Posts Tagged ‘他国侵逼難’

公明党の山口那津男代表は3日、都内で街頭演説し、安倍晋三政権が集団的自衛権の行使容認に動いていることについて「明らかに一線を越える考え方だ。行使は認めないという政府のこれまでの考え方は今も妥当だ」と述べ、従来の政府見解を安倍政権も続けるよう牽制(けんせい)した。

公明山口代表、集団的自衛権行使は「一線を越える」 – MSN産経ニュース

「権利はあるが、行使はできない」などと言う言葉遊びは、もうやめましょう。
「権利はあるが、行使できない」と言うならば、結局、権利がないに等しい。

権利は「ある(から、当然、行使できる)」か、「ない(から、行使できない)」のどちからでしかない。

そして、主権国家である以上、集団的自衛権は、当然、ある。ある以上、行使もできる。
行使できるとしたところで、日本が突然侵略国家になることなど、日本が突然ハイパーインフレになることがあり得ないのと同様、ありえない。
つまらない自虐史観、贖罪史観など、さっさと捨て去ろう。

集団的自衛権を行使できることを闡明すれば、当然、日本単独よりも、同盟関係にあるアメリカはもちろん、台湾、韓国、フィリピン、ベトナム等とも共同して、中国や北朝鮮の軍事的脅威を掣肘でき、はるかに抑止効果が高い。

中・朝による「他国侵逼難」(日蓮『立正安国論』)ともいえる状況に到っているにもかかわらず、「長年の政府の考え方」でよし、とする公明党山口代表には、国民の生命・安全を守ろうとする責任感が感じられない。
政権与党の資格はない。

また、政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」も、「秋に安全保障法制の新提言をまとめ、集団的自衛権の行使を容認する方針」とは、いかにも遅い。
北朝鮮はいつミサイルを撃つか予測不能なのだ。さっさと容認しよう。


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どちらか一つだけならまだしも、同時に二正面から来られるから厄介だ。
「内憂」と「外患」、同時に来襲しているのが(だからこそ「国難」というのだが)我が国の現状だ。

〇「内憂」の一つ:「脱原発」を加速するかのように発見されたという敦賀原発地下の活断層。40万年物の活断層が見つかった、だから再稼働できない、と騒いでいる。
笑止な話である。活断層というのは、かつて地層がずれたというあとだろう。そこが再びずれる可能性があるということなのだろうが、それは40万年後かもしれないし、10年後かもしれないし、明日かも知れないし、今日かも知れない。そんなことを気にしていては、この地上に何一つ建てられない。
明らかに、今にも崩れそうな山の斜面やがけっぷちに立てるというなら問題だが、人は、地震などが起これば液状化を起こすこと明らかな埋め立て地にだってマンションなどの建造物を建てたりするこ生き物なのだ。
活断層の上に立っていることが危険ならば、原発に限らず、その上に何が建っていても危険なのだ。
さらに言えば、日本中、厳密に言えば地層が動いたところなどないのではないか。「危険だから、何もするな」というのは、この地上における一切の生命活動さえ否定されることになる。つまり、「生まれて来るな」ということになる。

いくら文明が進歩したとはいえ、人がこの世で生きる以上は、何らかのリスクを背負って生きることを運命づけられているといえる。
全くリスクのない人生などあり得ないし、あったとしたら、全くつまらない人生だろう。リスクを恐れてそれを避けて生きる臆病な人生よりも、いかにリスクをコントロールするか、ということの方が大事だろう。それによって、人は経験と、知恵と勇気を身につけることができる。

もし仮に、それが立っている地盤が危ないということが分かったならば、それが原発であれ何であれ、選択肢は3つぐらいあると思う。
一つは、撤去する。二つ目は、移転する。三つ目は、安全対策を強化する。
一つ目は、それが不要と判断される場合だろう。しかし、原発の場合は不要ではない。この寒い冬の景色を見るにつけても、特に北海道や日本海側の人々は電気が来ないということは、死を意味するということを実感することだろう。少なくとも、代替エネルギーが担保されるまでは原発は必要である。
二つ目の選択は、コストがかかる。ことに原発に関して言えば、それまでも安全対策も含めて、多大な資金を投入しているであろうから、これを全くゼロからやりなおさなければならない。
三つ目は、さらに安全性を高めることであるが、原発に関して言えば、たとえば火力発電所よりも安全対策が劣っているとは思えない。原子炉自体は強固な格納容器に入っており、強大な圧力及び放射線の放散を防ぐ障壁になっている。これが割れたりすることはまずない。ころがったりしてもどうということはない。問題は数々の配管のところであろうから、ここを一層強化することだろう。
「夢のエネルギー」は、そのエネルギー量が膨大なるがゆえに当然危険性も伴う。それを上手にコントロールすることこそ、人類の叡智であり、文明であろう。いたずらに怖れてはならない。
そうした選択肢を検討することなく、即再稼働不可、廃炉という結論しかない、というなら、ある種の言論封鎖だろう。

一連の原発騒動は、「原発=怖い」「放射能=悪」というステレオタイプの反応をするよう、世論誘導、もっとはっきり言えば(言葉は悪いが)洗脳されていることに起因する。
はじめに「原発を無くす」という結論ありき、で誘導されているように思われる。
こうした情報操作は他にもある(たとえば「宗教=悪」という刷り込みも)。これをもって「内憂」という。
この「マインド・コントロール」を解かなければ、日本は自由を失い、死滅する。

〇そして「外患」の一つ:北朝鮮のミサイル発射という暴挙。それに対して、相変わらず「遺憾の意」を表明するだけで、何もできない日本政府。
韓国政府筋の情報を鵜呑みにして、ミサイル発射を延期したと本気で信じていたならば、「平和ボケ」もここに極まれり、である。
結果として、迎撃せずに、打ち落とさずに終わった。こちらの方が「遺憾」である。
いまは「立正安国論」(日蓮)風に言えば、「他国侵逼(しんぴつ)難」の時である。
北朝鮮はもとより、軍事拡張を続ける中国。
「中華帝国主義」の復興を明言し、先軍政治をよしとしている習近平氏は、世界にとって恐るべき相手と思うが、彼を軽く見る識者も意外と多いのは気になるところである。

日本はもう「遺憾の意」は禁句にし、サムライ国家として復活し、毅然として言うべきことを言わなければならない。

北朝鮮に対しては、「そのような無謀なミサイル実験を繰り返すならば、貴国を『我が国憲法9条の適用除外国』と見なし、我が国の主権と、国民の生命・安全・財産を守るため、直ちに報復攻撃をするであろう」と。

中国に対しても、経済交流だけを重視して、それが断たれることを恐れて、言うべきことを言えないならば、単なる「商人国家」「町人国家」であり、他国に軽んぜられるだけである。
国防を同盟国に丸投げにして、「守ってください」と言っても、この期に及んでも沖縄では、「米軍出ていけ」「普天間基地県内移設反対」の世論では、ばかばかしくて、誰が本気で守ろうと思うものか。

ついでに言えば、この期に及んで「道州制」ももはや既定路線で、是か非か、が十分論ぜられることなく、「政党間で温度差」と報ぜられている。
だがこれは、結局のところ、「主権分断作戦」であり、国防の弱体化を招くこと明らかである。
どこかで、何らかの意図が働いて情報操作されているとみるべきだろう。

日本が、このような「商人国家」「町人国家」に堕し、自己中心で、世界の中で果たすべき役割を果たしていないこと自体が、このような「国難」を招いている根本原因ではないかと思う。
そして、日本がその果たすべき役割、崇高な使命を果たすためには、人間心を超えた、崇高なるものへの尊崇の念が不可欠であると思う。
日本は、それが忘れ去られて久しいのだ。

かつて聖徳太子は、神道と仏教を融合した宗教立国を実現されたが、いままた日本は、世界の諸宗教を融合した、新たな宗教立国を実現しうる立場にある。
これこそが、日本がこれから世界を平和と繁栄に導くという崇高な使命を果たすために必要なことである。

いま直面している国難は、見方を変えれば、私たち日本国民を真に目覚めさせ、鍛えてくれているものであるとも言える。この試練を見事乗り越えることで、我が国はさらに強く、逞しく、世界のリーダーとして成長するものでありたいと願う。
「日本よ、日本人よ、目覚めよ。そして使命を果たせ」。
天意はそう激励している。


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東日本大震災での犠牲者の追悼や被災者の支援に、多くの僧侶らも奔走している。「宗教者の果たすべき役割とは何か」「祈りで人は救えるのか」。死者行方不明者2万6千人超という現実に、宗教者も悩み、苦しむ毎日が続く。28日は「四十九日」。寺には葬儀の読経を求める人たちがいまも訪れている。

【東日本大震災】「祈りで人は救えるのか…」宗教者も悩み、苦しむ毎日続く+(1/2ページ) – MSN産経ニュース

「祈りで人は救えるのか…」
宗教家としては、これに対して、明確に答えなければならないでしょう。

まず、宗教としては当然のことながら、「あの世がある」ということが前提となります。
不幸なことに、不慮の災害で亡くなった方々が、迷うことなく、あの世の天国へと還るためには、死後の世界への導きを与えなければなりません。
それが、「引導を渡す」ということの本当の意味です。
ですから、引導を渡せる人は、それなりの宗教修行をした人である必要があります。
したがって、あの世の世界を信じていない人は論外として(それは宗教家とは言えないでしょう)、あの世があるかどうか半信半疑の人であっては、引導を渡せないのは当然のことです。

一部には、仏教を「唯物論」と見る向きもありますが、皮相な解釈あるいは曲解すればそのように見えなくもないものもありますが(例.「無我の思想」の唯物論的解釈=死ねば何もかもなくなる)、釈尊が「三世(過去世・現世・来世)の因果」を説かれたり、「神々との対話」「悪魔との対話」、次第説法などを説かれているのを見れば、あの世がなければ成り立たない教えであることが明確です。
(ちなみに「神々との対話」「悪魔との対話」の現代版(現代的証明)として、大川隆法総裁は、数々の神々とも言われる高級諸霊や守護霊、悪魔との対話を行い、「霊言現象」として収録、各支部や精舎等でDVDにて上映、書籍として出版もしています)

未曽有の大災害で亡くなった多数の方々に対しては、「鎮魂」こそが、宗教家としてなすべき最大の責務でしょう。

この世を去った魂たちに対しては、「祈り」によってあの世の真理を伝えることができます。

人間は、もともと天国から地上に生まれ変わってきます。
その目的は、地上で様々な経験を積み、魂の糧となして、一層の成長を期すためです。
そしてこの地上を理想郷に近づけるために、努力することが地上生活の意味であり使命です。
この地上での死は、決して終わりではありません。
運拙く、人生修行を全うすることなくこの世を去ったとしても、それですべてが終わりではありません。
あの世で幸福に暮らすことはできますし、また地上に生まれ変わってくることもできます。

こうした、正しい真理を、祈りを通して、亡くなった方々に伝え、安らぎを与えること、すなわち「鎮魂」が宗教者の使命です。

もちろん、宗教者として事後的な「鎮魂」だけでなく、事前に死後の世界について「啓蒙」しておくことも大切な仕事でしょう。
また、すべての人々が幸福に生きる理想世界の未来のビジョンを示していくことも大切でしょう。

しかし、実際に現実社会での「救済」、この世でも魂修行を全うさせるための環境づくりは、政治の大きな仕事であると思います。

地震や津波などの自然災害もそうですが、「他国侵逼(しんぴつ)難」(他国との戦争や侵略の危機)にも備え、防災・防衛体制をしっかりと整え、すべての国民が幸福に暮らし、それぞれの魂修行を全うできる国家(仏国土)を建設すること、最大幸福社会を目指す未来ビジョンを示すこと、それが宗教政党・幸福実現党の使命でもあると考えます。


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