Posts Tagged ‘歴史認識’

安倍晋三首相が今年の8月に出すとみられている首相談話、また先日[4月29日(日本時間30日)]のアメリカ議会上下両院の合同会議での演説の影響かと思われますが、
米国の日本研究者や歴史学者ら187人が、第二次大戦以前の「過ち」について「全体的で偏見のない清算」を呼びかける声明を発表したと報じられています。
米研究者ら「偏見ない清算」呼びかけ 日本は「真実の歴史観」を示せ

日本人でありながら、日本を貶めることに血道を上げる人々が存在するのは今に始まった事ではないが、極めて奇異に感じます。
一方、アメリカが歴史認識を変えることを認めたがらないのはわからなくもありません。
アメリカを正義とみなすには、かつての日本が侵略国家だったということを確定しておきたいのだから。
「悪の枢軸」を打ち倒した正義のヒーロー・自由と民主主義のチャンピオン・アメリカでありたいのです。
しかし、アメリカこそ、歴史を直視し、太平洋戦争(大東亜戦争)における原爆投下、東京大空襲など、日本各地を空爆し、民間人数十万人を虐殺した事実を反省すべきでしょう。
日本は別に責めも恨みもしないので。

日米は、最良・最強の友好国として、世界の平和と繁栄を守る使命と、またその力とがあると思います。

「中国や韓国に配慮すべきだ」という人もいますが、関係を悪化させているのは中国であり韓国であるので、無闇に配慮して言いなりになってはいけません。それは、相手の悪を増長させることにもなるからです。

中国や韓国の巧妙で執拗なプロパガンダが功を奏して、「従軍慰安婦」「南京大虐殺」が事実だと思っている欧米人はかなり多いようです。
一方で、骨絡みになってしまった日本人の”自虐的傾向”。
象徴的なのが広島の原爆死没者の慰霊碑の有名な碑文「過ちは繰り返しませんから」です。
原爆投下を過ちと考えるならば、どう考えても過ちは広島市民にはありません。当時の日本にもないでしょう。
原爆を投下した当事者たちに対してこそ、「過ちは繰り返させぬ」と言うべきでしょう。

しかし、自虐史観はどっぷりと日本人の骨髄にまで刷り込まれ、練りこまれているため、「平和憲法」がお気に入りの人は多いようです。誰も戦争はしたくないし死にたくもないので、「我が子を戦場に送るのか」などというと感性的に揺さぶられやすいですね。
そんな国民の意識を察してか、憲法改正を自らの使命と自認しているであろう安倍首相も、本丸の9条の改正には、そう簡単に手をつけられないと思っておられるようで、何段階かに分けて改正を進める肚のようです。

あえて「平和ボケ」と言いますが、「平和ボケ」した日本人を説得するには、何らかの”クォンタム・リープ”が要ります。

それが「河野・村山両談話」を、それが発表された1993年、1995年に遡って「無効」であることを宣言することです。

その上で、先の太平洋戦争は、祖国防衛と、アジア諸国の欧米列強による植民地支配からの解放と、白人優位説に基づく人種差別的政策の撤廃のための”聖戦”であったことを宣明すること、さらには、今後、日本が、アジアのリーダーとして、自由と民主主義を守るため、いかなる国に対しても不当な侵略・植民地化を許さない、平和と正義の守護神たらんことを高らかに宣言すべきです。

少なくとも、共産党一党独裁の下で軍事拡張・覇権主義を強めるの全体主義国家・中国にアジアのリーダーの座を譲るべきではないとおもいます。
アジアのリーダーたるべき国は、見渡せば、我が日本しかないではないですか。

もはや小手先の議論の時代は終わりました。
「正しいものは正しい」「真実は真実、事実は事実」と堂々と日本の正義を主張し、日本を貶めようとする人たちを兜割りし、正義を実現する政治家、リーダーの登場が待たれます。

5月3日憲法記念日、5月8日と街頭演説をさせていただきました。

クリックすると、動画をご覧いただけます。
↓ ↓ ↓
2015年5月3日 憲法記念日街宣(金沢駅東口にて)
2015年05月08日 白山市徳丸交差点にて辻立ち


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中国外務省は29日、日本や韓国など中国駐在の外国メディアを招き、黒竜江省ハルビン市にある初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した朝鮮の安重根の記念館でプレスツアーを開催した。

安重根記念館で報道ツアー 中国、韓国と対日連携 日本の記者ら二十数人参加 – MSN産経ニュース

中国も韓国も、日本の歴史認識を云々するよりも、自らの歴史認識を反省した方が良い。
韓国併合に反対していた伊藤博文を暗殺した男を英雄(義士)と讃えて、なおかつ記念館まで建てるなど、倒錯した歴史認識というほかない。

南北戦争が終わった後、リンカンを暗殺したジョン・ブース、ベトナム戦争を終わらせようとした(から殺されたとの説がある)JFKを暗殺した(とされる)リー・H・オズワルドを英雄と讃えて記念館を建てたら正気の沙汰を疑われるでしょう。

韓国は、恐れ、警戒すべき相手を間違っている。
最も恐れるべき相手と連携して、国を亡くすつもりでしょうか。

真なる自由と平和のリーダー(たらんとする日本)を葬り去ろうとする行為は、大いなる反作用として返ってくることを予言しておきましょう。


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数年前、「300(スリーハンドレッド)」という映画(私は見ていないのですが)で有名になりました、ペルシャ帝国対ギリシャの戦い。

紀元前5世紀の「ペルシャ戦役」を描いた作品ですが、数十万のペルシャ軍に対して、スパルタはわずか300人の兵士だけでギリシャ中部の山地にある、テルモピュレーを死守すべく、戦いました。

結果、全員が玉砕したのですが、ギリシャの自由と独立を守るために戦い続けた戦士たちを讃えて、「異国の人々よ、ラダケイモン(スパルタ)の人々に伝えよ。祖国への愛に殉じた我らは皆、この地に眠ることを」と刻んだ記念碑が立てられました。

太平洋戦争(大東亜戦争)において(1944年)、南のある小さな島で、日本人1万2千人が玉砕した際、アメリカの提督は、このスパルタの故事を踏まえ、同様の記念碑を立て、玉砕した日本兵を讃えました。

また、太平洋戦争末期の1945年、沖縄戦において、特攻機が戦艦ミズーリの甲板に突入しました。ミズーリの艦長は、飛行士の栄誉を称え、乗組員の反対を押し切り、アメリカ海軍式の水葬で葬送しました。

敵将も敬意を払うほどの、日本兵の愛国心、勇敢さ。

そしてそれを正当に「英雄」として評価するアメリカのリーダー。

その血は、両国の国民に、脈々と流れていると信じたい。

愛国心に満ち、勇敢で、礼儀正しく、自己犠牲の精神に満ちた、まさしくサムライ精神。

日本だけでなく、世界には、そのように誇り高く、勇気ある人々が数多くいます(欧米では騎士道精神というのかも知れませんが)。

武士も騎士も、元々はそう身分は高くなかったのかも知れませんし、品位や品格もそれほどでもなかったのかも知れません。

しかし、歴史のなかで重要な役割を果たしていく中で、「ノブレス・オブリッジ(高貴なる義務)」が芽生え、それが武士や騎士の共通精神となっていったのではないでしょうか。

私たちの祖先には、神代の時代まで遡るまでもなく、ほんの70年ほど前に、誇るべき、勇気ある人々が多数いたのです。

日本人は、もうそろそろ「自虐史観」の呪縛から離れ、自信と誇りを取り戻すべきときに来ています。

同様に、アメリカも、「民主主義対ファシズムの戦い」と定義して、敗れた日本を断罪してきた「歴史認識」を、転換すべきときに来ていると思います。

彼らがそれを認めることは、自らの「原爆投下」の正当性を否定することになるので、なかなか受け入れがたいかも知れませんが、上記の米軍の提督や艦長のように、フェアな精神にあふれた人たちが多数いると信じたいと思います。

小松市長田南交差点にて

小松市長田南交差点にて

今日は、小松市内で辻立ちをさせていただきました。
寒い日でしたが、青空が広がり、白山もくっきり見える、美しい一日でした。
こうした美しい景色も、日本が誇るべきものの一つであると思います。


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歴史と公民のいずれも育鵬社に決まった4日の横浜市教育委員会の教科書採択は、歴史観をめぐり育鵬社や自由社教科書の不採択を求める運動が過熱する中で行われた。「勇気を持って答えを出した」。今田忠彦委員長は採択終了後の会見で、こう総括した。

「勇気を持って答えを出した」 育鵬社教科書採択で横浜市教委委員長 – MSN産経ニュース

私も教科書展示会に行き、実際に各社の教科書を読んでみましたが、
「戦争を美化している」「憲法を軽視している」などの批判は、どこをどう読んだら出て来るのか、不可解です。

市民団体や民団などが不採択を求める請願をすること自体に異常性を感じます。他社の教科書に対してその種の運動が起きたことは寡聞にして知りません。

私の地元、石川県でも北國新聞(8月5日付)に以下のような記事が載っていました。

来春から公立学校で使用される教科書の採択作業が石川県内でも大詰めを迎えている。近現代史の記述をめぐって論争がある歴史と公民分野では、「新しい歴史教科書をつくる会」の元メンバーが執筆した教科書について「自虐的内容から脱却した」と評価する声がある一方、「戦争を正当化している」との批判もあり、各団体は採択の行方に目を凝らしている。

―――中略―――

自由社と育鵬社の教科書について「教育を考える石川県民の会」の諸橋茂一会長は「子どもの愛国心を育む常識的な内容だ」と指摘。採択に反対する県教祖の柚木光執行委員長は「戦争を美化する部分が見受けられ、歴史認識にずれがある」と不採択を訴える。

―――以下略。

ここにも「戦争を美化する部分が見受けられる」点が批判の対象となっています。

戦争のない、絶対平和の世界―それは私たちの理想でもあります。
しかし、人間世界の現実は、その歴史のほとんどが戦争の歴史であるといっても過言ではありません。

世界の各国が一斉に武器を放棄しない限り、我が国だけが一方的に武器を放棄することは、侵略されても構わないという意思表示であり、その先にある平和とは服従・隷従の下での平和でしかありません。

それゆえ、自衛のための備えが必要だ、ということが戦争美化だというなら、(他の国の庇護下にある国を除けば)世界中の国が戦争を美化していることになります。

「歴史認識にずれがある」という論点も、この記事だけでは、誰と誰の、どの点においてずれがあるのかはわかりませんが、日本と中国、日本と韓国とではずれがあることはある意味当然です。日本と同盟国・アメリカの歴史認識も当然違います。

ずれはあってもよいと思いますし、それが即戦争等につながるわけでもありません。認識が違うということは、ある意味個性の違いでもあり、違いを違いとして受け入れる度量があるかないかの差でしかないでしょう。

今回の、不採択を求める勢力のネガティブ・キャンペーンは、ある意味異常とも言えます。
都教委、藤沢市、東大阪市、そして大田区も育鵬社の教科書採択が決まったことで、今まで左翼陣営の牙城であったものがガラガラと音を立てて崩れようとしていることへの危機感でしょうか。

しかし、この流れは止められないでしょう。

いつまでも間違ったものを通用させておくほど、日本国民は愚かではないからです。

いつまでも、正義が実現されない姿を、日本国民はよしとしていないはずです。

私たちは、「正義とは何か」「何が正しいのか」「善悪とは何か」ということを、勇気をもって追究しつづけていく必要があります。

この希望の国・日本において、正義が実現し、理想的な国家経営がなされる日も、そう遠くない(10年以内に!)と信じたいと思います。

しかし、それは放っておいて実現するものではなく、不断の努力を要します。

理想国家建設のために、全力を尽くしたいと思います。


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