‘私の意見’

消費税を社会保障の財源にするなんて、邪道だ。

そもそも、消費税の存在自体が、邪道ではないか。

国民を苦しめる増税は、もうやめよう。

政府の財政赤字が1100兆円もあるのに、高級官僚だけが焼け太る。

こんなことでは我が国は潰れてしまいます。

租税を免除して3年、民の竈から上る炊煙をご覧になられて、自らは宮殿もお召し物もボロボロであったにも関わらず、「朕はもう豊かになった」「人民が貧しいのは自分が貧しいのと同じである。人民が富んだならば自分が富んだことになる。人民が富んでいるのに、人君が貧しいということはないのだ」と仰った仁徳天皇の故事に倣って、今やるべきは「減税」でしょう。

民をますます貧しくする、「税と社会保障の一体改革」などという戯言に騙されないようにしましょう。

今日はふるさと鳥越地区を挨拶回り。

ふるさとの方々はいつも温かく迎えてくださり、本当に有難い限りです。

全然ふるさとのお役に立てていないことを恥じ入る次第です。

限界集落、何とかしたい。

はるかに見える白山も、もう夏山の風情です。

夕方、野々市市新庄にて、辻立ちをさせていただきました。


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いま政治の世界は、左翼 vs 極左の様相を呈しております。

自民党は保守だと思っている方々も多いと思いますが、「世界で最も成功した共産主義国家」とも言われているように、実はリベラルな政策を戦後ずっとやってきました。省庁の権限が強く、岩盤のような規制が多い、かなりな統制国家という側面もあります。

野党は言うも更なり。
国防や憲法についてなど、日本が主権国家であることを放棄するような主張をしております。

そして今自民党が言ってるのは、「全世代型社会保障」。
これって「ゆりかごから墓場まで」とどう違うのでしょうか?
税金はどんどん釣り上がり、私有財産は奪われ、国民はやる気を失って行く。
このままでは我が国は英国病ならぬ日本病を患って没落するのではないでしょうか。

左翼化、極左しか選択肢がないなんて、国民にとっては不幸です。
幸福実現党は、「小さな政府・安い税金」を標榜しています。
「自由」「民主」「信仰」の世界を広げようとしている、真正なる保守政党です。
そういう意味で、左翼化、極左しか選択肢がない日本国民に対して、新しい選択を提供しているのです。

昨日は白山市徳丸交差点にて夕べの辻立ちをさせていただきました。

19日は、金沢市高柳西交差点にて。


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たとえば私たちは、原子力発電に対して、肯定的で、積極的です。
「容認」どころか、もっと増設すべき、と考えています。
高速増殖炉はもちろんです。

これは、一見、時代の流れに反しているように見えます(少なくとも日本では)。

しかし、少し考えていただきたいのです。
かつて、原爆を2発も落とされた国として、原子力や放射線に対する恐怖心や不安は理解できます。
しかし、原発を止めることが本当に正しいのでしょうか?

原発が止まれば、再生可能エネルギーでは十分な供給量が望めないので、火力み頼らざるを得ない。
火力発電となれば、石炭や天然ガスも少しはあるが、ほとんどは石油に頼らなければならない。
そのコストは年間約4兆円と言われる。
石油はほぼ100%近く輸入、しかもほとんどが中東から。中東からは長い長いシーレーンを通って、日本へ運ばなければならない。
さらにこのシーレーンは、中国の海洋進出により脅かされつつある。
こう考えれば、エネルギー安全保障上、現時点では、原発の再稼働が最も良い選択ではないだろうか。

でも安全性は?
まるで再稼働させないことがミッションであるかのような原子力規制庁の世界一厳しい(不必要なまでに)基準のおかげで、世界一安全性は担保されていると言えるのではないか。
少なくともはるかにゆるい基準で作られている中国の原発に比べれば、はるかに安全性は高い。

そもそも放射線は無前提にすべて悪なのか?
自然状態でも、放射線は宇宙から降り注いているし、X線など、医療機関では普通に使っている。
ラドン温泉、ラジウム温泉などは、放射線の効果を期待しているではないか。
こう考えれば、適度な放射線は、問題ないどころか、健康に良い場合もある。

私たちが「常識」と思っていることは、本当に正しいのでしょうか?

原発、原子力、放射線…と聞けば、条件反射的に「悪」とみなすのではなく、自分の頭で考えてみませんか?
考えるためには、材料が必要で、その考えるために必要な情報おを提供するのが、本来、マスメディアの仕事であると思います。

民主主義が健全に機能するためには、「考える」国民と、国民の「知る権利」に奉仕する、正しいマスコミの存在が必要です。

16日、神谷内交差点、17日、元車交差点にて、辻立ちを致しました。
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昨日は、幸福実現党立党10周年大会でした。

大川隆法・幸福実現党創立者 兼 総裁より御法話「自由・民主・信仰の世界」を賜りました。

本会場は千葉の幕張メッセでしたが、私は、職場である幸福の科学金沢北支部の衛星中継会場で拝聴させていただきました。

世界教師として、本気で世界を救い、変えていこうとの責任感と決意と、怒涛のような情熱溢れる感動的な講演でした。

たくさんの論点がありましたが、私はその中で一つ、「自由」には、「国家からの自由」と「国家への自由」がある、という点に大変感銘を受けました(他にもありますが)。

国家から弾圧や迫害を受けている国民は「国家からの自由」を求めるが、日本は比較的この点は恵まれている一方で、「国家への自由」、国民一人ひとりの声を集めて国家を作り直していく自由、新しい国家を建設する自由は、十分認められていないという点です。

政治不信に起因するのでしょうが、近年、投票率の低さが目立っております。これは政治参加の自由を放棄していると言えるのではないでしょうか。

低い投票率では、結果的に、いつも選挙に行く一部の人たちの意向だけで政治が決まっていくことになります。このまま政治に無関心な人々が増え続けると、今までの延長線上の政治が漫然と行われるだけで、現状維持しようというのが精一杯となります。しかし、現状維持を目指しているだけでは、転落・衰退という未来が待っています。

しかし、私たちは、この国を作り変えていく自由がある。
もちろんこの自由には責任が伴います。その責任という名の重荷をしっかりとつかんで飛び立たなければなりません。

しかし「国家への自由」は「より高次な目標に向けての自由」、「さらに高邁な精神に向けての自由」、「世界をいっそう素晴らしくするもののための自由」へとつながっていくものと思います。

宗教的に言うならば、「仏国土・地上ユートピアの建設」ということになりましょう。

その意味では、宗教も政治も、最終的に目指すところは同じであると言えると思います。

下記は、最近の辻立ち&街頭演説の動画です。お暇な時にご覧いただければ幸いです。
いつもほぼぶっつけ本番で、その時に思いついたことを飾らずに語っているつもりです。言い間違いや滑舌の悪さや支離滅裂な?ところなどは、ご寛恕ください

11日には、党本部・中家事務局長と「街頭演説やろう」ということになり、急遽、香林坊にて立たせていただきました。

 


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今日も素晴らしいお天気でしたね。爽やかな初夏、という感じで(少し暑かったですか?)。

3時過ぎから金沢市内をいくつか回り、夕方は白山市徳丸交差点にて辻立ちを致しました。

100年前、だれが“スマートフォン”の出現を予想できたでしょうか?

テレビにスマホ、映画、自動車、飛行機、などなど、現代人は、ごく普通の人でも、昔の王侯貴族でさえ味わえなかったような豊かさを享受しています。

日本は少子高齢化が“世界最速”で進んでいると言われているだけあって、「成熟国家」を目指すんだ、これ以上発展しないんだ、というようにネガティブに思いがちですが、どっこい、まだまだ発展する伸び代はあるぞ、と思うのです。

「成熟国家」って、結局、衰退に向かうのだから、できるだけそれを緩やかにしましょう、というのを美しく言っているだけにしか思えません。

無限の自己変革と、無限の自己実現こそが、地球の歴史として刻まれていると思うのです。

100年前は不可能だったことが、今では可能となったように、100年後、どんなに人類が進歩しているか、なかなか凡人には想像がつきません。

100年後のことがイメージできないなんて、想像力の貧困さを表している、などと笑うなかれ。

自動車だって、こんなに普及するなんて、予想できた人はほとんどいなかったでしょう。

自動車はもうすぐ空を飛ぶようになるでしょうし、月旅行なんて当たり前、火星旅行だって珍しくなくなっているかもしれません。

人類の未来は、限りなく明るい。しかし、自然に任せておいてもそうした希望溢れる未来が到来しないのも事実。

神仏は人間に自助努力を求めていると思うのです。

様々な危機を乗り越えて、繁栄の未来を掴み取って欲しいと願っておられると思うのです。

21世紀の現代、専制・圧迫・人権侵害・新帝国主義的植民地支配などの脅威が存在します。

こうした脅威に怯える人々を解放し、「自由」「民主」「信仰」の希望溢れる未来を開いて参りたいと念願しております。

その実現のために、日本が「名誉ある地位を占め」ますように。

まずは、自分自身の自己変革から始めたいと思います。

金沢市東山の支援者さま宅にて、ポスターを貼らせていただきました。

ありがとうございました。


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今日は、毎月定例の集いに行ってまいりました。

いつも温かな雰囲気でお迎えいただいて、本当に感謝です。

いつもの通り、月刊「幸福の科学」の「心の指針」の学びから。

5月号の今月は、「心の弱さに耐える」というメッセージです。

人の心のあり方は、
健康に左右されやすい。
寒くても愚痴り、
暑くても愚痴り、
勉強や仕事が進まないことを、
環境や身体のコンディションのせいにする。

政治への不満もしかりだ。
マスコミは政治家の無能をあげつらい、
政治家はマスコミがフェイク(にせもの)ニュースを、
たれ流しているという。

民主主義と共産主義の区別もつかず、
民主主義と衆愚政の線引きも難しい。
カンフー映画で、
悪人といえば日本人と相場が決まっている。
あくどい日本人の空手家や、
金目あてでしか動かない、
黒装束で日本刀をひっさげた、
忍者まがいの、中国人演じる日本人たちが、
バッタ、バッタと素手のカンフー達人に倒される。
全部、日本人や英国人が悪かったのだと、
洗脳映画が世界に向けて発射されていく。

しかし、世界は、
全てを外国人のせいにする、
全体主義国家におびやかされている。

自らの弱さを省みないものは、
自らの悪をも認めない。
黒澤明映画の姿三四郎は、
外国人を投げとばすだけでなく、
蓮池の中の棒杭につかまって、
自分の心の弱さに耐えていた。
強さと弱さの両方を知って、道は開けるのだ。

私たちはうまくいかないことを、他人のせい、環境のせいにしがちですけれども、実際それが事実の場合もありますけれども、そんな考えでは最終的に幸福になれないのですね。

人間は完全ではありませんから、長所もあれば欠点もある。

自らの弱さを知るということは、大切なことですね。

国家でも、自分の欠点を顧みない国ってありますね。

国内の政治がうまくいかないことを、全部日本のせいにして、国民の目を逸らしています。

でもそれだと、永遠に良い国にはなっていきませんね。

「心の指針」の勉強の後は、ザ・リバティ6月号を中心に、時事問題について放談。

主婦のみなさんがほとんどとはいえ、真剣に日本の行く末を考えておられて、頼もしいかぎりでした。

夕方は、小松市城南町にて、辻立ちを致しました。

ここは、10年前の立党の際、衆院選に立候補するにあたり、事務所をお借りした、懐かしい町です。

10年前の志を、新たに致しました。

全人類幸福化の理想実現のために、千年の努力を続けてまいります。

白山も、夕日も、美しい、好い日でした。


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近年、坂本龍馬や吉田松陰の名を、教科書から消そうとする動きが見られるようです。

吉田松陰なんて若くして処刑され、大した業績なんでない、坂本龍馬なんて、今で言えばブローカーのようなもんだろう、ぐらいの認識でしょうか。

しかし、間違いなく、歴史は英雄によって創られたのであり、創られ続けています。

たまたま偶然、その人がその時にそこにいたから、そういう(革命が起きるという)結果になった、というような考えは真実ではないと思うのです。

私たちは、そこに「天意」というものを見いだすことができます。

イエス・キリストが磔刑に処せられた当時も、現代の大を成したキリスト教から見れば、教祖がわずか3年の伝道期間を経て、刑死してしまったという、想像もつかないほどの弱小新興教団であったでしょう。

この世の業績から見れば、取るに足らないほどのものであっても、その後、時空を超えて、大きな影響を与える人がいる、ということが理解できないようです。

明治維新も、「殺されて溝に転がされても構わない」と思った志士たち、3千人ぐらいによってなされたと言われています(司馬遼太郎説)。

もちろん、後世に名を遺した人は数えるほとしかありません。ほとんどは無名のままに死んでいきました。しかし、英雄であったことは間違いありません。

我が国も、そして世界も、大変革の時代に入っております。

これからの時代を創るために、無名の英雄たちが、地から湧いて出るように続々と現れてくることでしょう。

仏教的には、“地涌の菩薩”と言います。

私もその一人でありたいと願うものです。

天に意思がある。
としか、この若者の場合、おもえない。
天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした。この夜、京の天は雨気が満ち、星がない。
しかし、時代は旋回している。若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押しあけた。
(司馬遼太郎『竜馬がゆく』第8巻より)

何度読んでも、ぐっとくる文章です。

7日、朝は東長江交差点にて辻立ち、午後から金沢市内を一回り、ふれあい活動。夕方は、神谷内交差点にて辻立ちをさせていただきました。

昨夕のはげしい雨が嘘のような、今日も爽やかな五月晴れでした。


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4月24日、終日忙しく、今日は外へ出るのは難しいかなと思ったのですが、夕方6時過ぎに辻に立ちました。身の程知らずにもハンナ・アレントの「悪の凡庸さ」に言寄せて、わが国の民主主義の危機を訴える、という難しい課題に挑戦しました。

お上の決めたことを何も考えずにその通りに賛成したり、積極的に賛成しなくても仕方がないかと思い、またその逆に何でも反対したり、あるいは判断そのものを放棄したりしていては、民主主義は健全に機能しないと言えるでしょう。

例えば近年、投票率が50%以下という選挙も多くありますが、ということは、半分以上の人が政治参加の自由を放棄しているわけです。
また、投票している人も、数多い候補者(特に市議選などの場合)の中で、どの人を選ぶべきか、判断する材料が少なすぎると思います。
結果、その人の訴えている内容ではなく、町内会で推している人だからとか、親しい人から頼まれたからとか、単に有名だからとか、で、多数を得た人が当選してしまう、ということが多いかもしれませんね。

「誰が正しいか」ではなく、「何が正しいか」を考えて、判断し、選択する国民を増やさなくては、「自由・民主・信仰」と言っても、単なるお題目に終わってしまうと思うのです。
民主主義が正しく機能するためには、「考える人々」の存在が不可欠ということです。

そして、そのためには考える材料が必要です。
その、考える材料を提供するのが、本来、マスメディアの使命であるはずです。
しかしそのメディアも、例えばこぞって消費増税に賛成(もしくは止むなし)と言ってみたり、立党間もない某政党(弊党のことですが)については申し合わせたように(申し合わせたんだと思いますが)ほとんど報道しなかったり、あたかも国民の「知る権利」を奪っているかのようです。
我が国の民主主義が正しく機能しない責任の一端(というか、かなり大きな責任)は、マスメディアにもあると言えます。
なんと言っても、マスメディアは、民主主義の守護神でなければならないはずです。

そして、信仰もまた、自由と、民主主義を守る、最後の砦と言っても良いでしょう。
この世における諸自由の根源は、信教の自由であり、信仰告白の自由に淵源を持つものですから。
そして何より、人権の根拠とは、即ち人間という存在がなぜ尊いのかという答えは、突き詰めれば、神仏から岐れて来た神仏の子であるから、というところに求めるほかありません。
唯物論からは、人権が尊いという真の理由を見いだすことができません。だから、オン・デマンドのような形で、罪人の臓器を移植のために取り出す、ということを平然とやってのける某共産党大国のような国も出てくるわけです。
ゆえに、信仰は、自由や民主主義と矛盾するものではありません。
「信仰」というと、思考を奪って、いわゆる「洗脳」するもの、と思い込んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなものは邪教であって、本物の宗教ではありません。
「洗脳」という意味では、唯物論の方がよほど強い洗脳力を持っていると言えます。その意味では、「宗教はアヘンである」といったマルクス主義自体が、唯物論という名の“邪教”といっても良いかと思います。
少なくとも幸福の科学では先述の通り、「誰が正しいかではなく、何が正しいか」が大事だということが繰り返し言われており、洗脳型宗教とは一線を画しております。
だから、大川総裁と好みが違っても、粛清されることはありません(笑)。

 


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前回ブログを更新してからあっという間に1ヶ月以上が過ぎまして、自分でもびっくりしております。

統一地方選も終わりました。

わが党の同志の皆さまも、各地で奮闘され、当選した人あり、落選した人あり、悲喜交々とは思いますが、いずれの皆さま、またお支えされた皆さまも本当に大義のために、ご精進されましたことを心から祝福し、また勇気あるお姿をお示しくださったことに感謝を申し上げたいと思います。
努力したこと自体は決して無駄にはなりません。また、無駄にしないように、次につなげていきたいものです。

今日は終日加賀市内でふれあい活動。
いつもいつもお支え下さっている皆さまと、心ふれあう尊い時間を取らせていただきました。

夕方は加賀市加茂交差点にて辻立ち。
幸福実現党は逃げも隠れも致しません。
全員幸福の理想を目指して努力を重ねてまいります。

人類を不幸にするマルクスの共産党宣言を永遠に葬り去ることを使命としております。
我が国が国家社会主義への道をひた走るなか、おそらく唯一の小さな政府・安い税金を標榜している政党です。
このままでは自由が奪われ、貧しさの平等が広がり、衰退への道まっしぐらとなります。
デフレ脱却のためにも減税を。
私たちは自由の創設を目指します。
自由からの繁栄を目指します。

とはいえ決して弱者切り捨てではございません。
ご存知の通り、幸福の科学という宗教法人を母体としておりますので、人一倍、社会的に弱い人を助けたい、救いたい、と願っている活動家が多いのも幸福実現党の特徴でございます。

弱い人、貧しい人を助けることができるのは、強い人、豊かな人なのです。
豊かな人から“搾取”して、貧しい人に分配しても、みんなが貧しくなり、貧しさの平等が広がるだけです。

成功者、豊かな人をたくさん生み出せるような社会を創り出すとともに、そうした成功者、豊かな人から富を召し上げて分配するのではなく、そうした方々が、宗教的な慈悲の精神、利他、愛他の精神を発揮して、福祉的な活動をしていただくような環境を作る方が、とても健全だと思うのです。

とかく成功者、お金持ちは嫉妬されやすいのが世の常ですが、そのような成果を得たということは、それなりの努力や創意工夫をされているはずです。もちろん社会的に是認されないような手段は糾弾されるべきでしょうが、正当に努力して成功した人に対しては、嫉妬ではなく祝福を送るべきなのです。そういう社会風土を、ぜひ作っていきたいものだと願っております。

みんなが成功し、幸福になる、チャンスの平等溢れる社会をこそ目指すべきだと思います。


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民主主義も人間が考え出したシステムである以上、完璧ではありません。
「大勢の人々の“民意”は正しい」という前提で成り立つものでしょうが、「常に正しい」とは限らないのも真理です。
右に揺れ左に揺れ、時に間違った選択をすることもあるけれども、長い目で見たら民意はそんなに間違わない、という、ある意味、”性善説”に立っているとも言えます。
「最善ではないけれども、最悪を防ぐためのシステム」と言われることもあります。

しかし、それでも民主主義を支持すべきである理由の一つは、自分たちの選択が誤りだったとわかったら、あるいはより良い選択肢が現れた場合には、また(選挙を通して)政府を作り変えていくことができる、ということです。
このように、いくらでも政府を作り変えていくことができる、ある意味での永久革命が可能である、ということが、民主主義の最大の利点でありましょう。

しかし、「権利の上に眠るものは保護されない」というのも真理であって、この権利を行使しなければ、すなわち、政治に無関心で、政治参加の自由を行使しようとしない人たちが大勢の場合、既得権益を得ている少数の人たち(必ずしも悪意があって、とは限りませんが)だけが永遠に自分たちに都合のいい政策を実現させようとするわけです。
そうすると、悪くすれば悪徳政治家とそれによって利益を得る人たちにとって都合の良い政治が延々と行われる、そうでなくてもイノベーションが起きづらい、停滞した社会になるでありましょう。

政治になかなか希望が持てなかったり、政治家を信用できなかったり、政治は難しいと思ったり、ということでますます政治不信になったり無関心になったりする人も多いと思いますが、そうすると世の中はますます悪くなっていきます。少なくとも無関心な人々にとっては不利益な政治が行われ続けることになりかねません。

正直に、誠実に、真摯に、正々堂々と正義を貫き、正しいと信ずる政策を訴える、というのも政治家の務めでありましょうけれども、国民の側も、努力して政治に関心を持つようにしたいものです。

(宗教についてもそうですが)政治に対する先入観を一旦取り去って、白紙の目で、政治を見ていただきたいものです。


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