こんにちは!みやもとさとしです。

「ふくのいお」って、ごぞんじでしょうか。
これを読んですぐ意味が分った人は、そうとう雅びた、古典の教養溢れる方に違いない。

20数年前、寝たきりになった祖母(当時92歳)が亡くなる少し前に、「何か食べたいものないか?」と聞いたときの答えだ。
当然、意味が分らなかった私は、また聞き返した。が、また、「ふくのいお」(より正確には、「ふくのいを」だろう)と返ってきた。
そばにいた母だったか叔母だったかが翻訳してくれた。
「ふぐのことやろ」。「ふく」は「ふぐ」、また、「いを」は「うお(魚)」のことだ。
たぶん、ふぐの糠漬けか粕漬けを食べたいといったのだろう、と。
石川の珍味である。

私の実家は、白山市旧鳥越村のなかでも、一番奥の集落だ。
その奥地に、こうした雅びた響きの言葉が残っていたことに、驚いた。
食欲もほとんどなくなっていた祖母は、今生の名残りに、珍味を食べて旅立ちたいと思ったのか。

なぜ、「ふくのいを」のことを急に想い出したのかわからない。

祖母は、明治28年生まれ。
日清戦争が終わった年に生まれたことになる。
明治維新後、「坂の上の雲」を目指して富国強兵・殖産興業の道を歩んでいった祖国の姿を見、太平洋戦争後の日本の復興の姿も見てきたはずだ。
また、浄土真宗の熱心な信者でもあった。
朝晩必ず、仏壇の前に座って、『正心偈』を誦んでいた。
家に訪ねて来た人が帰るとき、見送りの際に、「うらら、『南無阿弥陀仏』しかないげし」と今生の別れを惜しむかのように名残惜しげに念仏の道を訴えていたのが記憶に残っている。
夫(私の祖父)に先立たれ、息子(私の父)にも先立たれ、周りの人たちがだんだんあの世へと旅立ち、祖母にとっては南無阿弥陀仏だけが安心立命の道だったのだろう。
純粋で素朴な信仰者だった。

なぜ、こんなことを想い出したのか、わからない。

ふと、思う。
明治・大正・昭和の三代を見てきた祖母の目から、現代の日本はどう見えるだろうか。
政治に関心を持ったとも思われない、貧しい山村に生まれ、ほとんど自分の生まれた村から出ずに一生を送った人ではあるが。
こんなに科学文明が進んだ世の中を見て目を回すに違いない。

しかし、世の中が便利になったということと、良い世の中になったということとは、当然ながらイコールではない。
かといって、古きよき時代を懐かしんで、その時代に回帰していくわけにも行くまい。
科学文明の進歩と、人類の幸福とを融合させていくことが必要だ。
さらにいえば、科学の進歩は、人類の幸福に奉仕するものでなければならないだろう。

私は、科学の進歩と、人間の幸福を架橋するものとして、「信仰」というものがどうしても必要だという気がしてならない。
唐突に聞こえるかもしれない。
ここで言う信仰とは、古色蒼然としたアニミズムのような信仰、または摩訶不思議な、カルト宗教のことを言っているのではない。

人間が、人間として当然守るべき道徳律とでもいうべきもの、その根本には、宗教的価値観がある。
「人殺しはいけない」と言う。しかし、その根本的な理由は、道徳では説明しきれない。
例えば、努力は必ず報われるという。
古典的な因果律だが、この世では必ずしも成り立たない。
しかし、あの世があると仮定すれば、成り立つことになる。
この世の努力が、例え、今世で報われることが無くても、あの世も含めた人生の中では、必ず報われる。
その逆も真なり。この世で悪いことをして、例え逃げおおせたとしても、来世必ずその報いが来る。
因果の理法はくらますことができない。
もちろん完全な証明は不可能だが、長い風雪に耐えてきた世界的な諸宗教は、あの世の存在、またあの世の階層性(程度の差こそあれ)を認めている。
ここに、宗派を超えた普遍的な宗教的真理がある。

あの世があると信じて生きた方が、悔いの無い、幸福な人生を送れるだろう。
少なくとも、他人を害することなく、安心して、正しい生き方が出来るに違いない。

信仰深く正直に生きた祖母は、あの世で「ふくのいを」を食べているかはわからないが、きっと幸福に暮らしているに違いない。合掌。


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