Posts Tagged ‘霊言’

どこも報道しませんが、幸福の科学大学は、文科大臣の”政治判断”により認可されず、異議申し立てをしております。「異議申し立て」は本来、できないことになっているにもかかわらず、受理された。受理できないものを受理しちゃった側は、これからどうするの?
とにかく、過ちを認めてさっさと認可しなさいよ!と言いたくなります。
幸福の科学大学の設立を心待ちにしている子どもたちのことを思うと胸が締め付けられます。
また、大学設置審議会に関する様々な霊言を拝聴するにつけ、腐った教育界・政界に対して、強い憤りを感じる人も多いのではないかと思います。
私もその一人です。
世の人々の幸福のために、また未来を担う子供たちの笑顔のために、この不正を弾劾し、教育界も政界も浄化せずにはいられないという強い決意が湧いてきます。

今回の大学不認可の最大の論点は何かと言えば、手続きの関する行政の瑕疵(法的な欠陥・欠点)があったということもさることながら、これは、宗教の正統性に関わる問題です。
つまり、「霊言」という宗教的な行為を、国家が正統であるか否かを判定する、というとんでもない過ちを犯してしまったことにあります。
これは、憲法上保障されている「信教の自由」を侵害する、というこの世的な論理においても不正であるというに止まらず、もっと根本に遡れば、人間が造った国家という機関において、神ならぬ身の人間が、神の言葉が正統か否かを判定するという傲岸不遜極まりないことをやらかしてしまったのです。
これは、極悪人・バラバではなく、救世主・イエス・キリストを十字架に掛けたユダヤの民となんら変わることはありません。
たとえ、「バラバを許せ!」と叫んだ人々が、ユダヤ人の中の一握りの人々に過ぎなかったとしても、結果は全ユダヤ民族が2千年近く流浪の民となることになってしまったのです。
救世主を屠る、ということの縁起の凄まじさを私たちは知らなければなりません。
こんなことを、大した罪の意識も無く平然とやってしまうということは、戦後70年、「唯物論教」「無神論教」という邪教を信じ、広めてきたツケというほかありません。

宗教政党・幸福実現党が立党された本旨は、こうした「唯物論教」「無神論教」という邪教に支配されつつある我が国において、起死回生の逆転打を打つためと言って過言ではありません。
そして、この「唯物論教」「無神論教」は、神もあの世もないという世界観ですから、この世における生存を至上のものと考えます。それゆえに、この世での結果平等を希求する社会主義、共産主義と大変親和性が高いのです。「高福祉国家」も、この世での生存を至上とし、必然的に重税国家となることでは国家社会主義と変わりません。

では、日本で保守を名乗る政党や政治家は、マトモなのか。
残念ながら、ほとんどは、「唯物論教」「無神論教」に毒されています。
自民党すら、その本当の中身は、党名である「自由」と「民主」を旗印とする政党とはとても言えず、社会保障重視の重税国家・福祉国家を目指しております。
彼らは自分たちを保守と思っており、決して社会主義を目指しているなどとは思っていないでしょうが、それゆえに自らは決してそうは言いはしませんが、進まんとしている方向は、国家社会主義であるとみて間違いないでしょう。
これは、日本人が信仰心を失ったことと無関係ではありません。

そもそも2009年に私たちが幸福実現党を立党したのは、民主党に政権交代がなされたら、日本がとんでもない国難に見舞われると見たからだけではなく、自民党もすでにその歴史的使命を終えていると見たからです。
長らく政権与党であった自民党のやり方は、戦後の復興期にこそ効果があったかもしれませんが、その基本姿勢は、バラ撒いて利益誘導をし、その見返りに票を入れてもらう、というものであり、そのバラまく原資は当然、彼らのポケットマネーなどではなく、血税なのです。
なんのことはない、国民は自らが納めた税金をバラ撒いてもらって喜んで(不承不承かもしれませんが)票を入れ続けてきたのです。自分のお金で買収されているようなものです。
しかるに、いかなるヒーリングパワーを授かってか、延命治療によって余喘を保っているような状態です。

外交・安全保障、経済政策等、幸福実現党が国政に議席がないことをよいことに、政策はパクられ放題ですが、しかし、根本的に真似ができないことがあります。
それは、わが党が、真正なる宗教政党である、ということです。
もはや、政治活動における”方便の時代”は終わりました。
幸福実現党は、地球神・エル・カンターレへの信仰に基づく宗教政党であり、日本が真の意味で神の国として、世界のリーダーとなって世界を救っていくという高貴なる義務と使命を背負った尊い国であることを、高らかに訴えてまいりたいと思います。

そして、政治を、教育を、邪悪なる人々の手から取り戻し、浄化していきたいと強く願うものです。


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「霊言」をいかがわしいもの、そんなものを学問として学ぶなどということは、トンデモないもの、などと考えている方々もまだ多いと思います。
考えてみれば、僅か数百年前の「科学」に対する態度は、まさしくいま、宗教が置かれている立場そのものだったのではないでしょうか?
現代の視点で考えれば信じがたいことですが、わずか400年前のガリレオ裁判で、当時、この世の最大の権威であったローマ教皇庁は、「地動説」を否定したのですから。

人間は、自分が理解不能なものは認めたがらない傾向があるようですが、理解できないから「ない」とか「偽物」とか「インチキだ」とか決めつけるのは、極めて非論理的・非科学的な態度だと思いませんか?
霊が来たりて、語る、ということは、「恐山のイタコ」や沖縄の「ユタ」を見ればわかる通り、昔からあったことです。
それらの霊の言葉を語ったイタコやユタたちは普遍的な思想を語ったわけではありませんが、大本教の出口ナオさんとか天理教の中山みきさんとかも、神が乗り移って語ったり、書いたりしたものが教えとして伝えられ、広がったものです。

さらに遡れば、イエス・キリストは、天なる父の声を聞き、悪魔とも激しくディベートをしました。
釈尊もしかり、「神々との対話」「悪魔との対話」が仏典として遺っている通り、霊的存在と対話をし、教えを説かれた方です。
ムハンマドは、最初アッラーの声を聞き[のちにジブリール(ガブリエル)からの通信と修正]、コーランに遺しました。

神から悪魔まで、この世ならざる霊的存在の言葉をすべて「霊言」と言います。
さらに言えば、古来より日本においては、卑弥呼に代表されるように、神の声を聴いて政(まつりごと)を執り行っておりました。
「祭政一致」が、わが国における正統な政治のあり方でありました。
「民主主義が絶対に正しい」という現代の「常識」に染まっている人々にとっては理解不能かもしれませんが。

神ならぬ、それゆえに完璧ではない、人々が集まって多数決で決めたことが常に正しいとは限らない、ということは虚心坦懐に知っておいたほうが良いのではないでしょうか。
何しろ私たち日本国民は、5年前の総選挙で、多数決で間違った政党を選択してしまった”前科”があるのですから。

いま、「神の声」が地に臨んでいる奇跡の時代です。
あまりの驚天動地の奇跡ゆえに、そう簡単に受け入れられない人が大半とは思いますが、謙虚に耳を傾けようとする態度が大切だと思います。
私は、民主主義を否定するものではありませんが、神なき時代の民主主義はポピュリズムに陥り、衆愚制への道であることは自戒したいと思います。

私たちが持つべき根本的な「神観」は、「我以外に神なし」という偏狭な神ではなく、多くの神々(聖霊)もまた存在し、地球の中で至高なる存在が、それらの神々を統べておられる。またその至高なる神とは裁き罰する神ではなく、人々を幸福にしたくてしょうがない愛の神であるということです。

「霊言」を通して知ることは、神格を持つ存在にも個性があり、考え方の違いがあるということであり、至高なる存在は、それを許容しておられるということです。
つまり、神々の世界においても「民主主義」的世界が展開しているということです。
ここに、「祭政一致」と「民主主義」とは矛盾しないという可能性を観て取ることができます。

至高なる神の言葉を伝え、多様な個性・複数性を認める寛容な宗教こそが、宗教間の争いを無くし、邪悪なる唯物論・無神論の闇から人々を幸福と平和と繁栄の彼岸へと渡すことができるものと信じます。


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「霊言は、科学的合理性が立証できない」など、不見識極まりない。
「天なる父」の声を聴き、語ったイエスの教えに基づくキリスト教系の大学も、「神々との対話」「悪魔との対話」をなした釈尊の教えに基づく仏教系大学も、学問として認められず、大学も不可なのか。
たかだか100年余りの自然科学的な手法でもって、現文明に限ってみても数千年の昔から滔々と流れ来たる宗教的真理を、証明できないから正当ではない、などというのは、30センチ物差しで太平洋の広さを測ろうとして、「この物差しで測れないから、太平洋はない」と言っているに等しい。

また、献本を「認可の強要を意図する」とは、全く不当な「信教の自由」の侵害だ。

「信教の自由」とは、それが認められてはいても、それを表明することができず、ただ心の中で信じているだけならば、その自由もわざわざ保証するまでもないだろう。
したがって、「信教の自由」は必ず「信仰告白の自由」をともない、さらに、自らが素晴らしい、尊いと思う教えを、他の人々にも伝え、伝道するという「伝道の自由」 をもともなうものである。
否、信仰告白そのものが、伝道行為であると言ってよい。
経験したことのある人ならばわかるが、「信仰告白」という、自らの信仰を表明する、というたったそれだけのことですら、現代日本という唯物論的な環境の中では、大変勇気のいることである。
ましてや、献本という、書籍(経典)を贈る伝道行為は、そこに説かれている教えと、その教えを奉じている自分自身の人格が対比されるのである。
そして、相手によっては激しい批判の言葉が返ってくることもある。
その後の、ご近所や、学校や、職場などでの人間関係にまで大きな影響を及ぼしてくることがある。
(平たく言えば、お互いに気まずくなったり、白い目で見られたり、無視されたり、いじめられたり、など様々なことが起こりうる)

どれだけの緊張感と、不安感と、恐怖に近い感情とがないまぜになった状態であるか、想像がつくだろうか。
伝道とは、それを乗り越えてなされる、全人格を賭けた真剣勝負である。
自分自身が非難され否定されるだけならまだしも、自分が最も尊敬し、帰依し、拠り所としている方が 、またその方の教えが、批判されたり非難されたりすることは、自らの身が切り刻まれる以上の苦しみ・悲しみ・悔しさを味わうこともある。

世が世なら、迫害され、殺されることもあるのが伝道だ。
これほどのプレッシャーに耐えながら、伝道し、献本することが、どうして「強要」などになりえようか?
そのような、ある意味で命がけの真摯な行為であるところの伝道(献本)を、「不正行為」などと言う。
これこそが、伝道権を否定する不当な圧迫であり、「信教の自由」の侵害に他ならない。

それでも、神の栄光を賭けて、地球の未来を賭けて、人類の幸福を願って、 伝道するのである。
それほど、伝道とは尊い行為なのだ。
「伝道は絶対の善」とも言われるのは、そのためだ。

神仏は、人々の幸福を願ってやまない存在である。
民主主義とは、人々が神仏に成り代わる、ということではないだろう。
通常、神仏の心がわからぬから、人々が寄り合って英知を集め、より神仏に近い考えを選び取ろうと努力することではないのか。
そこに、真の民主主義が生まれてくるのではないか。

今回の幸福の科学大学の設置申請「不認可」をめぐる一連の問題で明らかになりつつあることは、政界も、教育界も、腐臭を放っている、ということである。
浅学菲才を顧みず、 政界浄化と、教育界浄化にこの身を捧ぐことを、改めて誓った次第です。

神仏の心から遠く離れた国民とその国に、未来があろうはずもない。
「宗教立国・日本」の実現を高らかに掲げ 、努力精進してまいります。


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「宗教を大切にしない国家には、最終的な繁栄はないものと肝に銘じたいと思う」。
幸福の科学グループ大川隆法総裁の最新刊『マッカーサー戦後65年目の証言』のあとがきにあることばである。

戦後日本の原点、先の太平洋戦争の意義や、戦後の枠組みが正しかったのかどうかー。
その探究のため、マッカーサー、吉田茂元首相、山本五十六、鳩山一郎元首相の意見を霊言というかたちで収録したのが本書である。

「霊言」というものを、いまだに訝しいものと思われる方も多いと思うが、昨年末から収録されたものを、ランダムに思いつくだけ挙げて見ても、松下幸之助、坂本龍馬、吉田松陰、西郷隆盛、勝海舟、福沢諭吉、上杉鷹山、二宮尊徳、渋沢栄一、ミカエル、ムハンマド、丸山眞男、岸信介、ハイエク、シュンペーター、ケインズ、ドラッカー、マルクス、金丸信、大久保利通、チャーチル、田中角栄、土光敏夫、高橋是清・・・。

これだけ短期間に、これだけの霊言を、果して創作でできるだろうか。
疑うのは簡単だが、白紙の目で見て、内容を虚心坦懐に受け止めてみてほしい。
創作でここまで書けるものか。
空前絶後のことが、現在進行形で起こっていると見るべきである。
今までの常識は、すでに崩壊している。
それこそコペルニクス的転回が必要な時代に入っている。

本書では、終戦後の日本統治に関して毀誉褒貶の多いマッカーサーが、神格を持つ存在となっており、
日本の戦後処理に大きな仕事をしたと思われる吉田茂、また軍人として責任感もあり、人格も優れていると思われる山本五十六大将が、いずれも天国には還っていないという衝撃の事実が明かされている。
この世での仕事以上に、正しい死生観、あの世を信じているかどうか、自分の死を自覚できるかどうか、正しい宗教心があるかどうか、ということが、神仏の世界の価値観から見たら重要だということが読み取れる。

わたしたちが信仰心をバックボーンにした国家、「宗教立国」を提言するゆえんである。

マッカーサー戦後65年目の証言

マッカーサー戦後65年目の証言

大川総裁のもう一冊の近刊、『大川隆法政治提言集』。
サブタイトルに「日本を自由の大国へ」とある。

明治維新以降、福沢諭吉が唱えたのは、「独立自尊」「独立不羈の精神」であったといえる。
しかし、いま、時代はこれとは逆に、国が丸抱えで保護する、国家社会主義的方向へと進んでいるように見える。
これと相俟って、日本に明治維新以前からある、「お上は偉い」といった一種信仰のような政治風土。そして、「日本型村社会」と呼ばれる平等社会。

ある意味で、明治維新を起こしても十分変革できなかった点である。

わたしたちは、「自由と平等、どちらかを選べといわれたら、迷わず自由を選べ」と高らかに唱えている。
自由こそが、人間精神を最大限に解放・開花させ、繁栄を生むからである。

幸福実現党の政策は、日本の国難を救うために、絶対に必要な政策であると自負しているが、
ほとんどメディアに取り上げられることがないがゆえに、他党にさも自分たちのオリジナルの政策であるかのように取り上げられることがある。
それはそれで、この国がよい方向に使われるならば、よしとしているわけだが、
形だけまねをしても…、というものもたくさんある。

たとえば、わたしたちは、わが国の経済成長や社会保障、国際化のためには人口を増やす必要があり、そのために積極的に移民を受け入れるべきだと主張しているが、そこだけを真似て、今のままの日本で、国家としての気概も使命感もビジョンもない、したがって日本国民としてのアイデンティティも確立できない状態で、ただ移民を受け入れるとなれば、外国人永住参政権の問題など、大変な混乱を生むことは間違いない。

必要なのは、国家としての背骨、バックボーンである。
アメリカも、実質的にはキリスト教国(ただし、信教の自由は認めているから、多様な宗教の信者は受け入れられる)、ヨーロッパ諸国も同様、イスラム教国はいうまでもなく殆どが祭政一致である。
共産党国家を除き、国家には宗教的精神がバックボーンにあるというのが世界標準だ。

日本にも、古来より、神道、仏教、儒教等が融合した精神的バックボーンがあった。
こうしたことを、先の敗戦により、すべて誤ったものとして断罪し、裏側へと押しやってしまった。
このことの損失は、限りなく大きい。

いま、理想国家日本を建設するに当たり、こうした宗教的に寛容な精神を持つ日本の古来よりの美点を取り入れ、さらに、キリスト教、イスラム教とも融和していけるような新たな宗教的精神を、建国の柱とすべきだと考える。

それが、世界を平和と繁栄に導く、リーダー国家としての日本の使命であると考える。

大川隆法政治提言集

大川隆法政治提言集


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本日は、幸福の科学金沢南支部にて、幸福実現党創立者である、大川隆法幸福の科学グループ創始者兼総裁による「『危機に立つ日本』講義」を拝聴させていただきました(全国に衛星中継)。

財政赤字の問題、不況の問題、外交の問題、まさに昨年、幸福実現党が警告を発した国難が、現実のものとなっています。

これらを解決するための、様々な示唆にあふれる内容でした。

私たちは、今夏の参院選の勝利を目指しておりますが、単に議席を得たいと言うだけではなく、10年~30年、いや、国家百年の大計に立ち、責任を以って日本と地球の未来を拓くという志と気概を持っております。

その実現のために、力を尽くし、訴えてまいりたいと思います。

本書のあとがきには、こう書かれています。

「国師・大川隆法、何者をも恐れることなく、『危機に立つ日本』を警告する。心ある者よ、真実の叫びというものは、実に実に強いものなのだ。真実は死なない。真実は絶対に死なない。

この世に希望というものがある限り、そして永遠なる真理が続く限り、勇者とは、ただ一人にても吼え続けるものなのだ。」

私の最も感動した言葉の一つです。

日本をすばらしい国にしたいと願っておられる方にぜひ、ご一読をお勧めいたします。

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また、大川隆法総裁の最新刊『世界紛争の真実―ミカエルVS.ムハンマド』も発刊になりました。

これは、大川総裁を通して、ミカエルとムハンマドが降ろした霊言を収録したものです。

俄かには信じがたいと言われる方も多いかと思いますが、ぜひ、ご一読いただきたい内容です。

世界はいま、キリスト教文明とイスラム教文明とが激突していますが、その真相に迫ることで、解決へと一歩近づくことができます。

反目している2つの世界宗教を融和させ、この地球を、愛と美と調和の星に変えていくことも、幸福の科学および、幸福実現党の使命であると考えます。

その道は遠く険しいとはいえ、一歩一歩、歩んでまいりたいと思います。

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