Posts Tagged ‘宗教政治家’

今日は小松市内での集いの後、加賀市へ移動、加賀市加賀温泉東口交差点にて辻立ちを致しました。
ぐっと涼しくなり、爽やかな風が吹く夕方でした。

いち宗教政治家として拙いながらこの身を晒して声を上げております。
宗教家は「信仰心って大事ですよ」と伝えるのが仕事です
科学的証明はできないけれど神も仏もあの世もあります。
2千年にわたって億の単位の人々が尊崇してきた人類史上の偉人であるお釈迦様やイエス・キリストやムハンマドが、世を惑わす大ウソつきだとはとても思えないのです。
逆に、宗教をアヘンとみなす思想に基づいて作られた国でどれだけ多くの人々が粛清され、弾圧され、今もされ続けていることか。

宗教の復権のときは今。


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「あなたは、宗教家を目指すのか、政治家を目指すのか」と問われたら、躊躇いなく「両方」と答えていたが、これだと、二足の草鞋的にとらわれそうですね。もちろんどちらも片手間でできる仕事ではありません。

いや、目指しているのは、「宗教政治家」という、ある意味で新しい領域です。

時代錯誤的、と笑わば笑え。
日本は古来より「祭政一致」の国なのです。

簡単に言えば、神の御心をわが心として政治を執り行う、というのが我が国の伝統であって、これは世界に誇るべきことです。

なぜなら、隣りの某無神論大国は、「人権」などわが辞書に無きが如き極悪非道な弾圧・粛清・迫害・侵略が日常茶飯事ではないですか。

そしてこれは、民主制と矛盾するものではありません。
神の心、神の願いを理想とする人々が集まって、国家のより良き未来を多数決で選べば、その国が神の理想に近づいて行くのは自明ではないですか。

そして、私たち国民の側も、もうそろそろ、「国家(政府)は我々国民のために何をしてくれるのか」と問うのをやめて、「我々国民が、国家のために、国民の幸福のために、何ができるか」と問うように変わっていこうではありませんか。

「ああしてほしい、こうしてほしい」という精神態度は、宗教的に言えば、「奪う愛」であり、「国家のために、他の人の幸福のために何ができるか」と考え、言葉に出し、行動することは、「与える愛」であります。

「他の人の幸福を願う心が、幸福を呼ぶ」という心の法則に従い、上のことを実践する人は幸福になるのです。

これからの世界は、政治に限らず、科学も医学も経済も芸術その他の学問も、単なる技術論だけではなく、精神性まで踏み込まなくてはならない時代に必ず入っていくと思います。

 

今日は、いつもお世話になってる支援者のYさんと、小松市内をふれあい訪問活動。
夕方は、長田南交差点にて辻立ちをさせていただきました。
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この世界が、「神も仏も信じない」という世界になってよいものであろうか。
「神も仏も信じない。宗教はアヘンだ」という思想に基づいてつくられた国家が、どのようになっているか。
中華人民共和国が、チベットやウイグル、内モンゴル自治区でやっているような弾圧、虐殺、民族浄化。
あるいは、国家全体が、収容所列島とかしているかのような北朝鮮の姿を見たとき、思い半ばにすぎるでありましょう。
それは、この文明が進んだと言われる21世紀に、現実にあり得るのかと目を疑うばかりの惨状が展開しているのであり、まさしくこの世の地獄であり、そういうことをしている人々の行為は、悪魔の所業と言うべきでしょう。
「神を信じない」という思想が行き着くところは、結局、このような結末になることを示しています。

他方、神を信じる人々の間であっても、キリスト教対イスラム教の戦いが過去もあり現在もあり、ユダヤ教とイスラム教も激突し、また、同じ宗教内でも宗派の違いによる対立あり。「宗教があるから、戦争が起きるのだ」という論理は一見正当なようにも見えます。
それは皮相浅薄な見方にすぎないのですが、それを論じることは暫く措くとして、では、地上から宗教が亡くなったら、どのような世界が展開するか。
前述のような地獄図絵が展開しないと誰が保証できましょうか。

人間の本性として、神仏を信じる心は、しぜんに備わっていると言ってよいでしょう。
それが証拠に、 ソビエト連邦崩壊後は、ロシア正教が復活してきましたし、あの共産主義国家中国であっても、キリスト教が広がりを見せています(それを恐れたのか、当局は、信者さんのお布施でまさに建たんとしていた教会を、無惨にも「建築法違反」の廉で破壊したのでした)。

唯物論というのは、たかだかここ200年ばかりに流行った思想であって、決して普遍的な思想ではありません。はっきり言って間違いです。
また、「政教分離」というのも、普遍的な原理でもなんでもありません。
戦後日本は、あまりにも「宗教=悪」という刷り込み=洗脳がなされて来ているようです。

しかし、日本人は、心の奥底では、神仏を信じているのだと思います。
信仰心が底流に流れているが故に、ほとんどの日本人は、初詣に神社仏閣に参拝し、 お盆にお墓参りに行き、神前やキリスト教会、ある人はお寺で、結婚式を挙げます。さらには、クリスチャンでなくても、クリスマスを祝います。お葬式は仏式がメインかと思いますが、神式、キリスト教式もあります(最近は、僧侶などに頼まない葬式の仕方がはやろうとしているようですが、本来、引導を渡す=死後の世界への導きを与えるのが僧侶の仕事であり、それなりの修行を積んだ聖職者にして初めて可能となる極めて専門性の高い仕事なのです)。
神仏、あるいは目に見えない世界から私たちを見ている存在がある、ということを信じる心が底流に流れているからこそ、あの東日本大震災の際も(阪神淡路大震災のときもそうでした)、決して暴動も略奪も起こさず、静かに耐え、復興に努めることができるのだと思います。その姿に、私たちも感動し、世界も賞賛したのでした。

それを、戦後の誤った教育やマスコミなどの洗脳により、裏側に押し込められ、何やらうさんくさいもの、後ろめたいもの、恥ずかしいもの、弱いもののすること、といったような刷り込みがなされて来ました。
信仰ある人々が、それを表立っていうことを恥ずかしいと思うような、そんな操作が功を奏して来たのです。

しかし、人間が本来持っている性質、仏性あるいは神性から生ずる神仏を求める心を誰が止められましょうか?

私たちは、今こそ、「神のものを、カイザルの手から取り戻すとき」と考えます。

地上の人々の幸福を願って止まない存在、神仏が、人類が不幸の闇に沈もうとしているのを、黙って見ているはずがないのです。
神仏は、その代理人を地上に送り込み、その栄光を、地上に実現せんとしておられるのです。
神仏が人々の幸福を願っておられるならば、それは民主主義の理想と相反するものではなく、むしろ一致するものであるはずです。
単なるポピュリズムではなく、利権屋などでもなく、むろん、独裁者などではなく、全人類を幸福にしたいと願う神仏の意を対した政治家(それを哲人政治家と言っても、宗教政治家と言ってもいいと思いますが) の登場が俟たれます。

切実に思うことは、宗教心を失い、魂を共産主義国に売るようなことがあれば、チベットで展開している地獄図絵は、明日の我が身かも知れない、ということです。
神仏の栄光をこの地上に実現すること、すなわちすべての人類が幸福に人生修行を遂げられる、愛の星・地球をつくるために、不肖私も、浅学菲才の身を顧みず「宗教政治家」を目指して、努力精進してまいりたいと願います。

本日(9日)夕方、野々市市新庄2丁目交差点にて、辻立ちを致しました。

野々市市新庄2丁目交差点にて

野々市市新庄2丁目交差点にて

下記をクリックすると、動画をご覧いただけます。

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2014 05 09 野々市市新庄2丁目交差点辻立ち

5/3白山市徳丸交差点での辻立ち動画です。

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