Posts Tagged ‘良識’

こんにちは。みやもとさとしです。

小沢軍団600人による朝貢外交、副主席が天皇陛下と特例会見、日米同盟が切られそうな状況、加えて社会主義的な経済政策によって惹き起こされようとしている構造不況・・・この3ヶ月であっという間に幸福実現党が警告してきたとおりの国難が顕在化してきた。

このままでは、日本は中国の属国になるだろう。

これらの一連の動きについては、私たちの仲間が、いろんなところでいろんな機会に発言しているのだが、多分、ご当人たちは、気がつかないか、無視するか、良かれと思ってやっているか、あるいは意図的に日本を破壊しようとしてやっているか、いずれかだと思われる。

なんとも度し難い。

私たちは、「国難はまだ終わっていない!」と叫んでいるが、国民の側も、そもそも、国難なんていつ始まったの?という人がほとんどかも知れない。

だが、知って欲しい。

私たちは、国難が迫っているから、立党したのであり、国難への警鐘を鳴らすために、無茶を承知で衆院選に打って出たのであり、国難を乗り越えるために、衆院選でただの一つも議席が取れなくてもその後、活動を続けているのである。

全体主義的社会主義国家へとこの国が変貌してゆくなどということは、にわかには信じがたいことではあろう。

しかし、今さら言うまでもないが、民主主義が、社会主義や全体主義、あるいは独裁制へと転落していくのは、それほどむずかしいことではない。

ワイマール憲法下で民主主義的な手続きによってナチスが政権をとったという歴史を例に上げれば十分であろう。

私たちが当然のごとく享受している、自由、そして民主主義というものは、守ろうと決意し、ある時は命を賭けて、守るべく努力をしなければ、守れないのだ。

民主主義を担保するものは、ひとつは、良識ある国民の存在である。

良識ある国民を創る重要な要素のひとつは、教育の力であろう。

しかし、「ゆとり教育」や「高校授業料の無償化」(によって教育の質が下がる可能性があるという意味において)という、愚民化政策によって、衆愚制へと堕していきそうである。

民主主義を成り立たせるためのもう一つの要点は、良質のマスメディアの存在である。

国民に良識があって正しい判断力を持っているとしても、間違った情報しか与えられないとしたら、正しい判断などできるはずがない。

そして今やマスメディアはその機能を果たしているとは言えないことは明らかである。

夏の衆院選で私たちがあれほど警鐘を鳴らしたにもかかわらず、マスコミはほとんど無視した。

報道管制を敷き、公平な報道をせず、民主党への政権交代の流れを止めることはなかった。

こうした亡国マスコミは、万死に値する。

こうして、マスメディアの情報操作によって不幸を選択してしまった日本国民であるが、まだチャンスはある。

もちろん、そのために幸福実現党は戦っているのだ。

私たちは、宗教政党である。

国難の今こそ、それを高らかに言いたい。

良識が失われようとしている時代、宗教こそが、良識の基である。

道徳的規律のもとにあるものは、宗教的真理である。

さらに、宗教は、人間の生命はこの世限りではないと説く。永遠の生命を説く。

命を賭けても、守るべき価値観、真理というものはあるのだ。

唯物論的思考に染まり、この世の生存だけを尊いとする考え方からは、正義、愛、勇気、自由、信仰などの価値を、命を賭けて守るなど、バカバカしいと思うだろう。

しかしそれは、極めて卑怯な考え方ではないか。

(もちろん、私は、決してこの世の生命を軽視してよいと言っているのではない。せっかくこの世に生を受けた以上、その人生を完全燃焼すべきであると考える)

ヒトラーの暴政に、最後まで抵抗し、戦い抜いたのは、キリスト教会だった。

私たちは、国家社会主義の波から国民を守る、防波堤でありたい。

宗教政党だからこそ、それができる。

幸福実現党はまた、宗教に対する差別、偏見、不公平から宗教者を守る盾でもある。

なんども繰り返すが、「政教分離規定」とは、宗教が政治に口を出してはいけないとする規定ではない。

政治が、宗教を弾圧してはならないという規定である。

未だに耳にする、「宗教は政治に口出しするな」という、歴史を知らない、また世界の常識を知らない不毛な議論は、もう終わりにしなければいけない。

宗教が政治的発言ができないとするならば、これは明らかな差別である。

政治参加の自由は、何びとに対しても保障されなければならない。

(人を害したり混乱に陥れたりするような宗教を除けば)特定の宗教を信じているということによって、不当な扱いをされることがないように、幸福実現党は、あらゆる正しい宗教者の盾ともなるであろう。

宗教こそが、人々を、圧政から守る最後の砦である。

さらに言えば、正しい宗教が発展するとき、その国は最高度に発展する。

私たちはそれをこれから実証しようとしている。

この国の未来は、幸福実現党にお任せあれ!


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こんにちは。みやもとさとしです。

「幸福実現党は政策的にはいいことを言っていると思うけど、宗教団体が支持母体だというのは抵抗がある」というご意見も聞きます。

「宗教」というだけで、色眼鏡で見られてしまう状況は、とても残念なことです。

中には、洗脳したり、脅したりする悪い宗教もありますが、信仰を持っておられる方々のほとんどは、いい人たちです。神仏が見ていると思ったら、人は悪いことなんてできないですよ。

一部の悪い宗教のために心正しき信仰者が不当に差別されているような状況は許されないことだと思います。

むしろ、信仰を持つ人々の意見を代表する宗教政党がなかったことの方が問題であると思います。

幸福の科学は、過去、間違った宗教団体に対して、きっちりと指弾してきました。そういう悪い団体と同列に論じられるのは、ハッキリ言って心外です。

宗教を持っている、あるいは信仰心があるというのは、国際的スタンダードです。

宗教にもいいものも悪いものもあれば、いいもののなかにも高さや広がりの差があるし、悪いもののなかにも、少しだけ悪いもの、大変悪いもの、いろいろあるわけで、それは企業やその他の分野でも同様でしょう。

新興宗教だから、というのであれば、仏教も、キリスト教も、最初のスタートは新興宗教だったという事実をどう見るのでしょうか。

その果実を見ていただくしかないのですが、ぜひ、有権者の皆様には、各人の良識に基づいて、「誰が正しいか」ではなく、「何が正しいか」を考え、判断していただきたいものだと思います。

信仰者、あるいは宗教心ある人が、不当に差別して扱われないように、心正しき、心優しき信仰者のためにも、宗教政党・幸福実現党はがんばってまいりたいと思います。


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宗教団体が政党を持っても、憲法の「政教分離原則」には反しません。これは、すでに過去何度も議論が尽くされており、すでに定説となってます。

内閣法制局は「憲法の政教分離の原則とは、信教の自由の保障を実質的なものとするため、国およびその機関が国権の行使の場において宗教に介入し、または関与することを排除する趣旨である。それを超えて、宗教団体が政治的活動を排除する趣旨ではない」と繰り返し答弁しています。

つまり、「政教分離の原則」とは、政治権力が、特定の宗教を弾圧することを防ぎ、信教の自由を守るためのものであり、宗教が政治参加することを妨げる趣旨ではないと考えます。

もし、宗教が政治参加することが認められないとすれば、憲法で保障されている「言論・出版の自由」「結社の自由」が蔑ろにされることになります。

ヨーロッパには、ドイツキリスト教民主同盟など、宗教政党はたくさんあります。

人として、信仰を持っていることは、ごく当たり前、と言うのが国際スタンダードです。

宗教は、良識の代表だからです。

幸福実現党は、「寛容」を重んずる、日本初の本格的宗教政党であり、宗教的寛容の精神の下、「世界平和の実現」を目指します。


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