Posts Tagged ‘バックボーン’

幸福実現党は、昨年の衆院選に続き、今年の参院選でも議席を獲得することができませんでした。
しかし、あきらめることなく、歩みを止めることなく、立党の志を忘れず、前進し続けてまいります。

惨敗、という厳粛な事実に目をそむけるわけでもなく、
しかし、それにこだわることなく。

考えてみれば、私たちは、現代の「常識」と思われることに、ことごとく逆らうかのごとき考えを持ち、活動をしています。

「宗教政党」であること。

地方議員を持たず、いきなり国政選にチャレンジしていること。

政策が「過激」に見えること。

などなど。

しかしつまるところ、「政教分離」(宗教が政治に関与してはならないかのように誤解されている)があたりまえのような状況のなかにあって、あえて「宗教政党」を名乗っていること。

これに尽きるのかもしれません。

しかしながら、如何に不利であろうと、これはわが党の「党是」ともいえるものであり、これを変更することはもちろん、薄めるようなこともするべきではないと考えます。

減税、小さな政府や、集団的自衛権、憲法9条改正を謳っている点など、政策的には、いわゆる「保守」に分類される、どの保守政党よりも、「保守」的であると思います。

しかしながら、いわゆる「保守」政党と根本的に異なる点は、まさにその精神性にあります。

宗教的精神こそが、国家のバックボーンに必要であり、唯物論・無神論および、それに基づくところの社会主義・共産主義は明らかに間違いであることを闡明している点です。

なぜあえて、この世において不利であること明らかな「宗教政党」を名乗っているのか。
それは真実であり、必要なことでもあるからであると信じております。

世界を見渡せば、イスラム教国は言うまでもなく、欧米諸国も、キリスト教的精神をバックボーンに持っております。
宗教をバックボーンに持たない国など、共産主義国家・社会主義国家・そして日本以外にはありません(日本にもかつてはありましたが、いまは骨抜きにされています)。
この意味でも、「日本は(最も成功した)社会主義国家だ」という評は当たっていると言えます。

しかし、宗教性を持たず、経済的にのみ繁栄する国家は、「エコノミックアニマル」と揶揄され、尊敬されえません。

その意味で、「宗教政党」を掲げる理由は、反社会主義・反共産主義・反唯物論・反無神論を闡明していると言ってよいでしょう。
唯物論・無神論、そしてその思想に基づく国家体制、あるいは社会主義・共産主義体制がどれほど人類を不幸にしてきたことか。
それは、この世における不幸に止まらず、あの世においても、大変な混乱と迷妄、闘争を引き起こしている、という点を、宗教の立場から明らかにしておきたいと思います。

私たちは、無神論者・唯物論者の言論その他の自由は保障されているにもかかわらず、信仰者のそれは必ずしも十分保障されていない現状を、決して容認することはできません。

人として生まれて信仰心なきことは、動物と変わらない、何より恥ずべきことであるということを明らかにしたいと思います。

もちろん、ここで言う「宗教」とは、幸福の科学の教義ですべてを染め上げよう、という趣旨ではありません。

それぞれの良心に従って、自由に宗教を選んでいただけばよいのです。

宗教においても、民主主義の原理は働くのであり、より多くの支持を得た宗教が大をなしてゆくのはごく当然のことです。

宗教もまた、自由市場に任せたらよいと思います。

国政選において2連敗したわが党ですが、
いまの選挙戦のシステム、あるいは枠組み自体にアンチテーゼを投げかけていると言っていいでしょう。

つまり、組織票をベースにして、それにマスコミが誘導する「世論」に浮動票がのっかるというかたちであり、
これは「一人ひとりが、良心に基づいて、候補者、あるいは政党の、政策や人物をじっくり見て、投票している」というかたちには必ずしもなっていないと思います。

あえていえば、真の民主主義として正しく機能していない、ということです。

だから、この枠組み自体を、変えようとする挑戦でもあります。

ここに、私たちの選挙戦の困難の2つ目があります。
つまり、「集票」活動というより、「啓蒙」活動とならざるを得ないと言えます。

しかし、真の民主主義政治を日本において実現するためには、こうした啓蒙活動はどうしても必要であり、この世の利権とは直接縁がない、宗教政党こそ、その責務を負うべき立場にあると信じます。

1つ目に、市民権を得ていない、「宗教」を看板に掲げて戦うことの困難さ。

2つ目に、いまの選挙戦の枠組み自体を変えようとする戦いであることの困難さ。

さらに付け加えるならば、世界全体が左傾化してゆく流れの中で、敢えて、「自由」の大切さを説く困難さがあると思います。

いわゆる「福祉国家」と呼ばれる国のあり方は、人に優しいようでありながら、実はそうではありません。

(国家)社会主義へと流れてゆくこの流れは、「自由の死」に向かう方向であり、それは結局のところ、国民全体を不幸にする流れであります。

このことは、いくら繰り返し訴えても十分ということはありません。

ことほど左様に、この国の国民(あるいは世界中の人々がそうかもしれませんが)、あえて厳しい言葉でいえば、「洗脳」されていると言って過言ではありません。

この点については、また筆硯を新たにして述べてまいりたいと思います。

ともあれ、今回の敗戦は、幸福実現党が大をなしていく一里塚であり、これによって怯んだり後退したりすることはあり得ないことを宣言しておきたいと思います。

われらは、最初から横綱を目指しております。
いわば、せいぜい「幕下付け出し」でデビューしたばかりの力士が、言ってることは横綱顔負け、といった状況でしょうか。

しかし、相撲を取ってみれば、実際は横綱にかなわないのであり、そういう意味で、敗戦は仕方がないでしょう。

しかし、横綱を目指すものは、最初から志が違います。
ただ「勝てばいい」とばかりに、姑息な技は使いません。
堂々と、ただ押し、突き、寄り、という王道を歩むのみです。


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「宗教を大切にしない国家には、最終的な繁栄はないものと肝に銘じたいと思う」。
幸福の科学グループ大川隆法総裁の最新刊『マッカーサー戦後65年目の証言』のあとがきにあることばである。

戦後日本の原点、先の太平洋戦争の意義や、戦後の枠組みが正しかったのかどうかー。
その探究のため、マッカーサー、吉田茂元首相、山本五十六、鳩山一郎元首相の意見を霊言というかたちで収録したのが本書である。

「霊言」というものを、いまだに訝しいものと思われる方も多いと思うが、昨年末から収録されたものを、ランダムに思いつくだけ挙げて見ても、松下幸之助、坂本龍馬、吉田松陰、西郷隆盛、勝海舟、福沢諭吉、上杉鷹山、二宮尊徳、渋沢栄一、ミカエル、ムハンマド、丸山眞男、岸信介、ハイエク、シュンペーター、ケインズ、ドラッカー、マルクス、金丸信、大久保利通、チャーチル、田中角栄、土光敏夫、高橋是清・・・。

これだけ短期間に、これだけの霊言を、果して創作でできるだろうか。
疑うのは簡単だが、白紙の目で見て、内容を虚心坦懐に受け止めてみてほしい。
創作でここまで書けるものか。
空前絶後のことが、現在進行形で起こっていると見るべきである。
今までの常識は、すでに崩壊している。
それこそコペルニクス的転回が必要な時代に入っている。

本書では、終戦後の日本統治に関して毀誉褒貶の多いマッカーサーが、神格を持つ存在となっており、
日本の戦後処理に大きな仕事をしたと思われる吉田茂、また軍人として責任感もあり、人格も優れていると思われる山本五十六大将が、いずれも天国には還っていないという衝撃の事実が明かされている。
この世での仕事以上に、正しい死生観、あの世を信じているかどうか、自分の死を自覚できるかどうか、正しい宗教心があるかどうか、ということが、神仏の世界の価値観から見たら重要だということが読み取れる。

わたしたちが信仰心をバックボーンにした国家、「宗教立国」を提言するゆえんである。

マッカーサー戦後65年目の証言

マッカーサー戦後65年目の証言

大川総裁のもう一冊の近刊、『大川隆法政治提言集』。
サブタイトルに「日本を自由の大国へ」とある。

明治維新以降、福沢諭吉が唱えたのは、「独立自尊」「独立不羈の精神」であったといえる。
しかし、いま、時代はこれとは逆に、国が丸抱えで保護する、国家社会主義的方向へと進んでいるように見える。
これと相俟って、日本に明治維新以前からある、「お上は偉い」といった一種信仰のような政治風土。そして、「日本型村社会」と呼ばれる平等社会。

ある意味で、明治維新を起こしても十分変革できなかった点である。

わたしたちは、「自由と平等、どちらかを選べといわれたら、迷わず自由を選べ」と高らかに唱えている。
自由こそが、人間精神を最大限に解放・開花させ、繁栄を生むからである。

幸福実現党の政策は、日本の国難を救うために、絶対に必要な政策であると自負しているが、
ほとんどメディアに取り上げられることがないがゆえに、他党にさも自分たちのオリジナルの政策であるかのように取り上げられることがある。
それはそれで、この国がよい方向に使われるならば、よしとしているわけだが、
形だけまねをしても…、というものもたくさんある。

たとえば、わたしたちは、わが国の経済成長や社会保障、国際化のためには人口を増やす必要があり、そのために積極的に移民を受け入れるべきだと主張しているが、そこだけを真似て、今のままの日本で、国家としての気概も使命感もビジョンもない、したがって日本国民としてのアイデンティティも確立できない状態で、ただ移民を受け入れるとなれば、外国人永住参政権の問題など、大変な混乱を生むことは間違いない。

必要なのは、国家としての背骨、バックボーンである。
アメリカも、実質的にはキリスト教国(ただし、信教の自由は認めているから、多様な宗教の信者は受け入れられる)、ヨーロッパ諸国も同様、イスラム教国はいうまでもなく殆どが祭政一致である。
共産党国家を除き、国家には宗教的精神がバックボーンにあるというのが世界標準だ。

日本にも、古来より、神道、仏教、儒教等が融合した精神的バックボーンがあった。
こうしたことを、先の敗戦により、すべて誤ったものとして断罪し、裏側へと押しやってしまった。
このことの損失は、限りなく大きい。

いま、理想国家日本を建設するに当たり、こうした宗教的に寛容な精神を持つ日本の古来よりの美点を取り入れ、さらに、キリスト教、イスラム教とも融和していけるような新たな宗教的精神を、建国の柱とすべきだと考える。

それが、世界を平和と繁栄に導く、リーダー国家としての日本の使命であると考える。

大川隆法政治提言集

大川隆法政治提言集


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