Posts Tagged ‘人権’

幸福実現党は、宗教政党です。しかも、いわゆる「新興宗教」を支持母体として。
この一事を持って、わが国では大変なハンディキャップを背負って戦わなくてはなりません。
(この日本は確か唯物論国家ではないはずなのですが。また、どんな世界的な大宗教であっても、はじめは新興宗教であったはずですが)
しかしそれでもなお、宗教政党である、ということを背負って戦う意義、大義はどこにあるのでしょうか。
それについて考えてみたいと思います。

いわゆる「政教分離」の根っこには、宗教イコール悪、と見る見方があるように思えます。
日本的常識の中では、「政教分離」が普遍の真理であるかのようにも見えますが、日本、いや、世界の歴史を眺めてみても、決して普遍的な真理でもなんでもないことが分かります。
古来、日本においては、祭政一致であったし、イスラム教国は言うも更なり。アメリカ合衆国も、大統領が聖書に手をおいて宣誓することからも明らかな通り、実質的にはキリスト教国、もっと言えば指導者層は、WASPとも呼ばれる、プロテスタントが主流であります。さらに深いところでは、ユダヤ教の影響も強く流れています。キリスト・ユダヤ合体文明と見ることができます。

厳密な意味で、政教分離を実践しようと思ったら、それは唯物論国家になるしかありません。
しかし唯物論国家の実態が悲惨であることは、ここ100年ほどの文明実験で明らかです。

本稿は、宗教イコール悪と見做す唯物論的常識に対する宗教からの反論です。

唯物論者は、宗教はアヘンである、と言います。
しかし、宗教の側から言えば、宗教は人々を救済し、悟りに到らしめ、幸福に導くものであります。

唯物論者は言います。あの世に行って帰って来たという人などいないではないか。存在もしない神や仏やあの世などがさも存在するようにいい、人々を惑わし、地獄に堕ちるなどと脅して布施をさせて金品を巻き上げるのが宗教の常套手段だと。
信仰者は反論します。神が存在しないなどと証明できた人はひとりもいない。なぜあなたはここに存在するのか。万物が存在するのは、第一原因者たる神(創造主)が存在するからである。また、ごく限られた、特殊な能力を持つものに限られるにしても、霊界探訪をしたという人は存在する(例。スウェーデンボルグ、出口王仁三郎など)し、近年では、臨死体験などを体験する人も少なからずいる。彼らが見て来た世界は、ほぼ、一致する。これを幻覚や脳の作用とは必ずしも言い切れない、と。

また、唯物論者は言います。宗教があるから戦争や紛争が起きるのだ、と。
宗教者は言います。自動車があるから交通事故が起きるのだという論理に似て、では自動車をなくせばすべてが良くなるかと言うと、たちまち現代文明は成り立たなくなる。
宗教を否定した唯物論国家においては「人権」など壊れた機械のように踏みにじられ、前述のようにさらに悲惨な状況になる(未だに“楽園”などと信じている洗脳されている人もごく少数だがいないことはないが)。
「宗教があるから」ではなく、「教派の違いを理解できない人間の認識力の不足」つまり人間の側の未熟さ故に争いが起きるのだ、と。

他にもいろいろな論点があります。この論争は延々と続いて行くであろうものでもありますが、また稿を改めて論じて行きたいと思います。


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しばしば論じてきたテーマではありますが、改めて問うてみたいと思います。

「政教分離」、これはある意味で、世界の「常識」になっている感があります。
けれど、本当にそうだろうか?と思うのです。

日本をとってみれば、古代は、「祭政一致」でした。
時代が下って、天皇がご親政をされる時代もあり、 貴族や武士が政権を担う時代もありましたが、天皇は、日本神道の神官の長として、政(まつりごと)と不即不離の存在でした。
また、奈良朝は、世界最高峰ともいえる仏教文化が花開き、堂々の「仏教立国」でありました。
平安朝は、仏教・神道・儒教・陰陽道など、様々な宗教が、百花繚乱の賑わいを見せ、桓武帝に始まる「千年王国」をかたちづくってみせました。
頼朝による武家政権樹立後も、鎌倉仏教が栄え、特に禅宗は、武士階級に深く浸透していきました。日蓮聖人は「立正安国論」を唱え、 国防の危機を予言しました。
足利時代、義満は金閣寺を建て、戦国の世には「百姓の持ちたる国」のように、一向宗による一種の共和政体というべきものも出現しました。

ざっと見ただけでも、日本は、神道のみならず、仏教・儒教・修験道・陰陽道・道教、さらにはキリスト教など、多種多様な宗教を受け入れ、共存して来た歴史があります。そして、それぞれが、大なり小なり、政治とはまったく無関係ではあり得なかった。
明治維新は、国家神道が中心になったかのような流れがありますが、教派神道、仏教各宗派、それぞれがそれなりの隆盛を競って来たといえるでしょう。

「政教分離」といわれて、宗教が政治に関わってはいけないかのような誤解、もしくは誤った「常識」が「常識」となったのは、先の戦争後のわずか70年ほどのことであると言ってよいでしょう。

アメリカにおいては、よく言われることですが、大統領となった人は、大統領就任式において、聖書に手を置いて宣誓をします。
アメリカの憲法に置いても、「政教分離」の規定はあるのですが、その趣旨は結局、国教を定めて、それ以外の(少数派の)宗教が迫害されたり弾圧されたり、不利益を被ることがないようにする、すなわち、国家権力の側を規制するものであると見てよいでしょう。

イスラム教国においては言わずもがな、ほぼ完璧に、祭政一致です。
(ただし、イスラム圏においては、人権抑圧的な面が強く、改革が必要 とは思いますが)

完全に政治から宗教を排除するとすれば、唯物論・無神論の立場に立つ他はなく、その例が、旧ソ連邦であり、中華人民共和国であり、朝鮮民主主義人民共和国であり、ということになります。
今やソビエト連邦は崩壊し、そのあとを継いだロシアでは、ロシア正教が復活しております。
中国や北朝鮮の、弾圧・迫害・粛清といった人を人とも思わぬ所業は、 神をも恐れぬそれであり、無神論の最大にして最悪の欠陥を端的に示しております。

「宗教は、悪いものだ」という偏見、先入観。
悪い宗教も確かにあります。宗教というよりテロ集団といってよいものもありました。その団体は名を変え、まだ余喘を保っています。
そして、私たちはその犯罪性を告発した側であるにも関わらず、いまだに一緒にされることもあります。

世の中には、よい企業もあれば、悪い企業もあります。私たちは、人間は神の子・仏の子と考えていますが、そうであっても、その本来の性質が開花しなければ、悪いことをする人もいるのが現実です。さりとて、人はすべて悪人だ、ということもないでしょう。

「宗教だからすべて悪」と見なすのは、偏見以外の何者でもないでしょう。
こういうと、「いや、伝統宗教は信用できるが、新興宗教は信用ならない」という人がいます。
けれど、仏教もキリスト教も、釈尊やイエスが法を説き始めた頃はすべて、新興宗教だったのです。
親鸞上人の浄土真宗しかり、日蓮聖人の日蓮宗しかり、道元禅師の曹洞宗しかり。

まあ、「新興宗教だから」といって叩かれるのは、麦踏みのようなものかも知れません。踏まれて強くなって大きくなっていく。
そういう意味では、批判してくださる人々には感謝しなければならないかも知れませんね。

思いつくままにまとまりなく書いてしまいましたが、今までごく当然に、「常識」と思っていたことが、「本当はそうではないのではないか」と問題提起してみたいのです。

今回は「政教分離」を取り上げてみましたが、宗教は実は、自由や人権、民主主義を守る、最後の防波堤の役目を果たしているのだ、と言ったらどうでしょうか?
今の日本人のほとんどが考えている「常識」とはかなり違っているとお感じになることと思います。

こうしたことをしばしば取り上げて、いわゆるカッコ付きの「常識」を逆転させることを試みたいと思います。
今あるものをひっくり返す、そういう意味で、私は「革命家」でありたい、と志しております。

アップロードが遅れてしまいましたが、7日、私にとって本年初となります辻立ちを、白山市徳丸交差点にてさせていただきました。
寒い日でしたが、さわやかな青空が広がる 清々しい日でした。
私はこんな冬の日が好きです(寒いのはちょっと苦手ですが)。

美しい夕日。

美しい夕日。

白山市徳丸交差点にて

白山市徳丸交差点にて

下記をクリックすると、7日の辻立ちの動画をご覧いただけます。

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8月になりました。
お盆が近づいてまいりました。
私は、この日本の「お墓参り」という習慣は、とてもすばらしいものだと思っています。
それは、ご先祖にお参りをし、供養をするということですけれども、私たち日本人の心の中に、こうしたご先祖を敬う心、ご先祖を供養する心、こうした心が、しっかりと根付いております。
目に見えない、神仏を敬う心、ご先祖に感謝する心があるということ、
これは、目に見えない世界から、私たちを見つめている存在があるということを、心のどこかで信じているということではないでしょうか。
そして、そういう思いがあるからこそ、「神様仏様が見ている」「ご先祖様が見ている」と思えばこそ、誰もいないところでも、悪いことをしない、という抑止力が働くのではないでしょうか。

唯物論国家と言われる国では、基本的に、神仏を認めません。あの世を認めません。
この考え方を突き詰めていくと、結局、「自分さえよければいい」「今さえよければいい」という考えに行き着くのではないでしょうか。
しかしながら、私たち日本人は、神仏を信じ、ご先祖様を信じる心があり、目に見えない世界から、この世界を見ている目があることを、何となくであっても、信じているのだと思います。
だから、あのような大震災のような災害があっても、暴動や略奪を起こすことなく、お互いに労り合い、助け合うことができたのだと思います。
これは、日本が世界に誇るべき、すばらしい精神性だと思います。

また、お盆は、家族や親戚が一堂に会する機会でもあります。
お墓参りを機縁として、遠くに住んでいる家族や親戚たちが集い、旧交を温め合い、絆を強める機会でもあります。
こうした、家族の絆を深めていくことが、これから、世界最速で進んでいると言われる、少子高齢化社会にあって、家族の絆を強め、助け合っていく姿は、社会保障の一つの理想の姿ではないかと思います。

さて、8月15日は、お盆でもありますが、終戦記念日でもあります。
私たちの祖先、300万人とも言われる英霊が、先の大戦で、尊い犠牲となられました。
その尊い犠牲によって、今日の、日本、そしてアジアの繁栄の礎が築かれたとも言えます。

しかし、戦後70年近く、「自虐史観」と言われる毒水が流され続けてきました。
戦前・戦中の日本は、全体主義国家であり、侵略国家であるという歴史認識は事実でありません。
先の大東亜戦争は、マッカーサーも戦後認めた通り、自衛のための戦いであり、また、アジア諸国を、欧米列強の植民地支配から解放するための戦いでした。
わが国は、今一歩力及ばず、首都・東京の大空襲を敢行し、広島・長崎と2発もの原爆を落としたアメリカ合衆国に敗れたのです。

しかしながら、敗れはしたものの、わが国は、立派に復興し、戦前以上の繁栄を実現しました。
また、アジアのみならず、アフリカも、欧米列強の植民地支配から独立を果たすことができました。
当時、世界では、白人優位説が主流でした。有色人種は、白人より劣るので、植民地支配は仕方がないと思われていたのです。
しかし、日本は、アジア各地で勇敢に戦い、アメリカ以外には、負けておりません。
その、世界最強国のアメリカとも、4年に及ぶ、死活の闘争を演じたのです。
この事実が、アジア・アフリカ諸国に、どれだけの勇気と希望を与えたか、計り知れません。
このことに、私たち日本人は、もっと自信と誇りを持つべきであろうと思います。

南京大虐殺や、従軍慰安婦の強制連行などという、捏造に基づく批判や非難は一蹴し、私たち日本人に深く根付いてしまったいわれなき罪悪感や自虐史観を一掃しなければなりません。
当時の日本軍は、世界一と言ってもいい、軍律厳しく、礼儀正しい軍隊でした。武士道精神はしっかりと生きていました。世界から尊敬されるような軍隊でした。

日本を、侵略国家、全体主義国家にしなければ、日本と戦った連合国は、戦争の大義が立たなかった。
ゆえに、そのような自虐史観を押し付け、罪悪感を刷り込み続けてきたのです。
私たちは、改めて、この日本の、誇りを取り戻さなければならないと思います。
私たちの祖先は、そのような悪人ではありませんでした。
わが国を守るために、そして、アジア諸国を解放するために、まさしく命をかけて、勇敢に戦ったのです。

なぜ、日本だけが、誤った歴史認識によって、謝罪させられ続けなければならないのでしょうか。
こんなことをいつまでも続けていても、日本はもとより、世界のためにも、決してよいことはありません。

世界は今、第2の冷戦、新たな冷戦のまっただ中にあります。
アメリカ合衆国と中華人民共和国という2大強国の覇権争いであります。
この狭間にあって、日本は、いったいどちらの側につくのか、大きな選択を迫られています。

アメリカがすべて正しいとは思いませんが、少なくとも神の目から見た正義は、唯物論、共産主義、全体主義にはなく、
神によって創られた神の子としての人権、自由、民主主義を重んじる側にあります。
私は、わが国が、共産党一党独裁の全体主義国家の支配下に入るのではなく、
自由と民主主義の防波堤となるべきであると考えます。
さらには、自由と民主主義の旗手として、守護神として、世界の平和と繁栄に貢献すべきであると考えます。

このことを闡明するためにも、安倍総理は、300万英霊とその遺族に由々しき罪悪感を押し付け、国民にいわれなき自虐史観を強要しつづけた、「河野談話」「村山談話」を遡って無効であると宣言するとともに、
終戦記念日には、躊躇なく靖国神社に参拝され、英霊に心からの感謝と哀悼の念を捧げるべきでしょう。
さらには、憲法9条の改正を急ぎ、国防軍を創設することに全力を尽くすことを強く希望します。

わが国の誇りを、取り戻しましょう。

野々市市新庄にて

野々市市新庄にて


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