Posts Tagged ‘迫害’

一国二制度を守らない、というなら、
香港の中国化ではなく、中国を香港化すべきである。

監視・圧迫・弾圧を受け、共産党一党独裁の下で、唯物論的価値観の中で、苦しんでいる人々に、
自由・民主・信仰の幸福を味わっていただきたい。

台湾も、危険な状態である。
中国は、台湾を得るために、武力行使の意志あることを隠しもしない。
台湾を、独立した国家として認めよ。

香港、台湾は、アジアの希望である。
専制、隷従、圧迫、粛清、棄教、人権弾圧、臓器ビジネス、等々、この世の地獄で苦しむ人々を解放しなければならない。
香港、台湾は、そのための希望である。
しかし、巨大な暴風雨の前に、かすかに点っている、今にも消えそうな灯火である。

日本は黙って見ているだけでいいのか?
見て見ぬ振りをしていていいのか?
あるいは、ご機嫌を取っているだけでいいのか?
日本だけが平和であればいいのか?

日本はアジアの人々のために、世界の人々のために、力を尽くさなければならない。
自分のことよりも、世のため人のために尽くす。
それが真の日本人ではないだろうか。

日本は再び、アジアと、世界の守護神とならんと決意すべき時が来た。
邪悪なるものを、この日本から、地球から叩き出し、浄化するための、戦いのときが来た。

 

本日夕方、金沢駅前にて辻立ちを致しました。
下記はその動画です(前半と後半でに分割して見ました)。
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毎年この時節になると、閣僚の靖国神社参拝の問題が取り沙汰される。
靖国神社とは別の、国立追悼施設を設立すべきだとの意見もある。

様々な人々が、様々な観点から、様々な意見を述べているが、わたしは、供養とか慰霊、あるいは鎮魂といった本来の意義が十分理解されていないところに本質的な問題があるのではないかと思う。

毎年、終戦記念日でもある8月15日、日本人の多くは、墓参りに行く習慣がある。
お盆には墓参りをする、という風習が広く日本人に受け入れられているために、全国で交通渋滞が発生することになる。

墓参りの本来の目的は、「供養・慰霊・鎮魂」である(ここでは三者を同義語として使う)。
勿論、お盆に帰省して両親や親戚、友人たちと会う、という目的もあるが(むしろ現代では、こちらのほうがメインになっているかもしれないが)、第一義的には、「供養・慰霊・鎮魂」が目的である。

「供養・慰霊・鎮魂」ということが成り立つためには、当然、死後の世界やあの世の存在を認めなければならない。
あの世に還った霊に対して、迷っている場合には迷いの世界から光の世界へと上っていけるよう、救いの念を投げかけ、すでに天国に還っている霊に対しては、さらに高い世界へと上っていけるよう感謝・祝福の念を送る、といったことが必要なのである。
そしてこれは、宗教によって作法に違いはあるが、当然ながら、それなりの宗教修行を積んだ導師でなければ不可能な行為である。
つまり、一定の法力・霊力がなければ、死後の魂を救済することはできないのだ。
(勿論、遺された近親者や縁ある人々の感謝・尊敬などの念が浮力となることはありうるが)

お盆のお墓参りに僧侶を呼んで読経してもらうのは、本来、そういう理由による。
したがって、もし僧侶にして、死後の世界を信じていないにもかかわらず(そのようなことはあってならないことだが)、お経を読誦することによって供養と称して布施を受けるとするならば、それは詐欺に近いといってよい。

つまり、「供養・慰霊・鎮魂」という行為は、きわめて宗教的な行為であり、それを実効あらしめるためには、宗教的に専門的な知識と能力が必要であるということである。
したがって、宗教性のない慰霊施設、などというものはありえず、それは生きている人々の自己満足に過ぎないことになる。

こうして見ると、この問題の背景には、あの世や霊、神仏の存在を認める立場と、そうしたものを認めない、唯物論勢力との戦いがあることが見えてくる。

また、神道的には、神社を建てるなどして亡くなった方を神として祀ることにより慰霊・鎮魂する、という方法はよくとられることである(例.明治神宮、東郷神社、松陰神社など)。
靖国神社もまた、英霊・戦没者を祀る、慰霊・鎮魂のための宗教的施設である。

したがって、靖国神社に参拝する本来の目的は、宗教的指導者の導師のもと、慰霊・鎮魂する、という極めて宗教的な行為をなすにある。

こう見てみると、(宗教家ではない)政治家が靖国神社に参拝することをとやかく言うこと自体がナンセンスであると言えよう。
目的は、戦没者の供養・慰霊・鎮魂である。それを、神道的作法に則って行なうというだけの話である。

閣僚が神道的儀礼に則って慰霊・鎮魂することは、政教分離に反するのではないかという意見が出るであろう。
しかし、これによって、特定の宗教を保護したり、国民に特定の信仰を強要することにはならない。
アメリカ大統領は就任式のとき、聖書に手を置いて宣誓する。
これが政教分離に反する、などとは誰が言うだろうか?

他の宗教勢力がもし非難するならば、自らの教義に則って、もっとすばらしいと信ずる慰霊・鎮魂の施設を作ればよい。多様な選択肢の中から選べるようにし、あとは自由市場に任せればよい。

また、国家のために命を投げ出した英霊、戦没者を供養するという崇高なる儀式・行為に対して、外交圧力をかける国は、それ以上の供養の仕方をわが国に教えたい、ということであろうか。
これを、内政干渉と言わずして何と言おうか。
他国、特に唯物論を国是とする国に、とやかく言われる筋合いは絶対にない。

あの世を信じない、霊も神仏も信じない、そのような唯物論・共産主義国家に供養や慰霊について論ずる資格も能力もあるはずがない。

我が国は、文明国の一つとして、信教の自由が認められている。

旧ソ連邦、北朝鮮、中華人民共和国。
唯物論・共産主義体制の圧政下、何百万、何千万の人々が粛清されたことか。
多くの国民が自由を奪われ、いまも、迫害・弾圧のなかにある。

「神も仏も信じない」ということが、これほど悲惨な国家を生むという証拠である。
このような思想のもとでは、決して基本的人権を尊重するという考えは生まれない。
基本的人権の基には、人間は神の子、仏の子であるという思想が必要である、ということである。

先の大戦が終わってから65年を迎えた。
この65年間、我が国は平和と繁栄を謳歌してきたわけであるが、その一方で、かなり左翼的な思潮に、換言すれば、唯物論・無神論に圧されてきた。
それは、いわゆる保守や右派と言われる論者の中にも浸入していると見られるし、残念ながら、宗教界の思潮の中にも流れ入ってきている。
(死後の世界をない、とする宗教家が残念ながらいるということだ。これは宗教にとって自殺を意味すると思うが、本稿の主旨ではないので別の機会に論じたい)
この点は、残念ながら、戦後の左翼的教育による洗脳が見事に成功した結果と言わなければならない。

その思想の意味するところは、結局、この世における生存を至高のものとする考え方であろう。
このような思想からは、自らを犠牲にしてでも崇高な責務を果たす、などという価値観は生まれてこない。
しかし、歴史は、そうした自らの身は顧みず理想を成し遂げようとする有名・無名の勇者によって紡がれてきた。

私自身は、幸福の科学の信者として、また、宗教政党・幸福実現党の党員として、死後の世界も、あの世の霊も、神仏の実在も、明確に信じている。
また、宗教法人・幸福の科学の僧職者として、宗教的な職務にも就いている者である。

そうした、自らの宗教的良心に基づいて、先の大戦においてはもちろん、二千数百年前、いやおそらくはもっとはるかなる以前から、この日の本の国を理想の国にせんと励み、身命を賭せられた無数の有名・無名の英霊に対して、心からの感謝と尊崇の念を捧げるものである。

さらに、そうした方々の努力に報いるためにも、唯物論・無神論勢力を断じて打ち破り、日本を宗教立国、すなわち信仰を背骨とした国家となし、日本という国を、世界の憧れとなるような、理想の国とするために、全力を捧げたいと思う。
日本が世界のリーダー国家となって、最高の繁栄と平和を示し、宗教的寛容の精神を以って世界から紛争をなくし、平和と繁栄へと導く。
そうした崇高な使命を果たせる国にしていきたいと思う。

これが私の、終戦記念日に、神仏、そして英霊に捧げる誓いである。


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こんにちは!みやもとさとしです。

「宗教と政治」をテーマに、随想風に綴っていきたいと思います。

人間と動物とを分けるもの、それは信仰心があるかないかということだと思う。

信仰心という言葉が抵抗があるとするならば(それ自体悲しいことだが)、目に見えないものを信じることができるかどうかだと言い換えてもよいだろう。

たとえば、「自由」という概念。自由そのものは目に見ることができないし、さわることもできない。自由が具体的に現れた時にこうなる(たとえば表現の自由としてこういうことが認められる、というふうに)、というものはあるが。 愛についても同じことが言える。 「友愛」という言葉が、薄っぺらな意味に使われているような気がして、「愛」という言葉を使うのも最近抵抗があるのだが(その意味で、迷惑している)、どんな宗教でも(邪教でない限り)、説かれている普遍的な真理である(邪教であっても愛を説いているところはあるが)。 愛そのものは形がない。目に見ることはできない。

しかし、愛は存在する。そのことを、ほとんどすべての人は受け入れることができるだろう。

このように、目に見えないものを信じることができるかどうかが、動物と人間とを分ける、決定的なものであると考える。

「動物だって目に見えないものを信じてるかも知れないじゃないか」という方がいるかも知れない。そう、その通りだ。だけどそれはわからない。なぜなら、言葉がしゃべれないから。つまり表現できないから。

ここで、次なるテーゼが引き出せる。 目に見えないものを信じていても、それを表現することができなければ、(第三者には)信じているかどうかがわからない、したがって、目に見えないものを信じる、ということが実際問題として保証されるには、目に見えないものを信じているということを、表明する自由が保証されなければいけないということ。

そうでなければ実際は自由がないのと同じことだということだ。つまり、奴隷であっても(「提要」を著したエピクテトスのように)内面の自由はある。それはあえて保証する必要のないものだ。

目に見えない超越的な存在(それを神と呼ぼうが、仏と呼ぼうが、宇宙と呼ぼうが、Supreme Beingと呼ぼうが)を、信じる自由が認められるためには(信じているが故に差別を受けたり経済的不利益をこうむったり迫害や弾圧されたりすることがないようにするためには)、それを表明する(信仰告白する)自由が保証されなければならないということだ。 つまり、「信仰告白の自由」。これが英米法下で認められ、この「信仰告白の自由」から「言論の自由」が導き出されてきた。

すなわち、「信仰告白の自由」こそが、人権中の人権であり、言論の自由に優先するものであるということだ。

ここに、「幸福実現党」が宗教政党であるということの意義があると私は思う。

繰り返すが、「信仰告白の自由」こそが、自由の源にあるものであり、人権中の人権であり、これが否定されたら、言論の自由も保証されなくなってしまうということだ。

目に見えない崇高なるものを信じない、ただ何を言ってもいいという言論の自由であったら、犬や猫が鳴くのと変わらないではないか。彼らは人間の言葉をしゃべらないというならキュウカンチョウならどうだ。

つまり、高貴なる精神性を発揮することなく、本能のままに吠えることをもって、言論の自由というのかということだ。 そして、神や仏を信じないという唯物論が、高貴なる精神性だとはとても思えない。

唯物論を基礎とする共産主義が、どれほど多くの人々を迫害・弾圧・粛清してきたことか。

共産主義国家を見れば明らかなように、共産主義はまた、全体主義にもなりやすい。その意味で、私たちが宗教政党を名乗り、自由を守るために行動することは、唯物主義や共産主義、全体主義の脅威から人々を守る上で、大変重要なことだと考える。


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エレミヤはイスラエルが滅ぶという厳しい預言をし、仲間であるはずのユダヤの民から激しく攻撃された。

ハナニヤは、「そんなことはない」と、楽観的な予言をし、大衆受けはしたが、結局、エルサレム王国は滅んでしまった。

「北朝鮮がミサイルを撃ち込んでくるわけがない」という人もいる。

しかし、わたしは、ハナニヤであるよりは、エレミヤでありたいと願う。

ただ、国が滅びるのを黙って見ていることはできない。

「バビロン捕囚」のように、北朝鮮に日本人が強制連行されるような、そしてミサイル基地をつくらされるような、そんな未来を子供たちに贈りたくない。

侵略してくるおそれのある敵に対してきちんと備えをしておかなければいけない。

備えをして、それで何も起きなければ、それはそれでよいことである。国民にとってまことに祝着至極である。

しかし、備えをせずに、ことが起きてからでは遅すぎる。

北朝鮮にミサイルを撃たれてから、会議を開いているようでは、遅すぎる。

危機管理能力ゼロと言わなければならない。

消費税はゼロでいいけれども、国家のリーダーの危機管理能力がゼロでは困る。

国防を議論することすら封殺するかのような風潮は、変えていかなければならない。

迫害されても、国防は言い続けなければならないと思う。

政治家を志すのであれば、当然、国益を最優先させなければならない。

「日本は、日本人だけのものではない」というような、どこの国の政治家かわからないような人に、政権をとらせては絶対にならない。


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