活動報告, 私の意見
28 February

信仰の本能

早いものでもう2月も終わりですね。
同じようなセリフを、毎年、毎月、言っているような気がします。

誰に取っても1日は24時間、1年は365日。
でもこの使い方によって、人生は全く違ってきますね。
それぞれの人に、それぞれの人生があり、地上に70億人以上の人が生きていますが、全く同じ人生は一つもありません。

地球70億人あまりの、それぞれの個性ある人々が、違いを嘆き、相争い、憎しみ合うことなく、仏性相等しきを喜び、調和して、それぞれの人生を、幸福に生きられますように、と願ってやみません。

さて、「人間には信仰の本能がある」と言われます。
これは、生前、松下幸之助先生が言っておられた言葉のようですが、最初に聞いた時、「なるほど!」と思いました。

考えてみれば、神仏を礼拝している動物はあまり見たことがありません。
猿などはそれに近い行為をすることがあるのかも知れませんが、うちの実家のすぐ裏に神社があります。我が故郷にも近年大量に出没している猿たちが、ここにお参りしている姿を、未だ見たことはございません。
飼っているペットなどは、そのように躾ければ、形ばかりはお参りはするようになるかも知れませんが、本心から神仏を信仰しているかというと、疑わしいと言わざるを得ません。

人間が自分たちを超えた崇高な存在を認め、それに尊崇の念を抱くということは、かなり高度な精神作用なのかも知れません。

有史以来、様々な宗教が生まれ、時に宗教改革などのイノベーションを経ながら、今日まで継承されている事実を見れば、宗教はやはり人間にとって必要なものなのでしょう。
この人類史を振り返れば、宗教は断じて迷信などではないし、ましてやアヘンなどでは絶対にない、と言い切れます。

私たちが繰り返し批判している、唯物論・無神論に基づいた国家では、人の命の大切さの本当の理由はわからないし、それゆえに自国民を粛清したり、他国を侵略したりということに良心の痛みも感じないように思えるのです。

私たちは、今年は、世界最強・最悪・最凶の無神論国家・中国の覇権主義拡張路線を路線変更させる、という大きな目標を掲げております。
「人間には信仰の本能がある」という真実を掲げて、まずは言論戦・思想戦を挑んで参ります。