‘私の意見’

古代ギリシャの哲学者・プラトンは、理想国家論を語るに際して、『国家』という書物の中で、エルという若者の臨死体験の物語を語っています。
この世限りでない、生命の永遠性を前提とした理想国家論です。

「政治は可能性の技術(芸術)である」という言葉は、この世での可能性という意味だけではなく、来世、あの世での可能性という意味も含めてよいように思います。
「永遠の生命」という前提で人生や国家を考えることが大切だということですね。
唯物論国家の暴虐さを見るにつけても、思い半ばに過ぎるものがあります。

「マルクスの共産党宣言を永遠に葬り去る」ことは、我が党の党是でもでもありますが、改めて、こうした人類を不幸にする悪しき思想(「悪魔の思想」とはっきり言っておきましょう)は、この地上から一掃しなければならないと強く思う次第であります。

 

今朝は、白山市安養寺北交差点にて、朝のご挨拶と訴えをさせていただきました。
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最近の動画でございます。
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https://www.youtube.com/user/MiyamotosatoshiChl/videos


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気がつけば、前回のブログから2ヶ月近く間が空いておりました。

これからもっとまめに投稿しようと思います。

 

今朝、大川隆法総裁著『理想国家日本の条件』を久しぶりに繙いて。

サブタイトルに-宗教立国のすすめ-とあって驚いた。

本書は1994年の刊行。今から25年前。幸福実現党立党に先立つこと15年。

本書のタイトルとなった第2章「理想国家日本の条件」は、1992年2月2日の講演。

このときすでに、「宗教立国」という概念が説かれていたのだ。何度も読んでいるはずなのに、忘れていた。

本章では、

  • これからの世界情勢-世界を覆う暗雲
    ソ連邦解体により、冷戦後平和と安定の時代が来るというムードに対して警告を発している点。中国、朝鮮半島、東欧、中東に言及。
  • その他、小選挙区制の弊害、ボーダーレス・エコノミー、ボーダーレス・ワールド(現代風に言えば「グローバリズム」か)や崩壊していった共産主義体制の国際レベルでの復活(豊かな国は貧しい国に機械的に配分しなければならないという考えが、世界正義として続いていくこと-ピケティ的な考えがもてはやされる、ブレグジットに見られるようなEUの苦悩を見るにつけても、思い半ばに過ぎよう)への警鐘等。

などか指摘されている。

主の慧眼畏るべし。

 

今朝、白山市徳丸交差点にて朝のご挨拶&街頭演説をさせていただきました。

 

街頭演説はできるだけまめにアップしております。
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https://www.youtube.com/user/MiyamotosatoshiChl/videos

 


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今日は小松市内での集いの後、加賀市へ移動、加賀市加賀温泉東口交差点にて辻立ちを致しました。
ぐっと涼しくなり、爽やかな風が吹く夕方でした。

いち宗教政治家として拙いながらこの身を晒して声を上げております。
宗教家は「信仰心って大事ですよ」と伝えるのが仕事です
科学的証明はできないけれど神も仏もあの世もあります。
2千年にわたって億の単位の人々が尊崇してきた人類史上の偉人であるお釈迦様やイエス・キリストやムハンマドが、世を惑わす大ウソつきだとはとても思えないのです。
逆に、宗教をアヘンとみなす思想に基づいて作られた国でどれだけ多くの人々が粛清され、弾圧され、今もされ続けていることか。

宗教の復権のときは今。


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「2000年前、最も誇り高き言葉は『私はローマ市民だ』(‘civis romanus sum’)であった。今日、この自由な世界において、最も誇り高き言葉は『私はベルリン市民だ』である」(‘Ich bin ein Berliner’)と、56年前、ジョン・F・ケネディ大統領はかつて西ベルリンで語った。

56年後の今、最も誇り高き言葉は、「我是香港人」(I am a Hongkonger.)ではないだろうか。

「自由は多くの困難を抱えているし、民主主義も完璧ではない」というのはケネディの時代も、いやいつの時代も、その通りだろう。

しかし、かつて植民地だった都市の市民の多くが、元の宗主国の支配下の方がマシだったと思う現状は、共産主義体制の失敗を明確に示しているではないか。

香港は、共産主義・全体主義国家という大海の中に浮かぶ、自由の孤島である。と同時に、世界の希望である。

「香港革命」、自由のために戦うべきは今である。
14億の民にも、自由を!
自由、民主、そして信仰を守る香港の戦いが、中国本土に飛び火し、中国の全体主義体制を終わらせ、自由で民主的な国家に生まれ変わらんことを。

私たちは、香港民主化デモを支援すべきである。

どこに住んでいようとも、自由な人はみな、香港人だ。
私も一人の自由な人間として、誇りを持って言いたい。
「我是香港人。」

 

本日(10日)の辻立ちの動画です。
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あっという間に8月が過ぎ、9月になりました。

あの暑かった日々はなんだったのだろうと思うぐらい、過ごしやすくなりましたね。

8月お盆、9月は秋のお彼岸ということで、先祖供養の機会も多いと思います。

私は宗教家の端くれとしてお通夜や葬儀に関わる機会も多いのですが、宗教の違いを超えて、葬儀、葬送ということが行われます。

近年はこれを簡略化して、僧侶無しで家族葬で済ますとか、お墓に納骨せずに散骨や樹木葬といった形で済ませることも増えてきたようですが、本来、葬儀における僧職者の役割は、故人をあの世にきちんと送る(引導を渡す)ことであります。「死ねば何もかも無くなる」という人生観では、遺族の心を慰める、という意味以外に、葬儀の意味はありません。
宗教の本質は、もちろん生きている人間の心の救済ということが中心ではありましょうが、人生を終えるに当たって、きちんと死後のケアまですることによって、宗教としての役割が完結するものと思います。

この辺りの考え方が、戦後74年を経て、非常に脆弱になってきたように感じます。

それでも、お盆やお彼岸に、お墓詣りの習慣がずっと続いているのは、せめてもの救いのような気がいたします。

戦後、GHQの政策により、宗教(主として国家神道)と政治の分離が徹底して行われ、宗教の立場が非常に弱くなりました。

逆に言えば旧日本軍の強さの秘密は、宗教にあったとアメリカは看破したということでしょう。

政治から宗教を排除する狙いは、日本の弱体化にあったのです。

しかし、朝鮮戦争等を経て、日本弱体化は、防共(共産主義の拡張を防ぐ)という観点から間違いであったということに気づいたマッカーサーは、日本に再軍備を要請しますが、当時の吉田茂首相はこれを断ります。つまり、日本は軽武装はするけれども国防の主たるところはアメリカに任せ(アメリカを番犬に使う、というような表現を彼はしています)、我が国は経済復興に専念する、という所謂“吉田ドクトリン”ですね。

しかし、これでは真の独立国、主権国家とは言えません。国防の大事なところはアメリカ任せなのですから、ある意味で属国のような立場です。アメリカが日本を守る意思を放棄したらどうしようもありません。

今、朝鮮半島、中国と香港・台湾問題、さらに中東と、紛争の種は尽きません。我が国は、「自分の国は自分で守る」意志が必要です。

私たちは、国防強化、憲法改正を訴えていますが、より本質的に、強い国家を目指すならば、宗教の復権が不可欠であると思うのです。

それは、単なる国家宗教の復活ではありません。

大東亜戦争で日本が敗れた宗教的な理由は、日本の国家神道は、世界宗教たりえなかった、だから、日本国外に広がらなかった、ということです。

しかし、だからと言って、日本神道に世界宗教性がないということではありません。

“八紘一宇”(「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」、これなどはアジア侵略を正当化するためのスローガンと捉えられておりますが、原典(『日本書紀』)に書かれていることを素直に読めば、全世界のすべての民族が一つの家のように仲良く暮らす、という意味で、グローバルな価値観たり得るでしょう。

中東地域では、再びキリスト教・ユダヤ教合体文明 vs. イスラム教文明の激突の様相を呈しております。

これを戦争に依らずして仲裁する方法はないものでしょうか?

マルクスの共産党宣言以来、ここ150年ほどの文明実験で明らかな通り、唯物論では平和も繁栄も実現できないことは明らかです。ゆえに、唯物論国家とその思想では仲裁不能です。

いま必要な“宗教の復権”とは、日本神道も、仏教も、キリスト教も、イスラム教も、ユダヤ教も、あらゆる宗教の違いを超えて、地球人としての一つの意識を持てるような教えによって世界平和をもたらすこと、真の意味での、また新しい意味での“八紘一宇”の精神そのものだと思うのです。

すなわち、イエス・キリストが「天なる父」と呼んだ存在、ムハンマドが「アッラー」と呼んだ存在、ユダヤ教における偏狭な嫉妬の神(民族神と思われる)ヤハウェではなく、エローヒムと呼ばれる普遍的な愛の神、また日本神道における天御祖神(天照大神以前の根源なる神)、そして仏教における久遠実成の仏陀または大毘盧遮那仏は同じ神(仏)であるという真実を知ることによって、宗教の違いは超えていけます。

幸福実現党は、こうした宗教の違いによる争いを仲裁し、世界平和を実現するというところまで射程に入れて、活動をしている政党であるということを知っていただければ幸いです。

 

動画は、今朝の辻立ちの一部です(白山市・安養寺北交差点にて)。


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よく言われることですが、アメリカ大統領は、聖書に手を置いて宣誓をします。

もともとアメリカは、英国国教会の迫害からメイフラワー号に乗って逃れてきたピューリタン(ピルグリム・ファーザーズ)以降、プロテスタント(WASP)が中心となった(ユダヤ教徒とも関係が深い)、キリスト教国家でもあります。

太平洋戦争後、日本軍の強さを恐れたGHQが、軍部も解体したが、その強さの根源は宗教にありと看破し、「神道指令」を発し、宗教(特にターゲットとされたのは国家神道)と政治との分離を図りました。

今日、日本において、宗教が日陰者的な扱いをされるのは、多分にこのGHQの政策が効いていると思われます。

しかし、これは(唯物論国家を除けば)世界の常識ではありません。
まさに、「日本の常識は、世界の非常識」というべきものです。

本来、宗教家は「聖職者」と言われる通り、最も尊敬される職業の一つです。

例えば鎌倉時代、日蓮聖人は、辻々に立って、説法をされました。そして、蒙古が攻めてくること(「他国侵逼難」)を予知し、それを民衆に訴えました(それゆえに世を惑わす者と看做され、時の政権に迫害されましたが)。
宗教家であっても、政治的な事柄であっても、人々のために必要なこと、言わねばならぬことは言うのが本当の宗教家ではないでしょうか。

現代もまさしく、北朝鮮、中国の脅威が迫っています。「他国侵逼難」そのものです。中国国内では、ウイグル始め、人権弾圧で苦しむ人民が数多います。北朝鮮に至っては、2千数百万の国民のほとんどが奴隷状態に近いといってよいでしょう。

このような状況に、宗教家が声を挙げずして誰があげるのでしょうか。

「愛してるから、黙ってられない。」-そう思って、現代の宗教政治家たちは、辻々に立って声を挙げております。

宗教こそが、人権の最後の防波堤となりうるのです。

宗教を知らずして、世界の紛争を解決することはできないのです。
ただこの世的な利害の調整だけでは調整しきれないのです。

今後、宗教政党の必要性が、益々高まってくることでしょう。

その負託に応え得る政党へと、成長して参りたいと思います。

 

今日は、金沢市大河端町南交差点にて、辻立ちを致しました。
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「宗教が政治に口出すな。」「宗教は怖い。」という考えもあろうかと思いますが、21世紀は宗教の時代となるでしょう。

宗教政党こそ、自由と民主主義を守り、人権を守る最後の砦となりうるのです。

旧態依然たる宗教や政治に、多くの人々は関心を持てなくなっています。

私たちの挑戦は、新しい宗教と政治が一体となって未来を創造する、ということでもあります。

日本における宗教者、宗教家の地位は残念ながら低いのですが、これは世界の非常識です。

宗教に対して無知・無関心では外交はわからないし、世界の潮流もわからないのです。

信じる、信じない、何を信じるか、はいろいろあるとは思いますが、まずは宗教的素養、宗教的教養を身につけることなくして国際人として一流にはなれないし、世界から信頼されることもないでしょう。

本日、金沢市東長江交差点にて辻立ちを致しました。
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おもしろきこともなき世をおもしろく。

下の句には、

棲みなすものは政治なりけり。

と付けてみたい。

「政治は可能性の芸術(技術)である」のだから。

主権者である国民の知恵を集めて、いくらでもよりよい国に造り変えていくことができる。

政治とはなんと創造的な!

震えます。ワクワクします。

幸福実現党立党以来、本格的な政治活動を初めて丸10年。

日本にも、世界にも、まだまだ無限の可能性があるんだなと思います。

こんな創造的で面白い活動はございません。

これが、負けても負けても選挙で戦い続ける理由の一つでございます。

まだまだ知恵も経験も足りない未熟者ですが、今後とも努力精進を重ねてまいります。

源頼朝も「臥竜の時代」と言うべきか、鳴かず飛ばずで淵に潜むこと20年。

わたくしも20年やり続けたら少しはモノになりますか。

日本を理想国家に、世界を理想世界へと造り変えていこうという志を持つ仲間が一人でも多く集われんことを。

 

本日夕方、白山市徳丸交差点にて、辻立ちをいたしました。

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此の期に及んで。ホントにそう思いますよ。

7月4日、参院選公示日に中国が南シナ海で対艦ミサイルを発射したのに、この件に関して論戦が行われるということはありませんでした。その後もありません。

23日には竹島上空でロシア機が領空侵犯、韓国戦闘機が警告弾360発発射という事件に対しても、日本は相変わらす「遺憾だ」としか言えない情けなさ。

さらに昨日は、北朝鮮がミサイル発射。安倍首相はミサイルよりゴルフが大事ですか?結局日本は独力では何もできずトランプ大統領頼みですか?

後生大事に平和憲法を抱えて「戦争はしません」と言ってるだけでは戦争もせずして脅されて屈服し、占領されるということを意味します。
中国でも北朝鮮でも日本を脅して支配することは可能です。核を持っていますから。
核を持っているということは決定的なアドバンテージです。

もうそろそろ戦争を放棄している“自虐憲法”は廃棄して、新しい憲法をつくるべき時ではないでしょうか。

既成の政治家は選挙に落ちることが怖くて言えない、しかし本当に国民のためには告げなければいけないことを、幸福実現党ははっきりと言いましょう。

憲法を改正し(または新憲法を制定し、旧憲法を廃止し)、自衛隊を国防軍と明確に位置付ける。
また、核攻撃を抑止するために、日本も核装備をする。
もちろん、他国を攻撃したり、侵略したりするための軍隊ではありません。悪しきことを考えている国に、悪を犯させないための武力です。
「武」とは、「戈を止める」と書くのです・
孫子は、「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(謀攻篇)と説きました。
備えあれば憂いなし。これが、我が国の領土・領海・領空を守り、国民の生命・安全・財産を護るためのベストの選択と思います。

 

動画は、参院選後22日から本日までの辻立ちのものです。

 


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宗教が政治に関わることは、政教分離規定に反している、悪しきものだという誤解はさすがに少数派になってきたようです。
「法の下の平等」に照らせば、宗教者が政治参加できないということは、差別以外の何物でもありません。
政治の方が、特定の宗教を弾圧したりすることがないようにするための規定だということが、広く理解されてきたように思われます。まあ当たり前のことですが。

日本には、宗教、とりわけ「新興」宗教に対するアレルギーが非常に強いようにも感じられます。その関連で、「宗教政党」「宗教立国」に対する誤解や偏見も強くあるようですが、宗教政党自体は、世界的に珍しいものでも奇異なものでもございません(例.ドイツのキリスト教民主同盟)。
幸福実現党は、与党と連立を組んでいる某宗教政党(と彼ら自身は言っていないように思いましたが)とその母体が、宗教全体のイメージを貶めているようにも思われますので、そのアンチテーゼでもあります。
また、「宗教立国」も、日本を唯物論国家にしないという強い意思表示であり、アメリカはじめ欧米の民主主義国家は、基本、キリスト教に基づいて国を建てている、「キリスト教立国」でありますし、イスラム教国は言うまでもなく「イスラム教立国」です。日本も、国家神道の時代がしばらくありましたが、聖徳太子の時代頃から、神道と仏教とが融合した「仏教立国」と言えます。
このように、国家の背骨には宗教的な思想があって国を建てることを、「宗教立国」と呼んでおり、これもまた唯物論国家を除けば世界標準と言えましょう。

世界の政治思想もまた、それ自体単体で生まれた思想ではなく、欧米の政治思想を見ても、日本においてもイスラム圏においても、宗教的思想と不可分です。

このように見てくれば、我が国においては、「宗教」それ自体、本来人間にとって必要不可欠なものであるにも関わらず、誤解と偏見に染まっていると思われます。
それは、もちろん私たち宗教者自身にも責任があります。だからこそ、そうした誤解を解いて、宗教は人間存在をより向上させ、幸福にするために必要なものなのだということを知っていただくために、そして実際にそれを実証していくために、政治、宗教、教育、経済、芸能文化、などなど様々な活動を展開しているのです。

さらに付け加えれば、幸福実現党は「極右」的な言われ方もされますが、人々の人権を護るという意味では、左派以上に強い意志を持っております。
チベットやウイグルの人権弾圧、香港や台湾の自由と民主主義の危機に対して、これらを護るという強い意思をいち早く表明し、国連等で訴えるという行動しているのは幸福実現党です。
これも、人権の根拠は、人間が神仏によって創られた、神仏の子であり、すべての人はみな、神の下に平等であるという普遍的な宗教的真理に由来すると考えているからであり、この点からも、宗教政党が存在しうる意味があると思います。

「宗教同士が戦争をするから、宗教などない方がよい」という意見もあります。
しかし、だからと言って宗教を否定すれば、行き着く先は、旧ソ連や北朝鮮、中国などの唯物論国家と同じ結末になります。
唯物論からは、人権を尊重する思想も、人を思いやる心も、生まれようが無いのです。
そして、宗教の違いを超えて、地球を一つにする宗教思想が必要なのです。
その理由の詳細は省きますが、日本はその思想の発信地となりうるのです。
イスラム教文明とキリスト教(およびユダヤ教徒の合体文明)との激突を仲裁するのは、どう考えても日本しかありません。
その意味で、日本は、アジア、ひいては世界のリーダーとなる覚悟と自覚が必要な時期に来ていると思います。

私たちが発信している思想やそれに基づく政策は、今は、「独特な世界観」と感じられるかもしれませんが、これがやがて地球の「普遍的な世界観」と思われるようになることと思います。
その日まで、精進を続けてまいります。


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