Posts Tagged ‘坂本龍馬’

明けましておめでとうございます。

当たり前のことですが、人間はひとりでは生きていけない存在です。
私もまた多くの方々のお世話になって生きております。
「感謝」ということは、本当に大事なことだと思います。

しかし、してもらったこと以上になかなかお返しができないというのも人間の常ではないかと思います。
私も、一人暮らしの母に対して、「忘恩の輩」ではないか(事実そうであります)という思いに苛まれることがしばしばあります。

人並みに、幸福な人生を生きようと思えばできなくはなかったと思いますが、
30歳にして宗教家の端くれとしての道を歩みはじめ、
49歳からは、政治活動にも身を投じるようになりました。
喜びも悲しさも悔しさも、様々に経験してまいりましたが、結果としては(魂の)喜びの方が大きかったように感じます。
しかし、この世的に見て、決して平坦な道ではありません。

昨年は、2009年の衆院選に続き、参院選石川県選挙区より立候補させていただき、2度目の国政選に挑戦させていただきました。
結果はご存知の通り、大変悔しいものとなりました。
しかし、幸福の科学の信者の皆さま、ふるさとの皆さまをはじめ、多くの支持者の方々の熱烈なるご支援をいただき、 多くの学びをえることができました。

「倍返し」では足りないぐらいのご恩です。
願わくは「100倍返し」で報いたいと、志だけは大きく構えております。

私が幸福実現党入党以来、深く感動した大川隆法総裁の御法話の一つに、「水平権力の時代」(『政治の理想について』所収)という御法話があります。
このなかで、総裁は、ハンナ・アーレントの思想を引用され、
人間が幸福を感じることは、大きく分けて2つあると述べておられます。
その一つが「活動的生活における幸福」であり、今ひとつが「観照的生活における幸福」です。

「観照的生活における幸福」の追究は、主として宗教的生活のなかで発見していく幸福でありますが、「活動的生活における幸福」とは、「『人間としてこの世に生まれて生きている以上、自分の行動を通して、この世において何らかのものをつくり上げ、形あらしめたい。自分がこの世に生きた証を後世に遺したい』という、この世における自己実現です」と説かれています。

「この世に生きた証、何らかのモニュメントを遺すとしたら、自分は何が遺せるだろうか?」
ということを、昨年、年の瀬も押し詰まった頃に考えてみました。

私は、明治維新の志士の方々をいたく尊敬申し上げている者のひとりです。
「明治維新は、3千人ぐらいの志士たちによって成し遂げられた」ともいわれております。
非業に倒れ、名が残っている方・残っていない方もたくさんいらっしゃいますが、どの方々も綺羅星の如く輝き、どのお一人を欠いても明治維新は、そして今日の日本はなかったと思えるぐらい重要な方々だと思います。

そのなかで、私の心の中では、高杉晋作先生は、坂本龍馬先生と並んで、二大ヒーローです。
お二方とも、天才的革命家といってよいかと思いますが、司馬遼太郎氏は、坂本龍馬は、平和な世に生まれていても成功するだろうが、高杉晋作 は、革命以外に使い道がない、というようなことを言っていたように記憶します。

そんな高杉先生に思いを馳せながら、この年末、宇都宮市にある幸福の科学の総本山・未来館に行く機会があり(こちらには知る人ぞ知る、高杉晋作先生にゆかりのある方がいらっしゃるのですが)、「観照的生活」とまではいかな今でも、数時間、瞑想をしていたわけです。

そうすると、「ああ、自分が遺せる“モニュメント”があるとすれば、『革命家』としての生き方かな」という思いが、大胆にも湧いてきたのであります。

“Think big”であれ、と日々教えられておりますので、この思いを止めずに、妄想的に瞑想を続けていたわけですが、自分なりに、「革命家の条件」みたいなものが降りてきました。

  1. 革命家は、人と同じことはしない、というのが鉄則みたいなものだ。
  2. 革命家は、普通の人が価値あるものと思っているものを、簡単に捨てることができる。
  3. 革命家は、当然のこととして、自らの命は惜しまぬ。
  4. 革命家は、燃えるマグマのような情熱にあふれている。その熱意が、人を感化し、協力者に変えるのだ。
  5. 革命家は、行動が命だ。一歩も行動することなくして、一日を終わることなかれ。
  6. 革命は、永遠に続く、永久革命だ。日々、幸福を増幅・増殖し続けよ。
  7. 天下万民の幸福、世界全人類の幸福という偉大な理想実現に身命を擲て。

と、要約すればこんな感じです。

もちろん、われわれが目指す革命は、暴力革命でもなく、共産党革命のような、唯物論に基づく革命でもありません。
「幸福実現革命」とは、言論による革命であり、平和裡の革命です。

日本が世界のリーダーとなるための、自由と繁栄のための革命です。

日本が世界のリーダーになる正統性は、地球人口100億人時代を迎えるにあたって、国を富まし、世界を豊かにしていかなければならないからです。
半端な繁栄では、とてものこと、追いつきません。

アメリカは世界で唯一のスーパーパワーの地位から退いていこうとしています。

では、アメリカに代わって中国が世界の覇権を握るのか、と問われれば、少なくとも今の中国の政治体制下ではそれは受け入れられません。

となれば、どう考えても日本ががんばるしかないと思うのです。

それを妨げる最大のものの一つが、いわゆる「自虐史観」です。

速やかに、わが国の自信と誇りを取り戻さなければなりません。

新年にあたり、とりとめもなく述べてしまいました。

私たちが目指す「革命」「革命家」とはいかなるものか、それがなぜ必要なのか、また改めて論じてみたいと思います。

「面白きこともなき世を面白く」世を吹き渡っていきたいものです。

本年の皆様方のご多幸とご発展を、お祈り致します。


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15日、東京都知事選立候補予定者の尖閣上陸ロッカー、トクマ氏の街宣を応援に、調布市に行ってきました(宇都宮からの帰りに立ち寄った)。

府中市にて、トクマの街宣風景。

府中市にて、トクマの街宣風景。

熱く、胸を打つ演説でした。
最後に、”Love Train”を熱唱。

トクマはPVで、
「尖閣で自分は死んだと思った」
「自分を守るために生きるとどんどん小っちゃくなっていく」
「死を超えたときに、自由を感じる」
などと語っています。

そう、自分も3年前の衆院選のとき、死を覚悟しました。
結果は討ち死にだったわけですが。
今世はありがたいことに、敗れても殺されることなく、肉体生命は生きながらえています。

きょう16日、衆議院が解散されました。

一度捨てた命、再び国家と国民のために惜しみなくお使いくださいと祈るばかりです。

15日は坂本龍馬の命日でした。

司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』の竜馬の最後の描写は、圧巻です。
何度繰り返し読んでも、胸にグッと来るものがあります。

竜馬は突如、中岡をみて笑った。澄んだ、太虚のようにあかるい微笑が、中岡の網膜にひろがった。
「慎ノ字、おれは脳をやられている。もう、いかぬ。」
それが、竜馬の最後のことばになった。言いおわると最後の息をつき、倒れ、なんの未練もなげに、その霊は天にむかって駈けのぼった。
天に意思がある。
としか、この若者の場合、おもえない。
天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした。
この夜、京の天は雨気が満ち、星がない。
しかし、時代は旋回している。若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押しあけた。

「ああ、竜馬のように生きたい」と思った青年の心は、今も絶えることなく息づいています。

幸福実現党は、今回の総選挙を、「救国選挙」と位置付けています。
3年前は「国難選挙」でした。
「国難」から「救国」へ。
真の“維新”であるこの運動は、これからが本番です。
全力を尽くしてまいりたいと思います。

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「英雄」とは、時代錯誤的な言い方なのでしょうか。
私は決してそうは思いません。

以下、静岡新聞より。

日中会談「夫に頭に来た」 菅首相夫人、湖西で講演
2010/12/13
http://www.shizushin.com/news/local/west/20101213000000000028.htm
菅直人首相の妻の伸子さんが12日、湖西市の市民会館で講演し、政府の外交姿勢が批判された尖閣諸島問題やロシアのメドベージェフ大統領による北方領土視察に対し、「少々、弱腰でも戦争にしてはいけない」と発言した。一方、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で行われた日中首脳会談での夫の対応には「頭に来た」と述べた。
 講演は市内の女性グループの要請で実現。約千人が詰め掛けた。
 この中で伸子さんは、北朝鮮に強硬姿勢を取る韓国・李明博政権の与党ハンナラ党が6月の統一地方選挙で敗北したことについて、「韓国には徴兵制がある。戦争になったら、自分の息子が死ぬかもしれないと考え、回避できる政党を選んだのでは」と論評。尖閣諸島問題やロシア大統領の国後島視察で政府が“弱腰”と批判されたことは、「問題はあるけれども、少々、弱腰でも戦争にだけはしてはいけない」と菅政権を擁護した。
 一方、APEC期間中に行われた中国の胡錦濤国家主席との首脳会談をめぐっては、「夫(菅首相)は会談中、手元の資料ばかり見ていた。私もテレビで見て、『何やっているの』と頭に来た」とチクリ。軽妙なしゃべりで会場を和ませた。

(引用以上)

「自分の息子が死ぬかもしれない」から「少々、弱腰でも戦争にしてはいけない」という考えは、女性、特に母親ならばほとんどの人が、賛成するかもしれません。その気持ちは、母親とはやや立場は違うかもしれないが、子を持つ親として十分わかるつもりです。
しかし、国家存亡の危機のときには、全員ではないにしても、誰かが命を捨ててでも守らなければならないのです。
平和な時ならいざ知らず、有事の際には英雄が必要なのです。
北条時宗がいなかったならば、日本は元に蹂躙されていたでありましょう。
単に神風だけで撃退できたわけではありません。
明治維新のときも、もし数多の英雄出でず、革命ならずば、日本は欧米列強に蚕食されていたでしょう。

他の人々のために、あるいは天下国家のために、命を捨てることは、決して無駄にはなりません。それを、無駄死にとか、犬死にとかいうのは、単に唯物論・無神論の左翼教育に染まっているに過ぎません。
坂本龍馬、高杉晋作はじめ、草莽の志士たちがいなければ、維新回天の偉業はならなかったでしょう。
彼らの多くは、維新の日の出を見ることなく斃れましたが、その死が無駄であったとは、到底思えなないのです。
先の大戦においてもそうです。
わが国の先人たち、私たちの父祖たちの血の滲むような努力と、尊い犠牲とを礎として、戦後の平和と繁栄は築かれました。
このことはどれだけ感謝しても、感謝しきれないと思うのです。

日本の米軍基地に勤務する米兵は、命を賭して日本を守ることを宣誓して、遠い極東の地に赴任して来ていると聞きます。
若き米兵の命は犠牲にしても、わが子の命は守りたいと、日本のお母さん方は思うのでしょうか。

断わっておきますが、このことはもちろん、戦争を美化し、称揚する趣旨ではありません。
戦争に至る前に、外交交渉などによって抑止することができれば、それに越したことはないと思います。
しかし、そのためには、いざとなれば戦争も辞さないという覚悟が必要だ、ということを言いたいのです。
平和のために、戦争が必要とは、逆説的であり、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、「平和」とは、単に「戦争がない状態」ではないと思うのです。
チベットやウイグル、内モンゴルのように、国民あるいは民族が抑圧、弾圧、迫害されたり、あるいは奴隷のような状態となったとしたら、真の平和とはいえないのではないでしょうか。

侵略的意図を持つ国が、「日本の徳の高さに免じて、日本の独立と、自由と民主主義と、平和とを犯すことは致しません」などということは、万に一つもあり得ないのです。
つまり、戦う覚悟なければ、全国民が塗炭の苦しみなどという言葉では表現し尽くせないほどの苦しみを味わうことになる可能性があるということなのです。

危機に立つ日本でありますが、この国を守り抜くには、どうしても現時点で最強の軍事力を持つ米軍の協力、すなわち日米同盟の堅持が不可欠です。
しかし、それも、「日本は戦争を放棄してるので戦えませんが、どうかアメリカ兵の皆さま、守って下さい」ということではアメリカはどうして真剣に守ろうと思うでしょうか。

日本もまたサムライ国家としての精神を取り戻す必要があります。
他国の悪を許さない、という毅然とした国家になる必要があると思うのです。
そのためには、日本男子には命を賭けてでも、愛する人を守るという気概を持っていてほしいし、日本のお母さま方にも、強く、気高く、あっていただきたいと思います。


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