Posts Tagged ‘富’

もしこの地球上で、富の総量が一定のものだとしたなら、人口が増えれば増えるほど、一人当たりの富の量は少なくなっていくことになる。

しかしこれは真理でないことぐらいはスグにわかる。

今より遥かに人口が少なかった古代、人々は現代人より豊かだったろうか?

かつての王侯貴族よりも、現代の一般人の方が豊かな生活をしている。

彼らが持っていなかった、自動車やケータイやタブレットなど、現代人はフツーに所有している。

そう、世の中の富の総量を増やすために、宗教があり、政治があり、経済があり、学問があり、科学技術があり、様々な活動がある。
(ここで言う“富”は、「幸福」という言葉に極めて近い)

こう言うと、「いや、物質的には豊かになったが、精神生活はむしろ、貧しくなっているではないか」と反論する人もいるだろう。

しかり、そういう面もあるだろう。いや、かなりある。

まず、そう質問するあなたが、唯物論者でなかったことを祝福します。

そして思うのです。

だからこそ、宗教が必要なのです。

宗教こそが、万学の祖であり、神仏の存在を認める宗教があればこそ、そこから流れ出ずる哲学や科学技術や医学や政治・経済・その他諸学問とそれに基づく諸活動が、間違った方向に行かず、人間の精神生活も含めた豊かさや幸福増進に貢献するものとなる。

ゆえに、政治もまた、宗教的なバックボーンを持って活動することがとても大切なのだ、と私は信じる。


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私たちが増税に反対するのは(それだけでなくむしろ減税を主張するのは)、政府の財政赤字、増え続ける社会保障の財源について無責任であるわけでもなく、当然のことながらバラマキとも異なります。

国民が繁栄するために、必要なことだと考えているのです。
繁栄するためには、自助努力、創意工夫が必要です。
自由が抑圧されたところでは、創意工夫は生かされないし、自助努力は報われません。
ゆえに、繁栄のためには自由が保障されることが大前提となります。

あまりに重い税金は、財産を制限する(自由に使えない)ことになり、ひいては私有財産を否定することにつながるからです。
税金はなるべく安く、基本的には小さな政府であるべきです。
重税を課し、大きな政府を作り、国民にばら撒くということは、途中で殆ど付加価値を生まないことであり、経済の成長にはつながりません。したがって財政赤字は結果として増大します(もちろん、国土のインフラ整備や、未来型産業への産業の構造転換をするために資金を投下することなどは、国民の財産となり、将来富を生む源泉になりえます。こうした、短期的にはなかなかリターンが期待できない、従ってなかなか民間ではできない、長いスパンにわたる投資は、政府がすべきでしょう)。

日本の富は、まず第一に、日本国民が持つべきであり、日本国政府があまり奪うべきではありません。
国民全体が豊かになれば、結果として税収は増えてくる。ゆえに、政府の使命は、国民を富ませ、豊かにすることです。基本的にそのように考えるべきだと思います。
「お金が足りないから税金あげるね」というやりかたは、例えば企業が、「わが社は赤字だから、その分、製品の価格に上乗せしますね」と言っているのと同じです。

さらにいえば、このデフレ不況下に、財政赤字を盾に、増税を課し、緊縮財政を布くようなことをすれば、国民の富はさらに奪われ、日本経済は取り返しのつかない悲惨な状況になりかねません。

「震災復興のために増税を」「社会保障のために増税を」と、財務官僚にとっては名目は何でもよいのです。
増税さえできれば、彼らの手柄になるのだから。
省益あって国益なしの一部の財務官僚に見事に洗脳され、「不退転」「ネバー・ギブ・アップ」で増税を叫ぶ野田首相の姿は哀れと言うしかありません。

まず、国民を豊かに、幸福にすることを第一に考えるのが為政者の責務でしょう。
そういう姿勢も気概も全く見えない野田政権には、、一日も早い退陣を願って止みません。

私たちは、日本と、世界の平和と繁栄のために、全力を尽くします。


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 一昨日、名古屋市内で、マスコミの偏向報道の是正を要求するデモが開催され、①選挙などでの特定政党への偏向報道、②大震災後の福島第1原発報道による風評被害(報道被害)、③大震災後に救援活動を行っている自衛隊や米軍についての報道の少なさなどの是正を訴えました。

 私たちは宗教政党でありますが、「宗教」という偏見を取り除き、既成の常識や価値観にとらわれることなく、「誰が正しいか」ではなく、「何が正しいか」の観点から私たちの提言の是非を判断をしていただきたいものだと強く願います。

 さて、今、日本は左翼貧乏神思想に基づく政権によって、国家の衰退、もしくは解体へと向かおうとしています。
 左翼貧乏神思想の最悪なるもののひとつが、「唯物論・無神論」です。
 神・仏を信じる人々よりも、人知を超えた崇高なるものを信じない、不信心な「似非」知識人や学者、言論人が尊敬されるような世の中は、断じて間違っていると声を大にしていいたいのです。
 ここに、「宗教政党」が存在する意義があると思うのです。

 左翼貧乏神思想の、最悪なる点の2つ目は、積極的に国家を発展・繁栄させる気概も智慧もないことです。換言すれば、経営マインド、企業家精神、健全な資本主義の精神の欠如です。
 したがって、重い税を課し、それを再配分することによって権力の拡大を図ることばかりを考えます。
 「福祉国家」といえば聞こえはいいけれども、国民は重い負担に耐え、自由を失い、国家から「あてがい扶持」をもらうように、生きがいも誇りも失って生きていかなくてはならない社会になります。
 誰かが「価値」を創造し、富を生まなければ、国全体が貧しくなっていくしかないのです。
 左翼貧乏神思想に侵された人々は、どうしてもこのことが理解できないようです。

 そして、今日、一番申し上げたいことですが、左翼貧乏神思想の最悪な点の3つ目に、「自虐史観」が上げられます。

「ローマは偉大であるがゆえに人々から愛されたのではない。人々から愛されたがゆえにローマは偉大になったのだ」(G.K.チェスタートン)

 日本人が、自分自身のアイデンティティーについても、国家についても、誇りと自信が持てなくて、どうして生きがいを持って幸福に生きることができるでしょうか。 どうして発展・繁栄することができるでしょうか。
 「自虐史観」は、国民・国家にとって、ごく当たり前のことである「愛国心」でさえ、さも悪いことのように扱います。
 そして、国民の生命・安全・財産を守るための「国防」を論ずること自体をも、タブーとしてしまいます。
 これほど国民にとって不幸であり、かつ恐ろしいことはありません。

 国師・大川隆法幸福の科学グループ総裁は、次のように説かれています。

ローマ市民がローマを愛していなければ、偉大なるローマはできなかったでしょう。偉大なるローマができたのは、ローマ市民がローマを誇りとし、愛した結果だったのです。
したがって、東京の人びとが東京を愛したならば、東京はよくなり、恐怖の事態も起きなくなります。
また、日本の国民が「日本をよくしていこう」と思えば、日本はよくなっていきます。逆に、「日本は悪くなっていく」と思えば、そうなっていくでしょう。
地球レベルでも同じです。地球市民が「この地球という星はもうだめだ。こんな星は滅びたほうがよい」と思えば、地球は悪い方向にいくでしょうし、地球がよくなる方向に向けて大勢が努力すれば、地球はよい方向にいくでしょう。(大川隆法『幸福の革命』)

 私たち人間は、いつかは死に行く身です。
 あの世を信じる人にも、信じない人にも、死は平等に訪れます。

 人間として生まれた以上、この世に生きたという証を、後世に残したいものだと誰しも思うのではないでしょうか。
 それは、この世的に見て必ずしも有名な人であるとか、出世したとか、才能を開花し成功したとか、大金持ちになったとかである必要はないと思うのです。
 平凡であっても、逆境であっても、才能に恵まれていなくても、その人なりの人生を、精一杯生きたということが、生き方そのものが、後れて来る青年たちの魂の揺さぶることができるのではないかと思うのです。

 自虐史観は結局、その根源は、「偶然に生まれて、偶然に死んでいく」という唯物論的な歴史観から生じているように思います。

 無神論・唯物論の行き着くことろは、結局は、「自分さえ良ければいい」「今さえ良ければいい」という生き方になります。

 そうではなく、人は皆、神の子・仏の子であるがゆえに尊いのであり、神の子・仏の子としてこの世で何らかの仕事をすることを計画して生まれてきているのだ、という人生観を持ってこそ、この世を積極的に良くして行こう、自分自身も向上していこうという意欲が湧いてくるのではないでしょうか。

 過去の先人たち、私たちの祖先が数千年にわたり営々と築き上げてきた日本文明を、決してこのまま終わらせてはならない。
 私たちは、先人たちが営々と築いてきた日本文明を土台として、これから日本が世界のリーダーとしての使命を果たす べき時に来ていると信じます。

 世界を見渡しても、西欧型文明はその発展の限界に至り、イスラム文明圏は長らく停滞を来たしています。 そして、ユダヤ・キリスト教文明と、イスラム教文明とは、文明の衝突の様相を呈しています。

 混迷する世界を調整し、平和に導く新しい勢力が必要です。
 その潜在力を有するのは世界を見渡しても、 日本しかないと思うのです。

 つまり、新たなる地球時代において、時代は日本を要請しているのです。

 そのときにあたり、日本と、日本人が、誇り高き、気概を持つ国家とならねば、世界を救う力とはなりません。

 私たちは、そのような崇高な責務を負うことを躊躇しません。
 それでこそ、この時代、この日本に生まれ甲斐があったといえるのではないでしょうか。

 このような崇高な責務を果たすためには、まずもって、「自虐史観」の一掃が、急務であると思います。


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菅首相は「国民の皆様に、ある程度の負担をお願いすることは避けられないと考えます。内閣はことし6月までに社会保障改革の全体像とともに、必要な財源を確保するための消費税を含む税制抜本改革の基本方針を示します」と述べた。

FNNニュース: 政治一覧

ちょっと待っていただきたい。

再三指摘していることだが、
今の与党である民主党の指導者には、「富を生み出すことが大切であり、必要でもある」ということが、どうしても理解できないようだ。

国民の尊い義務として応分の負担をすることはやぶさかではない。
しかし、不必要、というよりも、国家を衰退させるという意味で悪であるバラマキのための財源を確保するために、負担を増やすというのは、どうしても納得がいかない。

何度も繰り返すことになるが、税収を増やすためには、税率を上げることよりも、富を増やすことを第一に考えるべきである。
企業は利益が増え、国民は所得が増えるようにすることが大切であって、これなくして税収を増やそうとすれば、税率は青天井に上がっていくしかない。

そして、問題の社会保障であるが、どうしても保障が必要な人は、当然存在する。
しかし、その比率が、次第に増え続け、やがて9割もの人が、保障を必要とする、などという社会になったら、誰が、どれだけ、負担すればいいというのだろう。

例えば年金は、少子高齢化がこのまま進むならば、一人の現役世代で一人の高齢者を支える時代が来る。
これは単純に言えば、年金分だけですでに収入の半分を持っていかれることを意味する。
こんな社会が成り立つはずはない。

となれば、差支えなく働けるならば、生涯現役で、80歳でも働いて収入を得ていただく方がよい。
いまの世の中、60歳を過ぎても若々しく、お元気な方はたくさんいらっしゃる。
こうした方々をリタイアさせてしまうのは、もったいないの一言に尽きる。
まさに、国富を生む国の宝である。

その方が、高齢者の方も、生きていく誇りが持てる(もちろん、いろんな事情で働けない高齢者には、最低限の保障は必要だ)。

そのためには、高齢者であっても働けるだけの雇用を創出しなければならない。
高齢者であっても働きやすい環境、使いやすい工作機器や、PCなどを開発すれば、そこにまた新しい付加価値を創造することができる。

とにかく、国富を増やすことを最優先に考えなければ、どれだけ社会保障制度を根本的にいじろうが、やがてジリ貧になることは見えている。

相も変わらず「最小不幸社会」などと、結果的には責任を国民に押し付けるようなことを言わず、国政の最高責任者たるもの、リスクを負って「最大幸福社会」を目指していただきたい。

「人間は幸福になる義務がある」のだ。
社会主義的政策(その先にあるのは全体主義的統制国家である)により、国民の幸福実現を妨げるようなことはしないでいただきたい。


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こんばんは。みやもとさとしです。

今日も寒い日でしたが、私の住む白山市から、白山がくっきり見える、すばらしいお天気でした。

空気もとても澄み切っていました。

今日の青空のごとく、透明で澄み切った心で生きていきたいものだと思いました。

きょうは、某証券会社の課長さんとお会いして、いろいろお話を伺う機会を得ました。

概して、ビジネスの第一線でご活躍されている方は、経営感覚、世界情勢、経済環境についての認識、自助努力の精神など、幸福実現党の主張する思想と親和性があり、健全な保守の精神を感じます。

この課長さんも、そのようなお一人でした。

左翼的な思想のなかには、お金持ちにたいする嫉妬心、富を憎む心があるようですが、誰か富、あるいは価値を創造する人がいなければ、この世はみんな貧乏になってしまいます。

自分がそうでないからと言って、お金持ちがすべて悪人であるかのようにみる見方は、どこかいびつだと思うのです。

努力や知恵を使い、成功し、豊かになることはすばらしいことです。

それを肯定的にとらえ、成功者を祝福する文化を醸成することこそ、大事だと思います。

件の課長さんには貴重なお話を多々伺ったのですが、最後に言われて印象深かったのは、「強力なリーダーシップを持つ政治家が必要だ」ということです。

ビジネス社会においても、厳しくはあっても、正しいことは正しいと言って、みんなを率いていくリーダーがいてこそ、ビジネスは成功し、社業は発展していく。国家においても同じだ、ということでした。

まったく同感です。

この国難の時期において、今こそ、政治家に強力なリーダーシップが求められている時代はないといえましょう。

しかしそれは、単に独裁的で強権的なリーダーシップであってよいわけはなく、

希望の未来を指示し、人々を幸福の彼岸へと導くものでなければならないのは言うまでもありません。

つまり、私利私欲や利権ではなく、日本、ひいては世界を繁栄と幸福に導く未来ビジョン、構想力、そしてそれを信念を持って実現するための忍耐力、断行する力が必要だと思います。

そのような、強いリーダーシップを持つ政治家として成長してまいりたいと強く決意いたします。

さて、今日は、幸福の科学の金沢支部と、金沢北支部の2つの支部を訪問しました。

もちろん、幸福実現党も、幸福の科学グループの一つであり、私自身も信者ですから、幸福の科学の施設にはよく行きます。

しかし、きょうは2つの支部で、それぞれ、かなり熱く、未来ビジョンや、政治のあるべき姿について、懇談できました。

訪れたのは両支部とも日中だったので、ご婦人の方がほとんどだったのですが、みなさまとても今の政治を憂いておられ、日本と世界の平和を願っておられました。

政治については、時代に迎合することなく、信念を貫く政治家の出現を待望しておられました。

この日、たまたま今春から大学に進学するHくんとお会いすることができました。

古くからの友人のご長男でもあるH君のことは、私もとても気になっていました。

無事、大学に合格されたとのこと、本当によかったと思いました。

(私自身、3人の子供がおり、長男はH君と同じく、今年大学に進学しました)

そして、これから、日本がゴールデン・エイジを迎えるにあたり、彼らの世代が、本当に活躍できるための土台を、私たちがつくっていかなければならないのだという思いを強くしました。

決して、日本をこのまま沈没させてはならない。

改めて、そう決意させていただきました。

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