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23 October

恩師

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こんにちは!

今日は、同郷(白山市旧鳥越村)の先輩でもある、高校時代の柔道の恩師にお会いしてきた。
衆院選後、ようやくご挨拶に伺うことができた。
「後期高齢者になった」と謙遜されるが、矍鑠とされている。
高校を定年退職後、今年の3月まで、某専門学校の校長をされていた方だ。
「(生徒を、柔道で)投げて、絞めていただけだが、『お世話になった』と教え子に言われる。教えて頂いたのはこちらの方だ」としみじみ語られた。
今月28日に、長年教鞭をとられた地元の高校で講演をされるそうだ。
「伝説の熱血教師」であられる。

私の高校の諸先輩の武勇伝などを、楽しく聞かせていただいた。
某先輩についてのお話。
一浪して高校に入ったものの、途中で東京のラーメン屋に就職し、先生が説得して連れ戻して来られたとのこと。
しかし、医学部の教授である父上に反発して、家に帰りたくないとのことで、先生が家に匿った(?)とのこと。
その後1ヶ月ほどして復学し、卒業も危なかったが、先生の強力な後押しで何とか卒業し、それからプロスキーヤーを目指して長野で過ごし、3年後に一念発起して「北大を受験するので政経の教科書を送ってほしい」と連絡があった。
3年のブランクにもかかわらず無事合格、卒業後は国際ビジネスマンになったが、40代後半で東洋医学に興味を持ち、某大医学部に入りなおし、東洋医学の医師になられた(医学部で教鞭をとっておられる?)とのこと(メモを取らずに聴いていたので、記憶が不確かです)。

う〜ん。波乱万丈の生涯だ。
なかなかできることではない。
しかし、こんな生き方もすばらしい!
決して現在の地位に安住しない。
いつからでも、どこからでも挑戦していく、すばらしいチャレンジングな人生ではないか!

しかし、先生から見たら、私もなかなか波乱万丈に見えるらしい。
確かに、教員を目指していたのが、いつの間にか新興宗教の職員になって、今度は国政選に出た教え子は、やはり、平凡な生き方をしているようには見えないだろうなあ。

今はご自宅で悠々自適の生活を送っておられるが、時々訪ねてくる教え子たちとお話しをするのがとても楽しみなご様子。
先生、いつまでもお元気でお過ごし下さい。そして、また時々訪ねて参りますので、楽しいお話を聞かせてください。

(写真は、大日川から臨む白山。奥にかすんでいるので、写メでははっきり見えませんね)