Posts Tagged ‘内政干渉’

≪中学教科書 「竹島」「尖閣」領有の記述増える≫

文部科学省は3月30日、来春から使われる中学校教科書の検定結果を公表した。扶桑社版歴史・公民教科書を継承して教科書改善の会(屋山太郎代表世話人)のメンバーらが執筆した育鵬(いくほう)社版教科書が合格した。領土をめぐっては、地理の全4社が竹島(島根県隠岐の島町)について記述。公民の7社中6社が竹島と尖閣諸島(沖縄県石垣市)を記述するなど、日本の領土に関する記述が増えた。
  竹島の記述増加は、2008(平成20)年に新指導要領の解説書が「北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせる」と初めて記したのを反映した。解説書が明示していない尖閣諸島の記述が増えたことについて、文科省は、中国漁船衝突事件が起きる前に申請が出ていたとした上で「世間が領土に高い関心を持っていることが反映されたのでは」としている。
  公民で竹島と尖閣諸島を記述したのは育鵬社と、新しい歴史教科書をつくる会(藤岡信勝会長)のメンバーらが執筆した自由社、東京書籍、日本文教出版、教育出版、清水書院。そのうち「わが国固有の領土」などと領有を強調したのは育鵬社と自由者だけ。帝国書院は地図上で表示しただけで、記述はない。
(SANKEI EXPRESS)

「中学教科書 領土記述 目立つ中韓への配慮」話題!‐話のタネニュース:イザ!

中学教科書に、尖閣諸島や竹島に関する記述が増えたことに関して、中国だけでなく、韓国や台湾も、日本に対して強く抗議しているようです。

しかし、実際は、記述は増えてはいるものの、中国や韓国に対する配慮が目立ちます。
たとえば日本文教出版の地理では、竹島について「日本固有の領土」「韓国の不法占拠」の表現のいずれもなかった。東京書籍は「韓国が占拠しており」戸だけあり、「不法」という言葉を使っていない。等と伝えられています。
文科省自身も、育鵬社や自由社に対して中韓への配慮から内容を修正させる例が目立ちます。
育鵬社の歴史では、東京裁判についてのコラムの中で、「日米戦争を行なった日本に一定の理解を示したダグラス・マッカーサー元連合国軍最高司令官の証言部分に検定意見を付けた。
米上院軍事外交合同委員会で、日本について『彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのこと』と証言した事実を掲載し、戦勝国側が敗戦国側を裁いた裁判をめぐる議論に一石を投じる内容だったが、検定の結果、削除された」と伝えられています。

そのほか、中国によるチベット弾圧、中台問題についても、検定意見が付き、古代史では任那に大和政権の「拠点」「勢力」があったと記した5社に意見が付き「影響力」などに修正したといいます。

自国の教科書の内容に文句をつけてくるなどというのは、明らかに内政干渉です。
そういう文句に対して「配慮する」などというのは、全く主権国家であることを放棄するかのような弱腰な態度としかいいようがありません。

中国や韓国、台湾の教科書に、日本国政府が注文を付けるというようなことが、はたして受け入れられるでしょうか。それこそ「内政干渉だ」と激し抗議を受けることでしょう。
いったい、中国や韓国、台湾は、我が国を属国とでも思っているのでしょうか?
言葉は悪いですが、日本は「舐められている」と言ってよいでしょう。

愛国心は、自らの祖先がはぐくみ育ててきた、また自分たち自身も生まれ育った国を愛するというごく自然な感情から生まれます。
そこから領土を守るという意識も生まれます。
そして、領土を守るという意識から、国防の意識も生まれます。
教科書検定をめぐる弱腰な態度は、こうした「愛国心」を蔑ろにし、育み育てることを怠った戦後の教育の負の遺産とも言えます。

東日本大震災によって、日本人全体が意気消沈しそうなときに、再び「自虐史観」の方向へと逆戻りしないように祈りたいと思います。

こういう時だからこそ、他国の抗議に妙な「配慮」などせず、どうどうと正しいことは正しいと論陣を張って、主権国家としての誇りと決意を示すことが真に国民を勇気づけ、復興に向けて努力する勇気を鼓舞することになると思います。


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毎年この時節になると、閣僚の靖国神社参拝の問題が取り沙汰される。
靖国神社とは別の、国立追悼施設を設立すべきだとの意見もある。

様々な人々が、様々な観点から、様々な意見を述べているが、わたしは、供養とか慰霊、あるいは鎮魂といった本来の意義が十分理解されていないところに本質的な問題があるのではないかと思う。

毎年、終戦記念日でもある8月15日、日本人の多くは、墓参りに行く習慣がある。
お盆には墓参りをする、という風習が広く日本人に受け入れられているために、全国で交通渋滞が発生することになる。

墓参りの本来の目的は、「供養・慰霊・鎮魂」である(ここでは三者を同義語として使う)。
勿論、お盆に帰省して両親や親戚、友人たちと会う、という目的もあるが(むしろ現代では、こちらのほうがメインになっているかもしれないが)、第一義的には、「供養・慰霊・鎮魂」が目的である。

「供養・慰霊・鎮魂」ということが成り立つためには、当然、死後の世界やあの世の存在を認めなければならない。
あの世に還った霊に対して、迷っている場合には迷いの世界から光の世界へと上っていけるよう、救いの念を投げかけ、すでに天国に還っている霊に対しては、さらに高い世界へと上っていけるよう感謝・祝福の念を送る、といったことが必要なのである。
そしてこれは、宗教によって作法に違いはあるが、当然ながら、それなりの宗教修行を積んだ導師でなければ不可能な行為である。
つまり、一定の法力・霊力がなければ、死後の魂を救済することはできないのだ。
(勿論、遺された近親者や縁ある人々の感謝・尊敬などの念が浮力となることはありうるが)

お盆のお墓参りに僧侶を呼んで読経してもらうのは、本来、そういう理由による。
したがって、もし僧侶にして、死後の世界を信じていないにもかかわらず(そのようなことはあってならないことだが)、お経を読誦することによって供養と称して布施を受けるとするならば、それは詐欺に近いといってよい。

つまり、「供養・慰霊・鎮魂」という行為は、きわめて宗教的な行為であり、それを実効あらしめるためには、宗教的に専門的な知識と能力が必要であるということである。
したがって、宗教性のない慰霊施設、などというものはありえず、それは生きている人々の自己満足に過ぎないことになる。

こうして見ると、この問題の背景には、あの世や霊、神仏の存在を認める立場と、そうしたものを認めない、唯物論勢力との戦いがあることが見えてくる。

また、神道的には、神社を建てるなどして亡くなった方を神として祀ることにより慰霊・鎮魂する、という方法はよくとられることである(例.明治神宮、東郷神社、松陰神社など)。
靖国神社もまた、英霊・戦没者を祀る、慰霊・鎮魂のための宗教的施設である。

したがって、靖国神社に参拝する本来の目的は、宗教的指導者の導師のもと、慰霊・鎮魂する、という極めて宗教的な行為をなすにある。

こう見てみると、(宗教家ではない)政治家が靖国神社に参拝することをとやかく言うこと自体がナンセンスであると言えよう。
目的は、戦没者の供養・慰霊・鎮魂である。それを、神道的作法に則って行なうというだけの話である。

閣僚が神道的儀礼に則って慰霊・鎮魂することは、政教分離に反するのではないかという意見が出るであろう。
しかし、これによって、特定の宗教を保護したり、国民に特定の信仰を強要することにはならない。
アメリカ大統領は就任式のとき、聖書に手を置いて宣誓する。
これが政教分離に反する、などとは誰が言うだろうか?

他の宗教勢力がもし非難するならば、自らの教義に則って、もっとすばらしいと信ずる慰霊・鎮魂の施設を作ればよい。多様な選択肢の中から選べるようにし、あとは自由市場に任せればよい。

また、国家のために命を投げ出した英霊、戦没者を供養するという崇高なる儀式・行為に対して、外交圧力をかける国は、それ以上の供養の仕方をわが国に教えたい、ということであろうか。
これを、内政干渉と言わずして何と言おうか。
他国、特に唯物論を国是とする国に、とやかく言われる筋合いは絶対にない。

あの世を信じない、霊も神仏も信じない、そのような唯物論・共産主義国家に供養や慰霊について論ずる資格も能力もあるはずがない。

我が国は、文明国の一つとして、信教の自由が認められている。

旧ソ連邦、北朝鮮、中華人民共和国。
唯物論・共産主義体制の圧政下、何百万、何千万の人々が粛清されたことか。
多くの国民が自由を奪われ、いまも、迫害・弾圧のなかにある。

「神も仏も信じない」ということが、これほど悲惨な国家を生むという証拠である。
このような思想のもとでは、決して基本的人権を尊重するという考えは生まれない。
基本的人権の基には、人間は神の子、仏の子であるという思想が必要である、ということである。

先の大戦が終わってから65年を迎えた。
この65年間、我が国は平和と繁栄を謳歌してきたわけであるが、その一方で、かなり左翼的な思潮に、換言すれば、唯物論・無神論に圧されてきた。
それは、いわゆる保守や右派と言われる論者の中にも浸入していると見られるし、残念ながら、宗教界の思潮の中にも流れ入ってきている。
(死後の世界をない、とする宗教家が残念ながらいるということだ。これは宗教にとって自殺を意味すると思うが、本稿の主旨ではないので別の機会に論じたい)
この点は、残念ながら、戦後の左翼的教育による洗脳が見事に成功した結果と言わなければならない。

その思想の意味するところは、結局、この世における生存を至高のものとする考え方であろう。
このような思想からは、自らを犠牲にしてでも崇高な責務を果たす、などという価値観は生まれてこない。
しかし、歴史は、そうした自らの身は顧みず理想を成し遂げようとする有名・無名の勇者によって紡がれてきた。

私自身は、幸福の科学の信者として、また、宗教政党・幸福実現党の党員として、死後の世界も、あの世の霊も、神仏の実在も、明確に信じている。
また、宗教法人・幸福の科学の僧職者として、宗教的な職務にも就いている者である。

そうした、自らの宗教的良心に基づいて、先の大戦においてはもちろん、二千数百年前、いやおそらくはもっとはるかなる以前から、この日の本の国を理想の国にせんと励み、身命を賭せられた無数の有名・無名の英霊に対して、心からの感謝と尊崇の念を捧げるものである。

さらに、そうした方々の努力に報いるためにも、唯物論・無神論勢力を断じて打ち破り、日本を宗教立国、すなわち信仰を背骨とした国家となし、日本という国を、世界の憧れとなるような、理想の国とするために、全力を捧げたいと思う。
日本が世界のリーダー国家となって、最高の繁栄と平和を示し、宗教的寛容の精神を以って世界から紛争をなくし、平和と繁栄へと導く。
そうした崇高な使命を果たせる国にしていきたいと思う。

これが私の、終戦記念日に、神仏、そして英霊に捧げる誓いである。


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