Posts Tagged ‘信仰’

マルクスは、宗教はアヘンだといった。
これほど、偏見に満ちた言葉はない。
そして、これほど、世界に害悪を流した思想はない。
彼の流した思想によって、どれだけ多くの人々が苦しみ、
そして今も苦しんでいることか。

自らを唯物論者だと名告る人は、
自らが唯物論という名の宗教を信じていることを表明しているに過ぎない。

あの世があることを信じず、神も仏も霊も信じない生き方が、
なぜそんなに良いことだと思うのだろうか。
それは、誰も幸福にしない生き方だと、なぜ、気づかないのだろうか。
おそらくは、それを考え出すと言い知れぬ不安な気持ちに陥るから、
考えないでおこうというのが多くの人々の考えではないだろうか。

悲しいことに、現代の、多くの宗教家たちも、
あの世があることを確信をもって言えないでいる。

しかし、宗教心を失ったことから、日本人の堕落が始まったのではないだろうか。
自分を超えたる尊い存在を信じることがなければ、人は謙虚さを失い、傲慢となる。

信仰心なく、あの世の存在を信じることなく、
ただこの世での栄達を求め、この世での生存を求め、
この世での生き易さのみを求める人生など、
獣と変わらない生き方だと思わないだろうか。

そう、人間と動物とを分ける、最大のものの一つが、
信仰心があるかないかということなのだ。
ゆえに、人間には、信仰の本能がある、と言われる。

信仰の尊さを忘れて久しい多くの日本人に、
そして、本来、優れて霊性の高い日本人に、
そのことを想い起こしていただくために、
宗教政党・幸福実現党の存在意義はあるのだと思う。


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世界的に著名な理論物理学者であるスティーブン・ホーキング博士は、英ガーディアン紙のインタビューに応じ、「天国はない、死後の世界は作り話である」と述べた。科学者と信仰者の間隙が改めて露わとなる見解が示されることとなった。

ホーキング博士「天国はない、作り話である」-科学者と信仰者の間隙 – キリスト教インターネット新聞クリスチャントゥデイ

ホーキング博士のかつての偉大な業績には賞賛を惜しまない。
しかしこの発言の裏には、唯物論・無神論を広めようとする悪意さえ感じる。
あえて善意に解釈すれば、研究するうちに唯物論の袋小路に入ってしまったと同情を禁じえない。

かつては「神というアイデアは宇宙に対する科学理解と必ずしも相いれないものではない」としていたが、「もし宇宙人がいたとしたら、白人に滅ぼされたインディアンのようになるから、宇宙人の存在は信じたくない」という発言は、正直な心情としては理解できなくはないが、一流の科学者としての立場からの論理的な発言ではない。
信じたかろうが信じたくなかろうが、存在するものは存在し、存在しないものは存在しない。それを探究するのが、科学的態度だと思うのだが。

「宇宙の創造に神は必要ない」と発言したあたりから、どうも怪しい感じがしていた。

いかに高名な宇宙物理科学者といえども、事実は事実、真実は真実。
釈尊もキリストもムハンマドも、明確に神仏や霊界の存在を説いていた。
それら聖人たちの言説を否定し去るだけの科学的知見をお持ちなのか。
真理を知らないことを無明・無知・迷いという。
如何にこの世的な学問に通暁していようとも無神論・唯物論者よりも、単純に、素朴に神を信じて生きている一般市民のほうが、人間として尊いのだ。

「アインシュタインの再来」とも評されるが、その精神性はまったく違う。
アインシュタインも、そしてニュートンも明確に神を信じていた。

かつてアインシュタインは「自分の研究など、神から流れ出る真理の大河に、スプーン一杯の水を注ぐほどでしかないと痛感した」と述べた。その謙虚さに学ぶべきだろう。

いまさら唯物論・無神論が世界に広がらないことを祈る。


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中国メディアや中国人が報道やネット上のコメントで、震災下の日本人のマナーを絶賛していることを先ごろ本欄で書いたが、他の国にもそれが広がっている。

日本人の「質の高さ」に感動 各国メディア | ザ・リバティweb – The Liberty Web | ニュースの真実がわかる「ザ・リバティ ウェブ」

近江聖人・中江藤樹の逸話に「馬子の正直」と言われるものがあります。

藩主の命を受け聖人を探す旅にあった熊沢蕃山が近江の国の旅館に泊まった時、知り合いになった人が隣の部屋で話し合っている声が聞こえた。
その一人は武士で、主君から預かった数百両の金を届ける途中、馬に乗り、大事な金を落とさぬよう鞍に括り付けておいた。しかし、旅館に着いた時、うっかりそのことを忘れ、金をそのままに、馬を帰してしまった。
やがてそのことに気が付いたが、どうしようもなく、これはもう切腹しかないかと思っていた時、真夜中に旅館の戸口を叩くものがあり、それは何と昼の馬を引いていた馬子だった。
彼は鞍の金を見つけ、それをはるばる夜中に四里の道を歩いて返しに来たのだった。
武士はお礼をしようと四分の一の金を渡そうとするが、馬子は頑として受け取らない。
けんか腰で談判の末、ようやく4里の道を歩いてきたわらじ代として4文だけ受け取ることとなった。
(現代で考えても、例えばタクシーやバスの中に忘れた現金が、そのまま帰ってくるということは稀だろう)
なぜそんなことができるのかと武士が問うと、馬子は、中江藤樹という先生がいて、正直に生きよと教えているのです、と答えた。
こういう話を聞いた熊沢蕃山は、藤樹の許へ行き入門を乞うが断られ、その家の軒先で三日三晩座り込み、藤樹の母のとりなしにより、ようやく入門を許された、という逸話です(詳細異説あり)。

先の阪神大震災の時もそうでしたが、今回の震災に際しても、暴動も略奪も起こさない日本人のとった行動は驚嘆に値するし、日本人が誇りにすべきことだと思います。
「馬子の正直」に象徴されるような日本人の精神性の高さが脈々と世代を超えて受け継がれていると言えましょう。

そして、こうした高い道徳性・精神性の底流には、マスコミや左翼史観の方々は否定したいでしょうけれども、 宗教性が脈々と地下水脈のように流れていると確信いたします。

戦後の教育やマスコミの宗教を貶めるような情報操作によって、あまり表だって宗教や信仰について語れないような風潮がつくられているのに過ぎないのであって、本心では、そうした目に見えない神仏の働きを信じている、もしくは信じたいという人は数多いのではないでしょうか。

そうでなければ、ほとんどすべての日本人が、神社仏閣に初詣に行ったり、お盆に墓参りに帰省するという現象が説明できません。

以前にも言いましたが、日本ではバリバリの唯物論者が、オバケが怖い、ということがあるのです。

今回の震災の復興にあたっては、単に仮設住宅を建てるというような場当たり的な救済措置だけではなく、あるいはお金をばらまいて終わり、というだけでなく、長期的ビジョンを立て、ピンチをチャンスとして今以上の発展を目指すべきだと前のエントリーでも述べましたが、単に物質的な復興だけでなく、精神面でも復興を支援することが大切だと考えます。

かけがえのない家族を失った悲しみは、たとえどんな豪邸を立て直そうとも、大きな心の傷として残るでしょう。

そういう意味で、死は永遠の別れではないということ、あの世があるということ、目に見えない世界(霊界)には、神や仏や天使という存在がいて、迷える人々を救おうとしているという事実を教える宗教は、とても重要な役割を担うことになると思います。


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【ワシントン=古森義久】米国防総省のシンクタンク「国家戦略研究所(INSS)」は15日、公表した中国海軍の作戦についての報告で中国首脳が南シナ海の領有権防衛などに航空母艦が必要だとみなし、すでにその配備を決めているという見解を明らかにした。さらに中国が数隻の空母を保有する見通しを述べ、その場合にはアジア地域での米国や日本への脅威が高まると警告した。

中国、南シナ海で空母必要 すでに配備決定  (1/2ページ) – MSN産経ニュース

15日、習近平副主席が公明党の山口代表と会談して述べたとされる「中国は日本をライバルではなくパートナーとみなしている。中国は覇権を求めない」という言葉は、まったく信用できないことは明らかだ。

このままであれば遅くとも10年以内に、日本のシーレーンは、中国海軍に扼されることになる。

習氏の言う「地球村にいる両国は互いに引っ越すことはできない。」とはその通りだ。「健全かつ安定した両国関係はアジアと世界の繁栄にとって重要だ」と本当にそう考えるならば、日本に向けて配備している中距離弾道弾を外してからそういうべきだろう。

互いに引っ越すことはできないから領土を奪ったりするというのはむちゃくちゃな論理だろう。

そういう国際ルールを無視した理屈を押しつけてきても、「中国を刺激するのはよくない」という考えの下で譲歩を重ねていけば、この国は、やがて中国の隷属下に置かれることになる。

チベットやウイグルのようにわが国がならないとは、誰にも保障できないのだ。

本ブログで繰り返し主張しているように、侵略を抑止するためには、国際社会における正義を実現するという意志に基づく毅然とした外交姿勢を貫くことが必要で、それを担保するためには、十分な防衛力が必要である。ゆえに、日米同盟の強化が不可欠である。

そして、「正義とは何か」を明らかにするものこそ、正しい信仰に基づく宗教的価値観である。その価値観とは、ひとことで言うならば、愛であり、慈悲である。

「世界が今日も平和でありますように

一人の人も殺されることなく

傷つけられることもなく

恐怖にかわって

愛が世界を支配しますように」

心から祈念する。


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昨日は、保守系の団体の皆さまのお手伝いで、金沢市中央公園前にて、街宣活動に参加させていただきました。
侵略的な意図を持つ諸外国の圧力に屈することなく、毅然とした姿勢で尖閣諸島等、日本の領土を守ろうということを訴えさせていただきました。

現政権は、あまりにも問題が多すぎて、あれほど大騒ぎした尖閣事件すら、すでに危機感が薄らいでいるような気がします。
北朝鮮による韓国への砲撃も、それほどの危機感をもって捉えられていないのではないでしょうか?

メディアの責任の大きさはいうまでもありませんが、国民一人ひとりの自覚が大切だと思います。

日本はいま、平和な時ではありません。有事と考え、備えをすべきです。
「備えあれば憂いなし」。何事も起こらなければ、それは大慶です。

「平和の代償」と言いますが、ある意味、戦後の平和の代償として、言葉はきついですが、日本人には「平和呆け」がもたらされた、とも言えましょう。
また、平和と自由、あるいは民主主義を守り抜くためには、やはり代償が必要です。
漫然と、水や空気と同じように自然と与えられているもの、と考えていては、もはやそれらは維持できません。
世界の各国が、これらを確保し、守りぬくために、どれほどの努力、代償を払っていることか。

そろそろ、「憲法九条」を守ってさえいれば、日本は侵略されることもなく、平和を維持できるという幻想から目覚めなければなりません。
このままの状態が継続すれば、おそらく尖閣諸島周辺は、中国に実効支配されてしまうでしょう。
いくらクリントン国務長官が、尖閣諸島は日米安保の適用範囲内であると言っても、日本の側が守り抜く気概なくしてアメリカに丸投げしていては、守ってくれるはずもありません。
普天間基地移設問題で、首相がリーダーシップを発揮できない状態が続けば、日米同盟に亀裂が生じかねません。

日本は、いま、国防の危機の真っただ中にあるということは、いくら繰り返し訴えても十分とは言えません。

平和は、宗教家として単に祈っているだけでは実現できません。
「神の祝福と助けを求めはするが、しかし、この地上では、神の御業とはすなわち、自ら自身の働きであることをわきまえつつ」とJ.F.ケネディも語っていた通り、具体的な行動、アクションを必要とします。
“Asking His blessing and His help, but knowing that here on earth God’s work must truly be our own.”(President John F. Kennedy’s Inaugural Address)

日本と、世界の平和を希求するがゆえに、行動しなければなりません。

金沢は、私が学生時代、青年時代を過ごした懐かしい街です。
久しぶりに中央公園を歩きました。
秋、というより既に初冬でしょうが、まだ紅葉が残っていました。

「北の都に 秋たけて
われらはたちの 夢数う
男女の棲む国に
二八に帰るすべもなし・・・」

「四高寮歌」の一節が、想い出されました。
思えば、幸福な青春時代を送らせていただいたものだなあと、感謝の思いも湧いてきました。

後れてくる青年たちにも、幸福な青春時代を、そして輝ける希望の未来を生き抜いていただきたいものだと思います。

そのためにも、この国の平和と自由、そして民主主義というものは、守り抜いていかなければならないと思います。

私たちは、確信しています。
日本こそが、これからの地球時代における希望の国であることを。
リーダー国家としての使命を果たすべき国であることを。
そのための、国家のバックボーンとして、どうしても、神仏に対する尊崇の念というものが必要であるということを。
信仰なき国家は、禽獣の国と変わらない、ということを申し述べておきたいと思います。

中央公園内にある、旧金沢第四高等学校の校舎

中央公園内にある、旧金沢第四高等学校の校舎

中央公園香林坊側の入り口

中央公園香林坊側の入り口

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明日からいよいよ、参院選の公示です。
幸福実現党は、昨年の衆院選に続き、再び、国政選にチャレンジします。
今回、都道府県選挙区からは19名、全国比例区は5名、立候補を予定している。

相変わらず、マスメディアは政党要件を満たしていないことを言い訳に、公平に扱ってくれないようですが、同じく政党要件を満たしていないはずの日本創新党はなぜか政党として扱ってます。

おそらくは、宗教政党であるということで、一定のバイアスがかかっていると思われます。

宗教政党であるということ、あるいは、私たちがはっきりと、信仰心をもっているということが、それほど奇異に見えますか?

人間と動物とを分ける、最大のものは、信仰心のあるなしだと思います。

宗教を信じていること、あるいは、信仰心があるということを、堂々と言う人が変わって見える社会というのは、どこかが病んでいる社会であると言わざるを得ないのではないでしょうか。

いったい、唯物論・無神論が、どれだけ人々に幸福をもたらすというのでしょうか。

神仏を否定し、あの世を否定するということは、この世の生存のみを、最高のものとするものであり、そのような考え方からは、世のため人のために命を投げ出す人が存在するということが信じられないでしょうし、結局、自分の命がいちばん大事、という考え方になってしまいます。

もちろん、命を大切にすることに異存はありません。
神仏から頂いた命を大切にし、完全燃焼させてこそ、この世に生まれてきた甲斐があるというものです。
ただそれは、単にこの世に生きる時間の長さのみで測られるものではありません。

左翼的な思想、左翼的な教育においては、他の人のために、あるいは目に見えない価値―愛とか、正義とか―のために一命を投げ出す生き方がすべて否定されていきます。

聖なるもの、偉大なるもの、英雄的な生き方が、否定されていきます。
「聖徳太子」を、わざわざ「厩戸の皇子」と書きかえるようなことがなされます。

間違った解釈による「政教分離」などという、水平的な技術論に惑わされてはいけないと思います。

最も大切なことは、諸々の自由は、「信教の自由」から始まったということです。
「信教の自由」という内面の自由は、外に対して表明して初めて、意味をなすものです。
そこで、「信仰告白の自由」というものが認められるようになった。
その「信仰告白の自由」がもととなって、
「言論、表現、出版の自由」といった諸自由が確立されていきました。

すべての自由のもとは、「信教の自由」にある、ということを、言っておきたいと思います。

さらに、宗教は、唯物論・無神論はもとより、ナチズム、全体主義から人々を護る砦でありました。
そしてこれからも、全体主義、国家社会主義に対する砦、防波堤になるだろうということも言っておきたいと思います。

「信仰心を肯定する民主主義は、良い民主主義であり、信仰心を否定する民主主義は悪い民主主義である」ということを、明言しておきたいと思います。


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今日は、すばらしいさわやかな青空の一日でした。

午前中は、白山麓(旧鳥越村、旧白峰村)へ、挨拶回り。

午後は、街宣車に乗って、小松市内を街宣させていただきました。

今日も、各所で、地域の皆さまの暖かいお心に触れ、感激の一日でした。

心の温かい、すばらしい方々が、石川の地にはたくさんいらっしゃる。

とても誇らしいことだと思います。

日本は、特に戦後、物質的豊かさのみ追求し、心の豊かさという面を軽視してきたように思います。

これは、宗教および宗教教育がなされなくなったことと無縁ではないと思います。

しかし、石川県は、深い浄土真宗の信仰がベースにあり、そのため内面の豊かさを尊重する心が、脈々と受け継がれ、流れているように思います。

心が温かい、ということは、精神的に豊かであるということの一面であると思います。

こせこせ、ぎすぎすした世知辛い世相のなかにあって、心が温かい人が多いということは、本当にこの郷土の誇りであると思います。

郷土の人々が、浅薄な、刹那的な世相に染まることがないように、ピュアで、温かな心をいつまでも、持ち続けていただきたいものだと思います。

物心両面における、繁栄を実現することが、これからの政治の使命でもあるのではないでしょうか。

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白山市(旧白峰村)桑島にて。

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小松市ジャスコ前にて、演説風景。

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小松市~能美市を街宣中

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天狗橋詰めの桜並木の桜。満開間近か。


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きょうは、何かとエネルギーを費やし、疲れた一日でした。

夕方立ち寄った、幸福の科学金沢北支部にて、

青年の方々が、集いをやっていました。

若者たちは、その姿を見ているだけで、元気になる。

私も若い気でおりましたが、エネルギーをいただき、さらに若返った気がいたします。

物質的な豊かさだけでなく、精神性を求めている(すなわち、宗教心のある)若者がいるということは、日本の希望でもあると思うのです。

信仰なき人間は、人間とはみなされない、それが、(共産主義国家を除く)世界標準だと思うからです。

この国は、戦後、宗教を排除するような教育の下で、かつてエコノミック・アニマルと称されたように、国際社会から、本当の意味での信頼を得られていなかったと思います。

今後、宗教心、信仰心ある若者が育ち、活躍することができる土台を作りたい。それによって、物心両面において繁栄する国を創ることができると確信いたします。

信仰を背骨として、真実繁栄する国家、世界からも尊敬され、世界のモデルとなり、世界をリードする国となることを目指してまいりたいと思います。

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