私の意見, 私の政策
12 September

自己責任、そして自助ということ。

映画「幸せのちから」の1シーン。

主よ
どうぞ山を動かさないで
山に登る力をお授け下さい。

-グライド記念教会で、聖歌隊が歌う。

「自由列車のすることは山を登ること。
人は山に立ち向かうもの。
高くそびえる山もあれば、深く暗い山もある。
グライドの者は山を知っている。
歌おう」
という牧師の説教に続いて、上記のゴスペルが歌われる。

十数年前の映画だが、アメリカには信仰と、そして自助努力の精神が残っている。
ホームレスを救うのは政府ではなく、教会だ。

そしてこの教会と、この歌は、信仰心と自助努力は矛盾しないことを示している。

人間には信仰の本能があるのだ。これが、人間と動物とを分ける最たるものだ。
神仏もあの世も否定する唯物論・無神論、そしてそれを土台とした共産主義は決して人類を幸福にしない。ばかりか、不幸を拡大再生産する。

ゆえに、私たちは、
「マルクスの共産党宣言を永遠に葬り去る」
ということを党是として掲げた。

前掲の映画の別のシーンで、主人公の五歳の息子が言う。
「ある日 男が溺れていました。
船が来て“助けようか?”
“いや 神を信じてる”
また別の船が来て
“助けようか?”
“いや 神がお救いくださる”
彼は溺れ 天国へ
“神よ なぜ救わない”
“船を2隻 遣わしたぞ”」

神の御業は、超常現象のように立ち現れてくるばかりでなく多くの場合、“人の手を介して”現れる。
そう、“神の御業”を為すは、私たち自身である。ゆえに、信仰と自助努力は矛盾するものではなく、信仰と自助論こそが未来を拓くのだ。

さらに言えば、キリスト教とイスラム教の激突を超克する新しい宗教思想が世界には必要だ。
その思想が、いま日本で説かれている。
日本発・世界宗教となって、世界の人々を救う。
我々がなすべきは、新しい、正しい進行に基づく「宗教立国」。
かつて聖徳太子がなされた「仏教立国」の進化形とも言える。
その姿を、間もなく皆様も、目の当たりにされることでしょう。

 

11日朝、白山市徳丸交差点にて辻立ちを致しました。
詳しくは動画をご笑覧いただければ幸いです。
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