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ヒトラー政権下でのカトリック教会の変節
中国政府公認の司教をバチカンが認定 ローマ法王は中国に教会を売るのか | ザ・リバティweb

歴史を振り返れば、ナチス政権下でもカトリックは変節した。ナチスが第一党を取るまで、宗教政党のカトリック中央党は議席を伸ばし、カトリック教会は、ナチス党の民族崇拝や反ユダヤ主義的態度がカトリックの教えに反するものであると考え、カトリック教徒がナチスに入党することを断固として拒否する姿勢を貫いていた。

しかし、ナチス・ドイツが教皇庁に「聖職者が政党政治に口を出さないかわりに、カトリック教会の宣教活動などの宗教活動を保護する」という帝国政教条約(コンコルダート)を持ちかけると、宗教活動を守ってもらえるということで、政治活動を放棄。当時、この条約は熱狂的に歓迎された。

そして、カトリック中央党は、ヒトラー内閣に無制限の立法権を付与する悪名高き授権法の成立を支援。同時に党を解散した。これによって、1933年7月上旬にナチスは独裁を固めることができた。

さらに、第二次大戦がはじまると、反共だった教皇ピウス12世は、ナチスを黙認。反ユダヤ主義について批判を手控えるようになった。

その結果、カトリックは次第に教義的にも変節し、カトリックが運営する病院では、アーリア人優位の優生思想のもと、不妊手術も行われるようになっていった。つまり、「ナチス的キリスト教」に変節していったのである。

後に、イギリスの歴史家イアン・カーショウは、「ナチの最終解決(ユダヤ人の虐殺)は、教会の指導者層の沈黙なしに起こり得なかった」と当時の教会の態度を批判している。

習近平の中国共産党は、ヒトラーのナチスドイツか、それ以上に狡猾で、暴虐だと思った方が良い。これがおそらく正しい認識でしょう。

「歩み寄り」と言えば聞こえは良いが、要するに「妥協」です。

かつて、イエスの弟子たちは、少なくともイエスの死後、復活を見、その愛を知ってからは、現実に妥協しませんでした。

数多の弟子たちが、伝道の旅の途中で迫害に遭い、殉教しました。初代教皇ペテロがその代表の一人です。

ただただ争いを避けるだけの平和では悪を助長することになり、最も悲惨な結末を迎えることになります。

人類はすでに第2次世界大戦でそのことを経験し、またぞろ中国・北朝鮮問題で同じ過ちを繰り返そうとしています。

真理と正義のために「妥協しない」ということの美徳を人々が知るのは、おそらくかなりのちの時代になってからのことで、その当時は、非難囂々でしょう。

今のトランプ大統領を見ていると、そう感じます。

少なくとも日本のメディアの報道を見る限り、こんなにこき下ろされるアメリカ大統領はかつてなかったのではないでしょうか。

しかし、冷静にその実績を見れば、なかなか頑張っているということが見て取れます。

あたかもマスコミが善悪の判断を決める”神”のごとき振る舞いをすることは改める必要があるでしょう。

閑話休題。

その動機は善意であっても、結果として悪を助長してしまっているということは数多くあります。

そのことを教訓として、たとえ人々から轟々たる非難を浴びたとしても、断固として貫く、妥協しない精神が危機の時代のリーダーには必要でしょう。

ヒトラーは、教会による国際的包囲網を恐れていたといいます。

習近平もまた、これだけ弾圧するというのは、ある意味で宗教を恐れていると言えます。ならば、習近平に対しても、信仰者による国際的包囲網を敷くべきです。

この期に及んで、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教などと、争っている時ではありません。

イエスが「天なる父」と呼び、ムハンマドが「アッラー」と呼び、ユダヤ教で「エローヒム」と呼ばれている神は皆同じ神です。

全世界の信仰者よ、この唯一の地球神の下に団結せよ。そして、信仰の下に強くあれ。

様々な宗教に分かれて争っている人々を仲裁し、和解させ、世界平和を実現することは、実は歴史的に宗教的寛容の精神を持っている日本の使命であると思っています。

だから、日本は世界のリーダーにならなければならないのです。

 

2月2日、雪もようやく融けてきたタイミングを見計らって、久しぶりに辻に立ちました。

それ以前は歩道が雪で埋もれ、歩くのも困難な状況が続いていました。

2月2日、辻立ちの動画です。
↓  ↓  ↓

今日また激しく雪が降り出しました。今週も雪が続くようです。

皆様の安全と健康と幸福をお祈りいたします。


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今朝は、金沢市東長江交差点にて、辻立ちをさせていただきました。

霜が降りた、寒い朝でしたが、昇る太陽がまぶしく輝き、すがすがしいさわやかな青空でした。

12月9日金沢市東長江交差点にて

12月9日金沢市東長江交差点にて

日本は、これから少子高齢化が進み、経済成長は止まり、衰退していくのでしょうか?
「衰退はごめんだけれど、何とか現状維持はしたい」というのが多くの方々の願いでしょうか?
もしそうだとするならば、残念ながら「現状維持は即衰退」 であり、坂道を転げ落ちるしかないでしょう。

必要なのは高い理想であり、高い目標であり、高い志です。

世界を見渡した時、宗教対立、人口爆発、食糧危機、エネルギー危機、軍事的な危機、民族弾圧、テロなど、様々な危機に直面しています。
日本は「一国平和主義」「一国繁栄主義」では済まされません。もう江戸時代ではありません。
「鎖国」しようにも、世界はそれを許さないでしょう。

ならば、世界のリーダーとなって、積極的に世界平和と繁栄をけん引しましょう。

少なくとも高度経済成長を遂げていたころまでの、かつての日本人には、もっと気概があったように感じます。
日本人の多くが小成に甘んじるようになっているとするならば、その根っこには相当深く、「自虐史観」が浸み込んでいるように思われてなりません。

それは、戦争に負けて自信を失ったというのみならず、太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦を境に、「日本はアジア諸国を侵略した」「軍国主義国家であった」「自由も民主主義もない全体主義的な国家であって、それらは戦後にもたらされたものである」等といった誤った歴史観に基づき、何とも言えない罪悪感、贖罪感が刷り込まれ、加えて神仏を否定するような唯物論教育が学校教育やマスコミ等においてもなされ、その結果、それ以前の歴史までもが全否定されるような流れが出来上がりつつあることが最大の原因であると思われます。
「古事記」等に述べられている神話のみならず、聖徳太子などの偉人の実在までも否定するような歴史学者が存在するような現状であります。

しかし、日本人が「自虐史観」に打ち沈んでいるなかで、台湾、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどのアジア・アフリカ諸国のリーダーたち、また先日亡くなった、ネルソン・マンデラ氏も、すでに第1次世界大戦後に、国際連盟の会議において、「人種差別撤廃」を主張した日本を、また、敗れはしたものの、アジア・アフリカ諸国を欧米列強の植民地支配から解放した大東亜戦争の意義を、高く評価しています。

いったいどちらが、本当の正しい歴史認識のなのでしょうか?
アジア・アフリカのリーダーたちのほうが、日本を正しく見ているのではないでしょうか。

「謙譲の美徳」が行き過ぎて自虐的になりすぎると、本来の力が発揮できませんし、本来果たすべき役割も果たせません。

威張ってそっくり返る必要は全くありませんが、自国の歴史について、公平に見ることは必要でしょう。
(仏教的には、八正道の「正見」(しょうけん=正しく見る)に当たるといってよいでしょう)

アジア・アフリカ諸国、イスラム諸国さえ、日本を尊敬し、日本に親しみを感じ、日本に期待している国々がたくさんある事実を見ると、やはり、世界のリーダーとして、応分の責任と貢献を果たすべき時に来ていると思います。

世界平和に貢献するには、言論の力で平和裏に平和を実現することが最上ですが、言論の力を担保するものとして、やはり、応分の武力は必要です。
武力を持ったからといって、すぐ悪用すると考えるのは、論理が飛躍しすぎです。
それでいけば、包丁だって、危なくて簡単に売り買いできません。

少なくとも、自由と民主主義がきちんと担保されている国であるならば、独裁的で、国民を抑圧しており、自由がなく、軍事優先の国に比べ、すぐに武力に訴えるというようなことにはならず、はるかに安全であるといえます。

70年前に、空母部隊を率いて、最強国アメリカと覇権を争ったのが私たちの父祖です。
その気概を、取り戻そうではありませんか(当然ながらアメリカと再び戦争しよう、というのではありません)。

かつて我が国はアジアの協和と繁栄を大義として、アジアの盟主を自任しましたが、今度は、世界の平和と繁栄を大義として、勇気をもって、世界のリーダーを目指そうではありませんか。

それが、先の大戦で尊い犠牲となった先人たちに報いる至上の道だと確信します。

下記をクリックすると、今朝の辻立ちの動画をご覧いただけます。

↓ ↓ ↓

2013-12-09 金沢市東長江交差点にて


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大川隆法総裁著『神理文明の流転』(幸福の科学出版、1992年)に、「未来への聖戦」という章が載せられています。
この章は、1990年12月、大阪での講演会がもとになっています。
以下、その一部を引用します。

それぞれの民族、国家に長い歴史があり、彼らの考え方があります。その考え方に基づけば、どのような行動をとるのか、どのようなことが彼らにとって正義と見られているのか、ということを知らねばなりません。そこに複数の正義がぶつかることもあります。

そのときに私たちが見抜いてゆかねばならないことは、次なる時代において正義と見なされるほうを選択してゆかねばならなくなる、ということなのです。

その時点では、どちらに賭けるべきかわからないけれども、時間の流れのなかで、どちらの選択を採ったほうが、結局より多くの人びとの幸福につながったかというところに、すべてが収斂してゆくことになります。

この考え方からいきますと、これから日本という国が果たさねばならない使命というものは、かなり重いものになってきます。その重さはいかほどでしょうか。

世界の百数十ヵ国の国の大部分が、今後、戦争、あるいは飢饉、天変地異によって飢えてゆくことになりますが、こうした飢えた国家は、放置しておくと必ず共食いを始めるのです。これが各地で起きる戦乱です。これからは、隣の国を奪うぐらいは平気でするようになってきます。

それは国家レベルの話であるために、なかなか信じ難いことでしょうが、一歩、国家から離れて、企業の世界を見てみると、今のアメリカなどで起きている企業の買収、M&Aというのは、結局、国家を乗っ取ることと同じなのです。

これは手っ取り早い経済なのです。乗っ取ってしまうのです。会社ごともらって、自分の会社に入れてしまうわけですから、これは国を併合してゆくのとまったく同じ論理なのです。かつてのその会社の歴史や文化というようなものは関係がないのです。トータルで利益が出れば、会社を買収して併合してしまうわけですから、これは国の併合とまったく同じ論理なのです。

では、経済論理としては通用していて、国のレベルではなぜ行なわれないのでしょうか。それは、国が大きな軍事力を伴っているために、リスクが大きすぎることもあって行動としては鈍っているだけなのです。

しかし、諸国民が飢えるような状況が出てきますと、これから、このようなことは日常茶飯事になってくる可能性があります。国家の分断、奪取、このようなことが行なわれてゆきます。

前述のソ連でもそうです。今度は独立しようとする小さな共和国などが、さまざまな利害を持った国から狙われるようになり、ソ連から取ろうとする動きが出てきます。他の新しい勢力によって、豊かなところが狙われるおそれが出てきます。

そのときに現われてくるものは何でしょうか。それは世界の混沌であります。このような段階の時期においては、強力なリーダーが出てこない限り、世界をまとめることはできないのです。

多くの人びとは平和平和と言いますが、それは何もしたくないという「厭戦」というだけの平和では済まないのです。そういう状態になってきたときには、それでは済まないのです。その平和の理念を具体化する行動を取らない限り、実際に平和を愛することにはなってゆかないのです。

したがって今、日本に必要とされることは、世界百数十ヵ国が飢えたときに、これを食べさせていけるかどうかという考えがひとつあります。経済大国の日本が、彼らを援助し、育て、守ってゆくことができるかどうか、これは非常に大事なことです。飢えれば、人は殺し合いを始めます。戦争を始めます。

しかし、日本の経済の現状を見て、いかがでしょうか。あのアフリカが、中東が、中国が、ソ連が飢えたときに、日本はこれらの国々を支えられるでしょうか。

一方のパートナーであるアメリカは今、国家衰退の危機にあります。経済的にはすでに、完全に下降線に入っています。そしてこれは、もしブッシュ政権がこの中東において間違いを犯した場合には、アメリカという国家は、この十年ぐらいで完全にスーパーパワーから一列強国に陥ります。判断を間違ったら必ずそうなります。

そして、世界のGNPの二十五パーセントを持っているアメリカの経済も、衰退を余儀なくされていきます。他の国を救える国がなくなるのです。そのときにどうするのかということです。

日本の経済は、今、GNPで世界の十五、六パーセントぐらいですが、私は、二十一世紀のはじめに、だいたい世界の三十パーセントから四十パーセント近くにまで近づいていくと思います。おそらく四十パーセントくらいがピークです。

そのときに、はたして世界を支えるだけの全世界経済構想をつくることができるか否かです。もし全世界が食べてゆけなくなれば、あり余る武力でもって、あちこちで侵略が起きます。これがひとつです。

22年前の講演の内容ですが、見事にその後の20数年、一部はその予言が成就しており、またそれ以外の部分も、十分可能性ある近未来として見て取れます。

  1. 複数の正義がぶつかっている→現実に、ユダヤ・キリスト教合体文明と、イスラム教文明の激突が起きている。あるいは、共産主義文明と自由主義文明の衝突。
    したがって、次なる時代において正義と見なされる方を選択してゆかなければない。
    それは、神仏の理想を体現する(「宗教」という言葉に抵抗があるならば、百歩譲って)「高い精神性」に裏打ちされた上で、自由と民主主義的な価値観は維持されるべきだろうと考える。
    これを、我らは「宗教立国」と呼ぶ。
  2. 世界百数十カ国の大部分が、今後、戦争、飢饉、天変地異によって飢えてゆく。飢えた国家は、放置しておくと必ず共食いを始める。国家を乗っ取ることは、企業のM&Aと同じこと。→イラクによるクェート侵攻を端緒として、一部では起きつつある。13億人を超える超巨大国家・中国が飢えるようなこと(食料の飢えだけでなく、エネルギーの“飢え”によっても起こりうる)があると、まさしく国家の分断、奪取などが起こりうる。既に資源を持つ国を取り込んだり、主権を侵害したり、シーレンを抑えるという行動をとりつつある。
  3. 「平和」とは、ただ平和を唱えればよいというわけではなく、その理念を具体化する行動をとらない限り、それを愛することにはなっていかない。→2010年の尖閣沖の中国漁船衝突事件ひとつを例に挙げれば十分だろう。もはや「戦争を放棄する」と宣言すれば戦争に巻き込まれることはない、などということは誰も信じないことは、良識ある人であるならば、誰でも認めるところだ。
  4. パートナーであるアメリカが国家衰退の危機(経済的には既に完全に下降線、というのも事実。ブッシュ(講演当時は父ブッシュを指す)政権が中東において間違いを犯したかどうかは、90年からの10余年、まがりなりにもスーパーパワーの座を維持してきたことを見れば、決定的な間違いは犯さなかったと言えるかもしれないが、このブッシュをオバマに置き換えれば、この10年で、アメリカが一列強に陥る危険は十分ある。
  5. 世界の平和と安定に貢献することを日本のミッションとするならば、まず、経済力の側面からは、これからの日本に必要とされることは自明である。世界百数十カ国が飢えたときに、経済大国として、支えることである。すでにギリシャの財政危機を救い、EU発世界恐慌を止めるぐらいの経済力を日本は持つ。さらに、日本のGDP(22年前はGNPと言ったが)を世界の40%近くにまで持っていく覚悟がいる。その前提として、世界を支えるだけの、全世界経済構想をもっていなければならないのは当然のことである。それは、現政府にはないが、幸福実現党の掲げる政策の中には、実は入っているのである。

以上、日本が世界平和に貢献するというミッションを、主として経済的側面から見てきましたが、それはある意味で(現状の、長期デフレ不況・増税路線・経済成長戦略なし、の三重苦状態ではこれとて決して容易ではないのだが)、次のより本質的な課題克服に比べればはるかに容易と言えます。

それが即ち、多様なる価値観、多様なる正義を、包摂・統合する、全地球的に共通する価値観を樹立する、という壮大なテーマです。

多様なる人々が、多様なるままにお互いを理解し、永遠の神に向かって向上していける思想を打ち出すこと。
そしてそれができるところは、全世界に幸福の科学以外に絶対にないと信じるものであります。

まだまだ世間一般では、幸福の科学は新興宗教の一つであり、その教勢拡大のために、政治や学園事業に手を出しているように思っている人がいるかもしれません。

しかし、立宗した翌年の5月、1987年の第2回講演会「幸福の原理」等で大川総裁が明言している通り、我々は一宗一派を興すために活動しているわけではないのです。

世界の人々が、真に自由と繁栄を享受できるような、平和な愛の星・地球の建設を目指しているものです。

そのような、地球規模での文明を創っているのだという事実が、やがて年を経るとともに明らかにされてゆくことでしょう。


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こんばんは!
みやもとさとしです。

このままでは、もうほんとうに日本がメルトダウンしてしまいそうです。
居ても立ってもいられず、夕方、小松市内に向かいました。

小松市の某図書館に新聞を閲覧に行かれた方が、
他の全国紙は置いてあるのに、産経新聞だけなく、
問い合わせたところ、
「経費節減のため購読していない。
読みたければ、市役所に行ってください」
と言われたと憤慨しておられたそうです。

5大紙と言われる他の4紙は置いてあるのに、
産経新聞だけ取りやめるというのは、
何か隠れた意図があると思うのは私だけでしょうか?
「小松市がんばれ!」という思いを込めて、
辻に立ちました。

辻立ちでは、引き続き見苦しい延命を図る菅首相を徹底糾弾いたしました。

「脱原発」は一見、よさそうに聞こえ、賛同する人々が多いと思いますが、
確実に国家衰退へとミスリードいたします。

国民の皆様が一番恐れていることは、放射能だと思います。
これに関しては、The Liberty webに、札幌医大の高田純教授の調査レポートが掲載されています。
http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=2274

札幌医大教授・高田純先生は放射線防護学がご専門で、
このたび福島県内で、放射性のヨウ素とセシウムについて、
住民の外部被曝と内部被曝の線量を調査されました。
高田教授はこれまで、チェルノブイリ事故後の周辺3カ国や、
ソ連のセミパラチンスク核実験場とその周辺、
マーシャル諸島・ビキニ環礁での核爆発の影響を受けたマーシャル諸島などを訪れ、
住民の健康被害について調査して来られた方だそうです。

その高田教授が、今回の福島について、安全宣言をされています。

エネルギー、電力の安定供給と経済繁栄の観点からも、
また、安全保障上の観点からも、
日本は決して原子力発電およびその技術を捨ててはいけません。
必要以上に核を恐れることは、核兵器を持っている危険な隣国に、アドバンテージを与えることになります。
また、原発の存在自体が、「いつでも核兵器に転用できるぞ」というメッセージを送ることになり、
(実際は核兵器を作らなくても)それ自体が抑止力になります。

今回の事故を機に世界一の原発技術でさらに安全な原発を開発し、
世界のエネルギーの安定供給と世界平和へと貢献するチャンスです。

耳に聞こえの好い政策を振りかざし、
亡国へと導こうとしている菅首相には、
強い反省を促すとともに、即時退陣を要求いたします。

小松市長田南交差点にて

小松市長田南交差点にて


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こんばんは!
みやもとさとしです。

今日は所用で石川県庁に寄りました。
一階のロビーで、偶然、北国新聞の記者さんのYさんにお会いしました。
お元気そうで良かったです。

しっかし、県庁ってでっかいですね!
めったに来ないので、どこに何があるか、どこに行けばいいのか、戸惑います。
ちょっと敷居が高いです(慣れている人はなんてことないのでしょうが)
私は田舎者なので緊張しちゃいます。
受付のお嬢様方が親切でよかったです。

夕方は、白山市で辻立ち。

菅首相批判もかなり馬鹿馬鹿しくなってきましたが、
粘り強く即時退陣を訴えはしますが、
もっともっと夢の未来を語りたい!

日本は、まだまだ可能性に満ち溢れています!

政治とは可能性の技術(芸術)です。
極めて創造性の高い仕事です。

「国難」の大本にあるところの、
自虐史観の一掃を訴えました。
日本人として誇りを持って生きていける国、
日本に生まれて、本当に良かった!と思える国、
世界のリーダーとして、世界平和と繁栄に貢献できる国、
夢のある国にしたいですね!

石川県庁(1)

石川県庁(1)


石川県庁(2)

石川県庁(2)

白山市フェアモールアピタ松任前にて

白山市フェアモールアピタ松任前にて


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(CNN) — The giant Buddhas of Bamiyan, once painted in bright colors, remained silent sentinels as they reacquired the hues of the sandstone cliffs from which they were carved.

Will one of two destroyed Buddha statues be reconstructed? – CNN.com

小さい方だけとはいえ、再建される可能性があるとは、喜ばしいことだ。

「宗教があるから、世界で戦争や紛争が起きるのだ」と唯物論者たちは言う。

しかし、それは宗教による。また、その宗教を信じる信者たちの教義の理解にもよる。

仏教は、心の平安とこの世の平和を説く。
また「不妄語」「不殺生」の戒律を厳格に守りすぎた故に、釈迦族は滅ぼされたし、
11世紀から12世紀にかけて、インドにイスラム教が入ってきたとき、事実上壊滅状態になったとも言われる。

また、イスラム教徒も、本来、「イスラム」とは「平和」を意味するように、自分たちは平和を愛しているというだろう。
ただ、自分たちの平和を妨げるものに対しては、断固として戦うという論理だと思う。

こうしてみると、宗教があるから争いが起きるのではなく、お互いの理解と宗教的寛容さがないから争いになると考えるべきだろう。

逆に、宗教がない世界はどうなるかというと、
それは、現代の北朝鮮や中国、かつてのソ連邦のような世界を想像してみればよい。

宗教的寛容性においては世界で類を見ない日本が、世界の宗教を融合する立場を鮮明にすれば、世界平和に大きく貢献できるだろう。

その意味でも、バーミヤンの仏像再建には、日本の技術力の総力を挙げて協力すべきだと思う。

日本は、単に経済的な繁栄や科学技術の高さのみを誇っているのではなく、宗教的文化を重んじる、文化的成熟度の高い国であるということを、世界中にアピールできる機会になると思う。

日本こそが、宗教的寛容の精神に基づいて、世界平和に貢献できる立場に立ちうるといえる。

そのためにも、日本は、唯物論を国是とするのではなく、宗教的バックボーンをしっかりと持つ国であるという意味で、「宗教立国」を国是とすべきであると考える。
(ここでいう「宗教立国」とは、特定の宗教ではなく、信教の自由に基づいて、宗教間の自由競争、切磋琢磨によって確立された(国民の多くに支持された)精神性をバックボーンとする、という意味であり、かつての武士道精神に代わるものとも言える)


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古代中国の国体について
中国が統一国家となったのは、秦帝国以降である。
それまでは、いくつかの国が分立していた。
夏→殷(商)→周と王朝が続いたが、これらの王朝は、諸侯を統べる盟主であり、中国全体が統一国家だったわけではない。
周末~春秋・戦国時代を経て、秦の始皇帝により、統一国家が誕生したわけだが、諸侯が王を名乗り始めたのは、戦国時代からである。
つまり、緩やかな連邦制であったと言ってよい。

その後、秦帝国の崩壊、楚漢戦争を経て、漢帝国が誕生したが、後漢王朝の後には、三国志時代が到来した。
すなわち、魏・呉・蜀という3つの王朝が存在した。

何が言いたいかというと、中国という国は、必ずしも統一国家が常態ではない、ということだ。
そして、統一された状態が、必ずしも国民にとって、幸福な状態ではなかったということだ。

例えば、秦帝国においては、法家思想による法治国家(現代的な意味での法治国家とは異なる)であった。
法の適用があまりにも厳しく、人々の怨嗟の声が満ち、それがわずか10数年で秦帝国崩壊の原因となった。

一方、春秋・戦国時代は、戦いもあり、厳しい時代のように思われるが、孟嘗君のように、斉人(せいひと)でありながら、魏や秦の宰相に招聘された人もいる。
楽毅などもそうであるが、実力や才覚次第で自由に世を渡っていけた、自由主義的な面がある。
孔子の儒教をはじめ、百家争鳴といわれるくらい、多数の思想家・言論家も生まれた。
夏王朝~春秋・戦国時代にかけて、まさしく古代文明と呼ぶにふさわしい、文明が花開いた、といえるだろう。

真に中国人民の幸福のために
中国はいま、かつての大唐帝国を復活させようと言うかのような、いや、それ以上の覇権主義的拡大を目指している。
なにしろ目指すところは、東は太平洋はハワイから西はアフリカ沖、というのが国家戦略だろうから、恐るべき大帝国だ。
そして着々とその歩武を進めている。

しかし、13億以上もの民を、一つの国家体制のもとで押し込めておくことは、さぞや大変だろうと思う。
それにはやはり、一党独裁により、統制的に統治したほうが、統治しやすい、という事情があるのだろう。
それはそうだろう。13億の民が、それぞれ、自由に、勝手気ままにやれば、収拾がつかなくなる、というのが当局の予想であり恐れだろう。
当然のことながら、いろんな個性ある人がいろんなことを考える中で一つにまとめようとするためには、大変な力量、マネジメント能力が必要となる。
しかし、それぞれの個性を最大限に(百花繚乱のごとく)開花させる、ということが民主主義の最大の美点であるし、民主主義が繁栄主義であるということの理由でもある。

したがって、本当に中国政府が、人民の幸福を願うならば、全体主義的統一ではなく、もっと自由を認める方向に舵を切るべきだろう。
その結果、国が分裂したとしても、人民の幸福のためならば、以って瞑すべし、ではないだろうか。

かつての大唐帝国の復活を目指すより、より自由主義的な国家を目指す中で、かつての三国志や、戦国七雄のような時代になったとしてもよいではないだろうか。

あるいは、周王朝のように、中華の中の一つの国が、他の中華の国々を総攬する、連邦制のような形でもいいのかもしれない。

この点は、われわれが日本に対して主張している点と異なる。
日本国自体が、中国の省ぐらいの大きさしかないのだから、地方分権、ではなく、中央集権で行くべきであるが、中国のような巨大な国家ならばこそ、地方分権すべきだと考える。

日本は、そのように民主化し、自由化する中国を、決して敵とは思わないであろうし、むしろ、同じアジアの同胞として、世界平和と繁栄に貢献するよう、手を携えていきたいとさえ思う。

中国が真の大国として脱皮する道は、共産党独裁による全体主義体制の強化などではなく、より自由と民主主義の方向へと勇気ある舵を切ることであると思う。


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