Posts Tagged ‘愛国心’

疑いなく、「自由」「民主」「信仰こそが未来世界を拓くキーワードです。
「自由」と「民主」は受け入れられやすいですが、「信仰」に違和感を感じる人もいるでしょう。
しかし、信仰こそが、基本的人権成立の基礎です。
「信仰」抜きの(自称)民主主義国家では、「人民解放軍」が「人民弾圧軍」になるのです。
自由」「民主とともに 「信仰や 「愛国心が普通に語れる世界にしなければいけません。
「信仰」こそが、人権の最後の砦なのです。かつてキリスト教会がナチスドイツの迫害からユダヤ人を護ったように。

「マルクスの共産党宣言を永遠に葬り去る」と宣言した、「幸福実現党宣言」の真義が、全世界の人々に伝わりますように。
そして、人類が、地球の至高なる神(仏)の下に、民族を超え、宗教を超え、国境をも超えて、地球人としての意識に目覚め、平和で豊かで幸福な笑顔で暮らせる世界が一日も早く実現しますように。

 

三日ほど、ブログの更新が滞っておりました。
ささやかですが、コツコツと、活動を続けております。
下記は、4日〜7日の辻立ちの動画です。
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数年前、「300(スリーハンドレッド)」という映画(私は見ていないのですが)で有名になりました、ペルシャ帝国対ギリシャの戦い。

紀元前5世紀の「ペルシャ戦役」を描いた作品ですが、数十万のペルシャ軍に対して、スパルタはわずか300人の兵士だけでギリシャ中部の山地にある、テルモピュレーを死守すべく、戦いました。

結果、全員が玉砕したのですが、ギリシャの自由と独立を守るために戦い続けた戦士たちを讃えて、「異国の人々よ、ラダケイモン(スパルタ)の人々に伝えよ。祖国への愛に殉じた我らは皆、この地に眠ることを」と刻んだ記念碑が立てられました。

太平洋戦争(大東亜戦争)において(1944年)、南のある小さな島で、日本人1万2千人が玉砕した際、アメリカの提督は、このスパルタの故事を踏まえ、同様の記念碑を立て、玉砕した日本兵を讃えました。

また、太平洋戦争末期の1945年、沖縄戦において、特攻機が戦艦ミズーリの甲板に突入しました。ミズーリの艦長は、飛行士の栄誉を称え、乗組員の反対を押し切り、アメリカ海軍式の水葬で葬送しました。

敵将も敬意を払うほどの、日本兵の愛国心、勇敢さ。

そしてそれを正当に「英雄」として評価するアメリカのリーダー。

その血は、両国の国民に、脈々と流れていると信じたい。

愛国心に満ち、勇敢で、礼儀正しく、自己犠牲の精神に満ちた、まさしくサムライ精神。

日本だけでなく、世界には、そのように誇り高く、勇気ある人々が数多くいます(欧米では騎士道精神というのかも知れませんが)。

武士も騎士も、元々はそう身分は高くなかったのかも知れませんし、品位や品格もそれほどでもなかったのかも知れません。

しかし、歴史のなかで重要な役割を果たしていく中で、「ノブレス・オブリッジ(高貴なる義務)」が芽生え、それが武士や騎士の共通精神となっていったのではないでしょうか。

私たちの祖先には、神代の時代まで遡るまでもなく、ほんの70年ほど前に、誇るべき、勇気ある人々が多数いたのです。

日本人は、もうそろそろ「自虐史観」の呪縛から離れ、自信と誇りを取り戻すべきときに来ています。

同様に、アメリカも、「民主主義対ファシズムの戦い」と定義して、敗れた日本を断罪してきた「歴史認識」を、転換すべきときに来ていると思います。

彼らがそれを認めることは、自らの「原爆投下」の正当性を否定することになるので、なかなか受け入れがたいかも知れませんが、上記の米軍の提督や艦長のように、フェアな精神にあふれた人たちが多数いると信じたいと思います。

小松市長田南交差点にて

小松市長田南交差点にて

今日は、小松市内で辻立ちをさせていただきました。
寒い日でしたが、青空が広がり、白山もくっきり見える、美しい一日でした。
こうした美しい景色も、日本が誇るべきものの一つであると思います。


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石川県の小松市、能美(のみ)市、川北町で同じ教科書を選ぶ小松・能美採択地区が、教科書改善の会(屋山太郎代表世話人)のメンバーが執筆した育鵬社の中学校歴史・公民教科書を市町教育委員会の採決結果に反して逆転不採択にしていたことが分かった。

9月21日の県議会予算特別委員会で宮元陸(りく)氏(自民)が追及した。小松・能美地区では、7月20日に能美市教育委員会が採決の結果、5対0で帝国書院を採択すべきだと決定。一方で、21日に小松市教育委員会が4対1で育鵬社、22日に川北町教育委員会が5対0で育鵬社を決めて、26日の採択協議会に臨んだ。

3市町のうち2市町が育鵬社を推したことで、採択協議会では育鵬社が選ばれるはずだが、結果は不採択になった。協議会は3市町の教育長、学校教育課長と保護者代表で構成されており、小松市と川北町の学校教育課長は教育委員会の採決結果を伝達すべき立場にありながら、育鵬社を推さなかったという。  宮元氏は関係者の話として、この過程で県教委事務局が育鵬社を採択しないよう市町教委事務局に対して圧力をかけたと明らかにした。

【エディターズEye】不可解な石川県の育鵬社逆転不採択+(1/2ページ) – MSN産経ニュース

幸福実現党のニュースファイルでも取り上げられていたが、私の地元のことなので一言。

今回の小松・能美地区の教科書採択が逆転した件は、極めて不可解だ。

6月の石川県内の教科書展示会には、私も何か所か出向いて意見を書いてきたが、石川県の歴史・公民教科書は、どの市町村も、自虐的な歴史観に基づく教科書が採択されてしまった。
非常に残念なことと思っていたが、もし、県教委が不当に誘導その他、圧力をかけていたとしたら、沖縄県八重山地区同様、大問題である。

県教委の姿勢も、不明瞭だ。
宮元県議の明快な質問に対し、竹中教育長の答弁は、「官僚答弁」の典型で、まったく要領を得ない。

竹中氏の「宮元議員の歴史観やイデオロギーを否定するものではございませんけれども云々」に対して、宮元氏が「私の歴史観を披歴しているのではなく、教育基本法改正の主旨だ」と反論しているのはもっともだ。竹中氏の答弁は、非常に苦しい言い訳に聞こえる。
県教委の方こそ、特定の歴史観やイデオロギーに巧妙に誘導しようとしているように感じる。

宮元氏がトインビーの言葉として引用されていた「自国の神話を尊重しない国は、例外なく滅んでいる」という言葉は、唯物的左翼史観に染まった頭では、おそらく理解できないだろう。

しかし沖縄と違い、地元メディアは健全な保守色が強く、石川県議会にも、今回の宮元県議同様、健全な保守思想を持った方々がおられるので、こうした質疑が県議会においてなされるということは、多少の救いかも知れない。

ついでながら、このニュースを私も不覚にも今朝知ったのであるが、こうした記事が少なくとも私が見た限り、産経ニュースでしか取り上げられていないところにも異常性を感じる。
(ちなみに宮元陸県議と私は、血縁関係はございません)

自国に誇りを持てぬ国民では、その国が繁栄できるわけはなく、まして、世界のリーダーとなることなどできない。
自分自身を信じられなくで、一体だれが、自分を信じてくれるというのだろう。
また、自分自身を信じられなくて、本当の意味で他人を信じることもできないだろう。

竹中氏は「子どもの発達段階に応じて」と繰り返し答弁していたが、これは言い訳である。
教えるに際しては段階が必要なのは当然であるが、それは技術的な面のことである。
若いころに自虐的な歴史観を教え込んでもよいということには決してならない。
若いころに刷り込まれた自虐史観は、長じてからもそう簡単には改まらないのはいまの団塊世代の多くの人々を見ても明らかである。

「あなたは悪い子だ」と言って育てるのと、「あなたは素晴らしい子だ」と言って育てるのとでは、どちらがいい子に育つかは自明である。
国家においても、「日本はいけない国だ」と教え込むのと、「日本は素晴らしい国だ」とい教え込むのと、どっちが教育効果が高いかといえば、当然後者だ。

是非、日本人が誇りを持てる国にしていくために、正しい意味での自尊心を取り戻せる教育へと回帰していただきたいものだ。


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こんばんは!
みやもとさとしです。

きょうは、朝8時に野々市町新庄2丁目交差点(イオン野々市南店前)にて、辻立ち。
そのあと、サポーターのHさんと、白山市の幸福の科学金沢南支部の近隣の方々にご挨拶に回りました。
7月10日の、大川隆法総裁の大講演会(衛星中継)のご案内をさせていただきました。
辻立ちや挨拶回りで、多くの皆様のご声援を賜りました。
日本と世界の、平和と繁栄のために、貢献したい一心です。

午後は、野々市町図書館の中学校の教科書展示会場に行ってきました。
多感な中学生時代に、自虐史観を植え付けるような歴史教科書が採択されるようなことがないように、
むしろ、自分と自国の歴史に、自信と誇りが持てる歴史教育がなされるよう、強く願います、という意見書を書いてきました。

自国を愛することが、どうして軍国主義や侵略主義に短絡するのか、そう主張する人の考えが、どうしても理解できません。
そうした人々が悪意ではなく、善意で言っているとするならば、戦後60数年の左翼的な教育の刷り込みによって、そう思い込まされているとしか思えません。

大河の中にスプーン一杯の水を注ぐような仕事かもしれませんが、こうした地道な努力の積み重ねが、必ず明るい未来を拓くと信じます。
「千里の道も一歩から」。

野々市町新庄2丁目交差点

野々市町新庄2丁目交差点


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 一昨日、名古屋市内で、マスコミの偏向報道の是正を要求するデモが開催され、①選挙などでの特定政党への偏向報道、②大震災後の福島第1原発報道による風評被害(報道被害)、③大震災後に救援活動を行っている自衛隊や米軍についての報道の少なさなどの是正を訴えました。

 私たちは宗教政党でありますが、「宗教」という偏見を取り除き、既成の常識や価値観にとらわれることなく、「誰が正しいか」ではなく、「何が正しいか」の観点から私たちの提言の是非を判断をしていただきたいものだと強く願います。

 さて、今、日本は左翼貧乏神思想に基づく政権によって、国家の衰退、もしくは解体へと向かおうとしています。
 左翼貧乏神思想の最悪なるもののひとつが、「唯物論・無神論」です。
 神・仏を信じる人々よりも、人知を超えた崇高なるものを信じない、不信心な「似非」知識人や学者、言論人が尊敬されるような世の中は、断じて間違っていると声を大にしていいたいのです。
 ここに、「宗教政党」が存在する意義があると思うのです。

 左翼貧乏神思想の、最悪なる点の2つ目は、積極的に国家を発展・繁栄させる気概も智慧もないことです。換言すれば、経営マインド、企業家精神、健全な資本主義の精神の欠如です。
 したがって、重い税を課し、それを再配分することによって権力の拡大を図ることばかりを考えます。
 「福祉国家」といえば聞こえはいいけれども、国民は重い負担に耐え、自由を失い、国家から「あてがい扶持」をもらうように、生きがいも誇りも失って生きていかなくてはならない社会になります。
 誰かが「価値」を創造し、富を生まなければ、国全体が貧しくなっていくしかないのです。
 左翼貧乏神思想に侵された人々は、どうしてもこのことが理解できないようです。

 そして、今日、一番申し上げたいことですが、左翼貧乏神思想の最悪な点の3つ目に、「自虐史観」が上げられます。

「ローマは偉大であるがゆえに人々から愛されたのではない。人々から愛されたがゆえにローマは偉大になったのだ」(G.K.チェスタートン)

 日本人が、自分自身のアイデンティティーについても、国家についても、誇りと自信が持てなくて、どうして生きがいを持って幸福に生きることができるでしょうか。 どうして発展・繁栄することができるでしょうか。
 「自虐史観」は、国民・国家にとって、ごく当たり前のことである「愛国心」でさえ、さも悪いことのように扱います。
 そして、国民の生命・安全・財産を守るための「国防」を論ずること自体をも、タブーとしてしまいます。
 これほど国民にとって不幸であり、かつ恐ろしいことはありません。

 国師・大川隆法幸福の科学グループ総裁は、次のように説かれています。

ローマ市民がローマを愛していなければ、偉大なるローマはできなかったでしょう。偉大なるローマができたのは、ローマ市民がローマを誇りとし、愛した結果だったのです。
したがって、東京の人びとが東京を愛したならば、東京はよくなり、恐怖の事態も起きなくなります。
また、日本の国民が「日本をよくしていこう」と思えば、日本はよくなっていきます。逆に、「日本は悪くなっていく」と思えば、そうなっていくでしょう。
地球レベルでも同じです。地球市民が「この地球という星はもうだめだ。こんな星は滅びたほうがよい」と思えば、地球は悪い方向にいくでしょうし、地球がよくなる方向に向けて大勢が努力すれば、地球はよい方向にいくでしょう。(大川隆法『幸福の革命』)

 私たち人間は、いつかは死に行く身です。
 あの世を信じる人にも、信じない人にも、死は平等に訪れます。

 人間として生まれた以上、この世に生きたという証を、後世に残したいものだと誰しも思うのではないでしょうか。
 それは、この世的に見て必ずしも有名な人であるとか、出世したとか、才能を開花し成功したとか、大金持ちになったとかである必要はないと思うのです。
 平凡であっても、逆境であっても、才能に恵まれていなくても、その人なりの人生を、精一杯生きたということが、生き方そのものが、後れて来る青年たちの魂の揺さぶることができるのではないかと思うのです。

 自虐史観は結局、その根源は、「偶然に生まれて、偶然に死んでいく」という唯物論的な歴史観から生じているように思います。

 無神論・唯物論の行き着くことろは、結局は、「自分さえ良ければいい」「今さえ良ければいい」という生き方になります。

 そうではなく、人は皆、神の子・仏の子であるがゆえに尊いのであり、神の子・仏の子としてこの世で何らかの仕事をすることを計画して生まれてきているのだ、という人生観を持ってこそ、この世を積極的に良くして行こう、自分自身も向上していこうという意欲が湧いてくるのではないでしょうか。

 過去の先人たち、私たちの祖先が数千年にわたり営々と築き上げてきた日本文明を、決してこのまま終わらせてはならない。
 私たちは、先人たちが営々と築いてきた日本文明を土台として、これから日本が世界のリーダーとしての使命を果たす べき時に来ていると信じます。

 世界を見渡しても、西欧型文明はその発展の限界に至り、イスラム文明圏は長らく停滞を来たしています。 そして、ユダヤ・キリスト教文明と、イスラム教文明とは、文明の衝突の様相を呈しています。

 混迷する世界を調整し、平和に導く新しい勢力が必要です。
 その潜在力を有するのは世界を見渡しても、 日本しかないと思うのです。

 つまり、新たなる地球時代において、時代は日本を要請しているのです。

 そのときにあたり、日本と、日本人が、誇り高き、気概を持つ国家とならねば、世界を救う力とはなりません。

 私たちは、そのような崇高な責務を負うことを躊躇しません。
 それでこそ、この時代、この日本に生まれ甲斐があったといえるのではないでしょうか。

 このような崇高な責務を果たすためには、まずもって、「自虐史観」の一掃が、急務であると思います。


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≪中学教科書 「竹島」「尖閣」領有の記述増える≫

文部科学省は3月30日、来春から使われる中学校教科書の検定結果を公表した。扶桑社版歴史・公民教科書を継承して教科書改善の会(屋山太郎代表世話人)のメンバーらが執筆した育鵬(いくほう)社版教科書が合格した。領土をめぐっては、地理の全4社が竹島(島根県隠岐の島町)について記述。公民の7社中6社が竹島と尖閣諸島(沖縄県石垣市)を記述するなど、日本の領土に関する記述が増えた。
  竹島の記述増加は、2008(平成20)年に新指導要領の解説書が「北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせる」と初めて記したのを反映した。解説書が明示していない尖閣諸島の記述が増えたことについて、文科省は、中国漁船衝突事件が起きる前に申請が出ていたとした上で「世間が領土に高い関心を持っていることが反映されたのでは」としている。
  公民で竹島と尖閣諸島を記述したのは育鵬社と、新しい歴史教科書をつくる会(藤岡信勝会長)のメンバーらが執筆した自由社、東京書籍、日本文教出版、教育出版、清水書院。そのうち「わが国固有の領土」などと領有を強調したのは育鵬社と自由者だけ。帝国書院は地図上で表示しただけで、記述はない。
(SANKEI EXPRESS)

「中学教科書 領土記述 目立つ中韓への配慮」話題!‐話のタネニュース:イザ!

中学教科書に、尖閣諸島や竹島に関する記述が増えたことに関して、中国だけでなく、韓国や台湾も、日本に対して強く抗議しているようです。

しかし、実際は、記述は増えてはいるものの、中国や韓国に対する配慮が目立ちます。
たとえば日本文教出版の地理では、竹島について「日本固有の領土」「韓国の不法占拠」の表現のいずれもなかった。東京書籍は「韓国が占拠しており」戸だけあり、「不法」という言葉を使っていない。等と伝えられています。
文科省自身も、育鵬社や自由社に対して中韓への配慮から内容を修正させる例が目立ちます。
育鵬社の歴史では、東京裁判についてのコラムの中で、「日米戦争を行なった日本に一定の理解を示したダグラス・マッカーサー元連合国軍最高司令官の証言部分に検定意見を付けた。
米上院軍事外交合同委員会で、日本について『彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのこと』と証言した事実を掲載し、戦勝国側が敗戦国側を裁いた裁判をめぐる議論に一石を投じる内容だったが、検定の結果、削除された」と伝えられています。

そのほか、中国によるチベット弾圧、中台問題についても、検定意見が付き、古代史では任那に大和政権の「拠点」「勢力」があったと記した5社に意見が付き「影響力」などに修正したといいます。

自国の教科書の内容に文句をつけてくるなどというのは、明らかに内政干渉です。
そういう文句に対して「配慮する」などというのは、全く主権国家であることを放棄するかのような弱腰な態度としかいいようがありません。

中国や韓国、台湾の教科書に、日本国政府が注文を付けるというようなことが、はたして受け入れられるでしょうか。それこそ「内政干渉だ」と激し抗議を受けることでしょう。
いったい、中国や韓国、台湾は、我が国を属国とでも思っているのでしょうか?
言葉は悪いですが、日本は「舐められている」と言ってよいでしょう。

愛国心は、自らの祖先がはぐくみ育ててきた、また自分たち自身も生まれ育った国を愛するというごく自然な感情から生まれます。
そこから領土を守るという意識も生まれます。
そして、領土を守るという意識から、国防の意識も生まれます。
教科書検定をめぐる弱腰な態度は、こうした「愛国心」を蔑ろにし、育み育てることを怠った戦後の教育の負の遺産とも言えます。

東日本大震災によって、日本人全体が意気消沈しそうなときに、再び「自虐史観」の方向へと逆戻りしないように祈りたいと思います。

こういう時だからこそ、他国の抗議に妙な「配慮」などせず、どうどうと正しいことは正しいと論陣を張って、主権国家としての誇りと決意を示すことが真に国民を勇気づけ、復興に向けて努力する勇気を鼓舞することになると思います。


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今日も素晴らしい好天に恵まれました。
澄み切った青空に、白き峰々が連なる白山連峰。穏やかな海。また、夕日が最高でした。
つくづく、日本という国は美しい国だと思います。

憲法改正に反対する人、あるいは集団的自衛権の行使に反対する人たちは、ほとんどすべて、戦前から先の大戦にかけて、日本は非常に悪いことをした侵略国家である、したがって、侵略をしないといっていても、武力をもてば必ずまた侵略への道を歩み始める。だから、憲法9条によって戦争を放棄するということを謳っておくことで、その歯止めになる、と考えているように思います。
日本という国を、愛していないことはないのでしょうが、親の愛情が欲しくて、わざと親に反発している子供のように見えなくもありません。
それが子供であれば、まだ可愛げがあると思ってみることができますが、国家の存亡にかかわってくるとなれば、黙って見過ごすことはできなくなります。

何も夜郎自大になる必要はありませんが、
国家観が、極めて自虐的というか、自己卑下的であるように思います。
これは決して公平な見方とは言えないのではないでしょうか。
また、このような国家観のもとで育ったならば、どうして自国に対して自信や誇りが持てるようになるでしょうか。

先の大戦は、すべてが自衛のための戦争だったとは思いませんが、かと言って、すべてが侵略戦争だったとも思えません。
侵略的な面も一部にはあったとは思いますが、当時、やはりシーレーンが抑えられ、石油が入ってこない状態が作られたりしていたので、かなりの部分、自衛という面があったと思います。
そして、大義としてはアジア諸国の植民地支配からの解放ということがあったはずです。
そしてその大義自体は、日本が戦争に負けたとはいえ、その目的は果たすことができたといえます。

我が国の平和は、そしてこの繁栄は、私たちの先祖や、先人たちが、血と汗と涙を流した、尊い努力の積み重ねによって、得られたものだということを忘れてはならないと思います。
戦後65年、日本は平和と繁栄を享受した結果、平和とか繁栄とかは努力していられるものではなく、ごく当然に、自然にそこにあるものと思ってしまい、国家としての気概や日本国民としての誇りや愛国心を失ってしまったといえます。
これが平和の代償だとしたら、あまりにも高くついた代償だったと思います。

自分が生まれ育った国を愛することは、本来、ごく自然な感情であり、これが国を発展させる原動力です。
その意味では、国難を生み出している根源的な原因は、自虐史観に基づく教育にあるといえます。

私たちは、今、目の前にある、侵略や植民地化の危機という国難に対しては、「憲法9条適用除外」という武器で戦っていかなければなりませんが、根源的な原因を解消しなければ、国難は姿を変え、何度でも立ち現われてくるでしょう。
その意味では、自虐史観からの脱却をメインテーマとした教育改革も成し遂げていかなければならない、最重要課題の一つと思います。
まさに「国家百年の大計」といえるでしょう。

そういうことを、訴えさせていただきました。

川北町より、白山を望む

川北町より、白山を望む


野々市町御経塚交差点にて

野々市町御経塚交差点にて


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