信者を増やしてきた幸福の科学は、学園や政党を作るなど、ある意味で今も”元気”だが、そもそも幸福の科学が宗教と呼べるのかとの疑問もある」

→週刊ポストの記事を読む限り、どの点が「幸福の科学が宗教と呼べるのかとの疑問』点なのかは明言していない。さも一般に認知されているかのような言い方をしているが、島田氏の個人的な認識ではないだろうか。
同氏は、何をもって宗教と定義づけるのか。また、同氏に、宗教と呼べるかどうか、判断する権限が与えられているのか。

読むに堪えない文章だが、概して、宗教というものを十把一絡げにして、「いかがわしいもの」と断じているように思える。

これは、少なくとも学者として誠実な学問的態度とは言いかねる。

さらに、「人と宗教的なるものの関係性が希薄になった結果、『いかがわしさ』を批判する力も失われつつある。そのため、こうした『個人宗教』がいつ再び『オウム的なるもの』に変貌するか分からないという意味で、非常に危ういといえる」。かつてオウムを擁護した方のお言葉に、思わず噴き出してしまった。

ザ・リバティweb同記事では、「歴史上稀に見る犯罪集団に宗教性や救いを認め、その総括もできていない島田氏をわざわざ起用して、現代の宗教について語らせるメディアのほうの見識も、同時に問われるべきだろう。」と結んでいるが、不思議なことに、いくつかのメディアが同時期に宗教に対する批判的な記事を載せている。

つい先日も、朝日新聞、サンデー毎日と続々と宗教法人への課税を擁護・誘導するかのような記事を載せている。

もし、誰かが裏で糸を引き、宗教法人への課税へと世論誘導しようとしているならば、聖なるものを世俗的なるものから守るため、断固として戦おう。

これは信教の自由、良心の自由、思想信条の自由を守る戦いになるだろう。

聖なるものと俗なるものとの区別がつかぬほど、日本人の心は唯物論に染まっていないことを信じたい。


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23日発売の週刊ポストが「完全解剖 日本の宗教 カネと実力 タブーに斬り込む!」という17ページにわたる大特集を展開している。「宗教にお金が集まり、大きな施設を持っている」という表面的な見方しかしていない上に、そもそも事実誤認や誤解に基づく記述が多い。

事実誤認や誤解の多い無理筋の議論 週刊ポストが宗教課税を主張 | ザ・リバティweb – 幸福の科学出版 | 幸福の科学・幸福実現党

いつも大変勉強になるザ・リバティwebのDaily News Clipだが、今日は特に、重要論点満載。

まず、標記の記事。

石村教授の「宗教活動はそもそも課税の対象にならないから、そこから取らないことをもって特権とは言えません。」というこの一言が、すべてでしょう。

本誌が言う「宗教がなぜ非課税であるかは、根本的には、文字通り、宗教が『聖域』であるからだ。宗教は神仏の導きを受けながら、共に人間の魂を救う仕事をしている。そこに徴税権力や警察権力が入り込むことは世俗の穢れを持ち込み、神仏の活動を邪魔することになる」ということが理解できなくなっているということは、日本がいつの間にか、唯物論国家になってしまっていると言えるのではないでしょうか?

「政教分離」規定についても、まことにその通り、議論の余地はありません。

目に見えない尊いものを信ずることができずに、ただ多数決で物事を決することをもって民主主義とするなら、それは誤った民主主義であり、衆愚政に堕すか、ギロチン型大量処刑民主主義となってしまうのではないでしょうか。

信仰が、民主主義に高貴さを与えるものと考えます。

ますます「宗教立国」の実現が急がれます。


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今年の4月は、史上有名な豪華客船Titanic(タイタニック)号が沈没(1912年4月14日)して100年目に当たります。

その14年前、すなわち1898年に、 Morgan Robertson(モーガン・ロバートソン)という作家が書いた「Futility」(「無益」の意)という小説の中に、タイタニック号の沈没を予言したかのような物語があるそうです。

その豪華客船の名は、「Titan(タイタン)」号。タイタニック号と同じく、絶対に沈まない船と言われ、同じく大西洋を処女航海中、氷山に衝突して沈んだ。沈んだのは、同じく4月。全長は、タイタン号が800フィートなのに対し、タイタニック号は882.5フィート、乗客乗員は、タイタン号が3,000人、タイタニック号が2,200人。救命ボートは24艘、タイタニック号は20艘。どちらも乗員数に対してボートの数は全く不足していた…などなど、偶然とは思えないような共通点があります。
(まあ、この小説は、実際にタイタニック号が沈んだ後、細部を事実に合わせて改訂して出版したとも言われていますが)。

しかし、よくわかりませんが、”Futility”という小説は、出版からタイタニック号が処女航海に出かけるまでにさほど売れていなかったのかもしれません。

歴史に“イフ”は禁物だとよく言われますが、もし、”Futility”が、売れに売れていて、タイタン号とタイタニック号の共通点に多くの人々が気づいて、「これは予言的小説だ」と理解し、タイタン号のような悲劇を現実にも起こすまいと気を付けていたら、タイタニック号の悲劇は防げたかもしれませんね。

この6月公開の映画「ファイナル・ジャッジメント」は、架空の唯物論国家であり軍事独裁国家「オウラン人民共和国」に占領され、かの国の極東省になってしまう、という近未来の予言映画です。
the_final_judgement
http://www.the-liberty.com/fj/

(「オウラン人民共和国」は架空の国家ではありますが、どの国がモデルになっているかは、いまさら言うまでもないでしょう)

国を守るという決意も覚悟も気概もなければ、どれほどたやすく軍事的に占領されてしまうか、また、信教の自由、思想の自由、言論の自由、政治的自由、経済的自由が奪われたならば、どのような悲惨な世の中になるか、ということを実感していただけることと思います。

もし、「タイタニック号が沈むなんて、ありえない!」と思って船旅を満喫していた上流階級の紳士淑女のように、「日本が占領されるなんて、ありえない!」と殆どの日本人がこのまま安逸を貪っていたとしたら、日本もまたタイタニック号と同じような運命になるかもしれません。

もちろん、私たちは、この予言が成就すればよいと思っているわけでは決してなく、運命論的に、必ずこうなる、と言っているのもありません。
私たちは、努力によって運命は変えていける、という立場を取ります。「このままであれば、こうなりますよ」と警告しているにすぎません。
そして、この危機を、何とか未然に防ぎたいと、活動をしております。

くだんのタイタニック号の悲劇から23年後の4月、同じく北大西洋を横断する船がありました。
その船で見張りをしていた、ウイリアム・リーブスという若い船員は、ちょうどタイタニック号が沈んだ海域に差し掛かった時、胸騒ぎを感じ、警報を鳴らしました。
緊急停止した船のまさにその目の前に、巨大な氷山がありました。リーブスのおかげで船は巨大氷山に衝突する直前に停止することができました。
その幸運な船の名は「Titanian(タイタニアン)号」。

私たちは、日本がタイタニック号の悲劇に陥るのではなく、幸運な船「タイタニアン」となるよう、若き船員・ウイリアム・リーブスでありたいと思います。
悲劇を未然に防ぎ、希望の灯を点すものでありたいと願っています。
「知らなかった!」と言われることがないよう、多くの人々に、全国民に、映画「ファイナル・ジャッジメント」をお知らせしてまいりたいと思います。

そして、来たる5月3日、幸福実現党も協賛参加する「沖縄返還40周年記念『5.3 憲法を変えて日本とアジアの自由を守る!国民集会&デモ』」(日比谷公園大音楽堂にて)に、多くの同志の皆さまと共に、参加したいと思います。
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「自分の国は自分で守る」。およそ主権国家であるならば、ごくごく当然のことが、我が国では先の敗戦以来、長い年月、タブー視されてきました。
もはやマインド・コントロールを解き、目覚めなければなりません。

国民の皆さまに、広く国防の意識を持っていただくために、地元・石川の街頭でも訴え続けてまいりたいと思います。


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