28
December
国民のプライド、国家の気概。
安い税金で自由である反面、自助努力や自己責任が伴う「小さな政府」がよいのか、税金は高くても政府に手厚く面倒を見てもらえる「大きな政府」がよいのか。
「自分でできることは自分でやる。政府は余計なことをするな」と言えるのは国民のプライドです。
「大きな政府」は、重い税金のみならず、国家による監視、管理、細かな規制、という面が伴います。
私たちの選択は、自由を求める「小さな政府」がよいか、重税で、かつ管理されても面倒見てもらえる「大きな政府」がよいか、の選択です。
私は、人間性の解放、魂の向上という観点から見て、「小さな政府」がよいと思います。
また、真なる繁栄という観点からも、自由の領域を最大化することが大切で、そのためにも「小さな政府」がよいと思います。
補助や保護の見返りには「規制」が伴います。あれこれと「箸の上げ下ろし」にまで政府が口を出すことになります。そうしないと、ある人とある人との間に「差」が生まれてくるからです。
アメリカのトランプ大統領は、「規制というのは、隠れた税金なのだ」としばしば語っている(スティーブン・ムーア、アーサー・ラッファー『トランポノミクス』)そうです。
さらに、世界に目を転じれば、「国家社会主義」「全体主義」がよいか、「自由」「民主」「信仰」の世界が良いか、その分岐点でもあります。
前者を代表するのが、中華人民共和国であります。最大の唯物論国家の覇権下に入ることをよしとするのか、「自由・民主・信仰」を選ぶのか。
人類の未来を懸けた戦いであります。
まもなく2020年。
この10年は、ある面で、艱難辛苦、危機の時代でもありましょうが、個人も国家も、火を通し、槌で打たれ、水を通し、鍛え抜かれる刀剣のように、しなやかで、力強く、成長していきたいものだと思います。