「もっと自由を」というと、自由主義経済で格差が拡大したと批判される方がおられますが、自由主義経済が悪かったわけではなく、倫理観が、もっと言えば宗教心が欠如していたことが本質的な問題だと思うのです。

自由には本来、責任が伴うものですが、倫理観が欠如して、「自分さえよければいい」「今さえよければいい」という考えで、金儲け至上主義になりますと、トゥリクルダウン(滴り落ちる=経済的効果が波及する)が起きにくくなります。

本来、豊かな人、豊かになった人が、恵まれない人や、これから伸びていこうとする人に、騎士道精神を発揮して、救いの手を差し伸べるべきであり、そうすることによって社会全体が豊かになるのですが、自己中心主義があまりにも強すぎて、自分のことしか考えていないと、そうしたことを考えなくなります。

自己中とは逆の、利他の精神がどこから生まれてくるか、そのモトを辿れば、道徳では足らず、さらにその奥にあるもの、宗教、すなわち、神仏を信じる心、来世(あの世=霊界)を信じる心に行き着くわけです。

神仏を信じればこそ、「誰も見ていないから何をしてもいいんだ」ということにはならず、来世を信じればこそ、「今さえよければいいんだ」ということにはならず、世のため人のために役立とうとしたり、また目先の利益にとらわれず、国家百年の計を立てることもできるのであります。

逆に、自由主義経済をやめて社会主義経済にすればよいかといえば、経済は停滞・衰退するのみならず、自由は抑圧されていきます。

自由こそが、繁栄の基なのです。

共産主義は宗教を否定しているので、倫理が成り立ち難いのは、隣りの共産主義のハリボテ経済大国を見れば明らかです。

「自由」と「民主」を掲げる政党もありますが、彼らが戦後数十年に亘ってやってきたことはなんであったか。

補助金等のバラマキ・利益誘導と、様々な規制・許認可行政で大きな政府となり、民間の自由を奪ってきました。まさしく国家社会主義の原型を見ることができます。

戦後の復興期には奏功したかもしれませんが、1980年代後半から、アメリカを追い抜こうかという段になってその限界を露呈したと言っていいでしょう。

いまこそ、宗教心に基づいた自由の創設が必要な時代です。

今回の総選挙は、「自由からの繁栄」を選ぶのか、「国家社会主義への道」を選ぶのか、大きな選択を迫る選挙であると言っても過言ではありません。

私も幸福実現党の一員として、「この国に、もっと自由を!」「自由の大国として、未来を拓く」と叫び続けてまいりたいと思います。

今朝は、野々市市新庄にて、街宣をさせていただきました。

野々市市新庄2丁目交差点(1)

野々市市新庄2丁目交差点(1)

野々市市新庄2丁目交差点(2)

野々市市新庄2丁目交差点(2)


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